第2話 リアルに振り直しは存在しない。
『FW』には「ネームドNPC」と言われるNPCがいくつも存在していた。
ネームドNPCはその名の通り固有名が付けられているNPCなわけだが……何を隠そう、僕が転生した「ルドス・ティーツァ」も『FW』に登場していた「ネームドNPC」の一人であり、そしてこのキャラクターは『FW』というゲームでも、特に扱いが酷いキャラクターとして有名だった。
『公国編』のメインシナリオに登場するこのキャラクターの不遇さは「豚伯爵」なんて酷い異名だけでもある程度察せられるだろうが、このキャラクターの不遇たる所以の一因が「ビジュアルの格差」である。
『FW』では「Ver5.0」以降、アーリーアクセスとなり、古臭いUIと作者自らがコツコツ書いていた味のあるキャラクターの立ち絵やイラストたちは、有名イラストレーターと最新の開発ツール移行によって一新されることとなり、その完成度の高さからは「TRPGができるギャルゲー」などと揶揄されるほどに、それはもう素晴らしいイラストになったのである。
が、そんなギャルゲーヒロインが蔓延る『FW』中で周りとは明らかに画風が違う……というか、ルドスだけ原画担当がモンスターデザイン担当者が書いているとのこと……その姿は度々「陵辱ゲーに出てくる竿役のおっさん」あるいは「オークの擬人化」なんて言われてきた。
初見時、恐らく誰もが―――
「え?モンスター?」
という反応を見せるこの「ルドス・ティーツァ」というキャラクターだが、彼の性格や人柄は外見とは全くの正反対で、使用人、領民に慕われており、誰にでも優しく、余暇は領民と共に畑を耕し、プレイヤーにも非情に協力的で、とても優良な情報やアイテムを無償で提供してくれる。
見た目からして確実に悪いことやってそうなのに、このギャップには度肝を抜かれたものも多い……が、恐らく
それもそのはずで、情報を集めれば集めるほどにどんどん黒く見るように
その時、ルドスはプレイヤーから何が起こっているかを説明され、自身がいかに愚かであったかを知るわけだが、この時のルドスの反応を見てプレイヤーは―――
「お前が怪しいのなんて始めから分かってたよ!」
という勝利確定のドヤ顔から―――
「あれ?こいつ犯人じゃないの?え?マジ?」
という困惑へと変わることになるのだが、その理由は、ルドスへ真実を告げた翌日には判明する。
……なぜなら、ルドスは自分から領民に事の全てを話し、全ての責任は無能であった自分のせいだという言葉を残し、彼は騎士団へ自首するのだから。
この後、ルドスは護送中に何者かに襲われ死亡することになり、プレイヤーは今後、ルドスの治めていた領地である「ティーツァ領」の領民からは犯罪者以下のド外道、そして公国出身のキャラクターからはガチで嫌われることになる上に、定期的に暗殺者に襲撃されるようになるというおまけ付きである。
因みにだが『FW』はマルチエンディングを採用しており、このエンディングの位置付けは「ノーマル」である。
「いや、どう考えてもバッドだろ!?」
そう考える人間は多いだろうが、このエンディングの救いのなさが『FW』賛否される一因でもあったりするのだが……まぁ、これだけ聞いて焦らないでほしい。
『FW』ではシナリオ終了時、シナリオ内行動に応じて報酬が清算される。
そこでEDナンバーが表示されるのだが、先程の話のサブタイトルは『真相は闇の中』というありがちな名前の付けられたこのエンディングは「7」あるエンディングのうちの「4」に該当するのだが、このEDナンバーはその数が小さいほど真実に近づき、そして最も適した行動の末に導かれた結末……所謂「トゥルーエンディング」とされる。
逆に数が増えれば「バッド」となり、「4」という中央値に位置するこのエンディングは「ノーマル」と評するのが正しいだろう。
……ただこの「7」あるエンディングの内、ルドスは「1」と「2」以外なら確実に死亡するし、なんなら「4」以降の死に様はもっと酷い。
それは別のシナリオでも言えることではあるが、ルドスの死亡率は本当に群を抜いており、そして「なんか恨みでもあんのか?」というぐらい酷い死に方をする。
そんな不遇キャラなルドスだが、なにも酷いのはビジュアルとその結末だけではない……いや寧ろ、ここからが彼が真に不遇と呼ばれる所以と言える。
精神、魅力、技術、俊敏、筋力、生命、知性、体格、教養……この9つの基礎ステータス、各種【技能】に、【スキル】という拡張性のある特殊能力、そしてその他に
……の、だが、ルドスは本当に、いやマジで本当に確実に「雑魚」と呼べるほど、エゲツないぐらい弱い。
『FW』はファンタジー世界でのお決まり通りに、人以外の種族が存在していて、それぞれステータス配分や、適正技能が違っていたりするので、これまた一概に評価を下すことは出来ない。
だが『人間』という種族に焦点を絞るのであれば、どうだろう?
殆どのステータスが平均値である「
――――――――――――――――――――――――――――――
基礎能力値
精神:7 魅力:5 技術:6
俊敏:2(4-6) 筋力:8 生命:4(7-3)
知性:16 体格:18(12+6) 教養:15(12+3)
――――――――――――――――――――――――――――――
―――このルドスのステータスはどうなってんだという話である。
知性と教養以外のステータスが期待値以下、寧ろ下限から数えたほうが早いような有様で、俊敏に至っては下限保証ありで最低値となっている。
一応補足しておくと、人間は「精神」と「生命」は「
カッコ内のステータスは「素のステータスの数値から何らかの補正」が入って変動した値の内訳であり、ルドスは『出自』が〈貴族(伯爵)〉であるため「生命」と「教養」に補正が入り、そして『特徴』の『肥満』により「体格」と「俊敏」に補正が加わってこうなっている、というわけだ。
さて、RPGに造詣が深くない人間でもこの
「いや、ステータスひっく!?」
そして、その反応こそが普通であり当然であることは間違いないし、僕も当時このステータスを見て同じことを思った。
とはいえこのルドス―――「豚伯爵」は決して嫌われキャラなどではなく、不遇だけど憎めないキャラクターとして、プレイヤーから確実に好まれていたキャラクターの一人であり、僕もこのキャラクターは嫌いではなかった。
だが、だからこそ自分が「ルドス・ティーツァ」だと判明した時、僕は焦った。
(なんでこれに気付くまでに
効率的な育成方法から、この先起こるであろうシナリオの結末、そしてこの世界の行く末まで、殆どのことを把握しているというのはとんでもないアドバンテージだが、同時に僕は「この世界のことを何も知らない」。
数千、数万時間とやりこみ、それでも誰よりもと豪語できるほどではないが、途方も無いような時間を『FW』に費やしてきた僕が知っているのは、所詮『FW』という「ゲーム」のことだけでなのだ。
……そう、僕は所詮モニター越しに繰り広げられる物語を眺めているだけのただの傍観者に過ぎなかった。
理解していたと思いこんでいた世界に生まれたのにも関わらず、5年という
(なんで今の今まで疑問に思わなかったんだよぉ……!)
そうは言うものの、正直仕方のないことだと思う。
死んで、気がついたら生まれ変わって、それがゲームの世界だなんて思うほうがおかしなことだし、前世の記憶をわざわざ掘り起こすきっかけなんて……まぁ、今に思えば結構あった気がするが……ないようなものだった。
そのツケが今になって回ってきているわけだが、こんなものは予測可能、回避不可の強制負けイベントのようなものであって、僕は声を大にして言ってやりたい。
「俺は悪くない!」
―――と。
だが同時にこうも思うのだ。
(5年もあればもっと色々出来たじゃん……!)
僕としても、やはり5年という時間を無為に過ごしたことに関して、何も思わないわけではない。
それこそ
―――将来は文官にでもなってウチで悠々自適にスローライフでも送るかぁ。
なんて呑気なことを考えていたりした。
何が悠々自適にスローライフだ!……とぶん殴ってやりたい気分ではあるが、そうやってあーだこーだ言っている時間すら正直惜しいと思うほどに僕は焦燥していた。
それもそのはず、この世界に生まれてこの方、緑豊かでとっても穏やかな辺境の街でそれなりに裕福な伯爵家の長男として生を受けた僕は、前世でのちょっとブラックな会社で培った処世術と、TRPGによって培ったロールプレイの技術を駆使し、それはもう過保護なほどに可愛がられ―――。
「ルドス、おやつをあげよう!なに、遠慮することはない!よく冷えた果実水もどうだ?」
腹にでっぷりと脂肪を乗せた父はやたらと菓子とジュースで餌付けしてくるわ……
「ルーちゃん、今日は私がご本を読んであげましょうねぇ~。お菓子もたーんと食べて~?」
父さんの歳と容姿を考えたらありえないぐらい若い上に、モデルもかくやというスタイルと、誰もが振り向くような美貌と溢れんばかりの母性を持つ母は、基本僕から離れようとせず、やっぱり餌付けしてくるし……
「ルドス様、お出かけですか?でしたら私もお供いたします」
ちょっと親の目を盗んで外に遊びに行こうとしたらどこからともなく現れた褐色猫耳メイドにがっつり同伴され、元気よく遊ぶ子どもたちも「何だあいつ」と怪訝な目を向けられる。
全く太陽にも当たらない、運動もしない……ていうかさせてくれない……菓子と高カロリーな食事がわんこそばのように勝手に出てくる生活を送っていれば、必然とふくよかな体型になるし、優しさと愛情はあれど、自由の「じ」の字もない生活を5年も送れば「こぶた」
今の僕の状態をキャラクターシートに起こそうものなら、それはもう原作のルドスよろしく悲惨な数値が並ぶモノになるだろう。
だから僕は決意した。
(とりあえず、ダイエットしよう……!)
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