マイ・リユース・ガール

そうざ

My Reuse Girl

 平日の真昼間という事もあるが、だだっ広い店内は痛々しいくらいに閑散としていた。

 近所にリユースショップがオープンしたと聞いたのは、ほんの一ヶ月前。開店直後は客入りが良かったが、間もなく閑古鳥が鳴き始めたらしく、偶々気が向いて来店した時にはこの有り様だった。

 冷やかし気分で店内をぶらつく。種々雑多な商品が所狭しと並んでいる。電化製品に始まり、家具類、服飾品、貴金属、書籍、玩具、自転車、その他ありとあらゆる物が取り扱われていた。新品と見紛う商品も多い。高度消費社会の末路と言うか、物質文明の宿命と言うか、成れの果てとか、吹き溜まりとか、そんな単語が浮かんでしまい、思わず溜め息が漏れた。

 元々必要とされた物がやがて不要と判断され、一旦は捨てられるも再び生まれ変わって必要とされる、が、またしても捨てられる――そう考えると、店全体が仮初めの棺桶に見えて来る。

 何だか気分が重くなった僕は、早々と出口に向かった。通路の途中で『税込百円均一・激安販売コーナー』の表示が見えた。幾つかのワゴンが並び、ガラクタ同然の物品が山と積まれている。何とはなしに横目で見ていると、傍らのコンクリート打ちっ放しの太い柱に若い女が寄り掛かっていた。煙草を燻らせながら虚空を見詰めている。

 僕は目を疑いながらも声を上げてしまった。それは、一年前に別れたリサだった。

 リサは僕の方をちらっと見たが、表情一つ変えずに鼻から煙を吐いた。Tシャツにジーンズ、色の剥げ掛かったサンダル。当時の彼女はこんなラフな格好をしなかったが、今は何処かうらぶれた印象だ。それでも、その美貌自体は以前と変わらず、寧ろ不幸の気配が一層甘美な色を与えているかのようだった。

 知らん顔をして行き過ぎる程、僕の心はまだ整理出来ていなかった。思い切って声を掛けようとしたその瞬間、リサの胸元の名札がはっきり目に飛び込んで来た。

『激安販売品・税込百円』

 あんぐりと口を開けたまま佇む僕を見兼ね、先にリサが口を開いた。

「また口が開いてる。付き合ってた頃に散々注意したでしょうが、馬鹿っぽく見えるから口を閉じろって」

「どうしてこんな所に……」

「あーあーあーあー」

 リサが何度も耳を押さえたり放したりした。

「お前、都合が悪くなるといつもそうやってたよな」

「あんたこそ、平日のこんな時間にぶらぶらしてるって事は未だにニート?」

「残念でした。お蔭様で漫画家としてデビューしたよ」

 リサの表情が動いた。戸惑っているようにも見えた。

「デビューしたって、売れなきゃ意味ないでしょ」

「お生憎様。充分、売れっ子です」

 リサの眼が泳ぎ始めた。さぞかし悔しいだろう。

 一年前、いつまで経っても漫画家として芽の出ない僕に嫌気が差し、彼女は去って行った。僕は彼女を引き止めようと漫画も其方退そっちのけでバイトをして貢ぎ続けた。その総額は数百万円になっていたと思う。

『貢がれ長者』だった彼女が『税込百円の女』に成り下がるまでにどんな経緯があったのかは知らないが、プライドはずたずたに違いない。僕はここぞとばかりに彼女を甚振いたぶってやる事にした。

「税込百円か……て事は正味九十何円かな~」

 リサは煙草をぐいと柱に押し付けた。

「それでも高いな~、どう見てもそれ程の価値はないよなぁ~」

 僕の文字通り値踏みするような眼差しが痛いらしく、リサは俯いたまま必死に口角を下げている。僕は自分の中にこんなサディスティックな部分があった事に新鮮な驚きを覚えつつ、もっと積極的にそれを愉しみたいと思った。

 その矢先、見窄みすぼらしい中年男が通路の角から姿を現し、同時にえたような臭いが漂い始めた。近所の公園に屯しているホームレスらしい。男は物珍しそうに僕達をじろじろと見比べた。

 僕は我に返った。そして、自分のしていた事が急に恥ずかしくなり、逃げるように出口へ急いだ。

「お姉ちゃん、百円なの? 本当に百円?」

 振り返ると、男がリサの身体を舐めるように何度も視線を上下させていた。彼女の顔は如実に強張こわばっていた。ざまあ見ろ、という感覚とは明らかに違うざわつきが、僕の心に細波を立てた。

 僕の行動は、ほとんど反射的なものだった。男を押し退けると素早くリサを抱え上げ、レジに直行するや否や百円玉を放り、手に手を取って店を飛び出していた。

 往年の映画のワンシーンにも似た脱出劇が、二人の距離を一気に縮めていた。僕達はすっかりあの頃に戻っていた。やり直せる――僕はそう確信した。上目遣いで僕を見るリサの瞳にも、同じ思いが宿っているようだった。

「行きたい所があるんだけど」

 リサは背中から僕にしがみ付き、在りし日のしおらしい声で囁いた。懐かしい胸の膨らみが肩甲骨を包む。いきなりホテルかと鼻息を荒くする僕が連れて行かれたのは、有名ブランド店だった。そして、そのまま同様の店を梯子する事になった。

 リサが色取り取りのドレスを試着しながらウインクをする。僕の背筋に懐かしい悪寒が走った。全て購入ね、という合図も昔のままだった。

 間違いなく、僕達はあの頃に戻っていた。自身は税込百円の価値でありながらその何千倍もの金を巻き上げるリサと、そうと知りながら貢ぎ続けてしまう僕。

 僕が一文無しになったら、彼女はまた僕を捨てるのだろう。そして、またリユースショップの店頭に並び、次の金蔓を待ち焦がれるのだろう。僕は、売れっ子漫画家になったなどと口から出任せを言ってしまった事を激しく後悔していた。

 元々必要とされた物がやがて不要と判断され、一旦は捨てられるも再び生まれ変わって必要とされる、が、またしても捨てられる――僕はリユース地獄を思い描きながら、今後の資金繰りに頭を悩ませた。

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