蘇る災禍

猫又大統領

蘇る災禍

 雨降る神社の石畳をよろよろと歩く。前触れもなく俺は蘇った。数百年前の記憶が頭を駆け巡る。

 俺に優しい少女。苦しむ人々。震えるような気配を感じても闇雲に吠えることしか出来なかったあの夜のこと。俺を裏切った優しい少女。憎しみ。何もかも、数百年という歳月が人間の非力に対しての同情へと移り変わっていった。

「わんこちゃん? 大丈夫か?」男の声。

 吠えたてる力も林へと飛び込む力もない。

 傘を差していない男は俺を抱きかかえた。懐かしい暖かさと憎しみがほんの少し、身体を包む。

「今から病院につれ――」

 この男の体に入る。

「この感覚だ。人の体を乗っ取るのは」

 しかし、それは僅かな時間だけだ。

「えっと。何の話を……」

 乗っ取るとその間に相手の記憶を少し覗く。こいつは、元から俺が囚われていた神社を監視していたのか。名前は、トマクか。

「病院に行くよ」

 病院とは、こいつの上司がいる動物病院のことだ。まだ体に力が入らない。着いてすぐ、殺されることはないだろう。少し付き合うか。

 鳥居をくぐり、道路わきに止めてある青い車の助手席に乗せられ、この男がいうところのに連れていかれた。

 動物病院につくと、男は受付の女性から予約がないことを咎められた。

「籠の中のこまいぬ」

 男は数回続けてそういった。

「籠? こまいぬ? それがそのわんちゃんのお名前ですか? 次回からは来院する前に予約をしてくださいね」と俺を見ながら言った。

「籠の中のこまいぬ!」

「わんちゃんのお名前はわかりました。いいお名前ですね。予約のかたが優先です」

 受付の奥から大柄な黒縁眼鏡をかけ、白衣に身を包んだ男がやってきた。俺から見れば白衣を着た坊やだった。

「籠の中のこまいぬ」

 大柄の男はそうつぶやいた。

「そうです」

 俺を抱きかかえた男は嬉しそうに言った。

「そうか。まずは君だけ入ってきなさい」

 俺を受付の女性に頼むと男二人は奥の部屋へと消えていった。

「よく見るとあなた、かわいいわんちゃんね」

「ワン」

 

 その部屋は至る所から撮られた神社の写真が部屋中に張られていた。

「友好的か?」黒縁眼鏡の男はそう言いながらこちらをぎょろりと見る。

「恐らく」

「少女に裏切られたと思いながら殺されたそうだが、実際には少女は村人に騙され、あいつが殺されたあと少女も殺さた」

「……」

「これが知られたらあの弱った犬はたちまち人間を狩る猟犬になるぞ」

「ええ。ところでその話は本当か? 白衣の坊や!」

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