第92話 腕を一本、手土産に

〈熱センサーの反応なしにいきなり出くわしたから、思わず撃っちまったが……感心しないな、我ながら〉


 チャーリーがぼやくが、これは仕方がない気がする。だいたい、状況的にここで遭遇するランベルトが居たら、それは十中八九敵だろうし。しかし、そのことよりも気になるのは。


「こっちの小さい弾痕も、割と新しいな……」


〈ん? どういうことだ〉


 今しがたチャーリーが撃ったカービンの弾は、三発。うち二発がくっきりと胴部の破壊許容部位クラッシャブル・パートに食いこんだ痕を見せているが、その周囲にあるより小口径の浅い弾痕も、土ぼこりや雨だれによる汚れはあるものの露出した地金がまだ酸化せず、明るい金属光沢を見せている。

 弾着によって生じた熱で変質ないし燃焼した塗料も、洗い流されずに残っていた。


「擱座してだいたい三日以内、という感じだ。取り合えず、さっきの無人機群にやられてすぐ、というわけじゃないな」


 俺は機体のカメラでこれも記録した。どうも気になる――


〈どこの所属なんだろうな? 少なくとも、これは『天秤リーブラ』や傭兵マークユニオンの機体じゃない。俺たちは個人だからな、こんな黒一色とかはあり得ない〉


 確かに。個人営業の独立傭兵にとって、機体は広告塔でもある。ちょっと余裕のある傭兵なら、誰もが機体カラーに趣向を凝らし、エンブレムのデザインにも相応の手間暇をかける。俺はまだそういう関係の人脈が無いが、ユニオンにつながる業者の中には、専門のカラーコーディネイターや、エンブレムデザイナーさえいる。


「だな。それに『天秤』はそもそもあり得ない――俺の試験をここに指定してるんだ、わざわざ準備期間中に別口で調査やら掃討やらは出さんはずだ」


 つまり、こいつはGEOGRAAFの実行部隊か、それを隠れ蓑にしてきただろう『アストロラーベ』メンバーの機体である可能性が高い。では、奴らはここで何をやっている? 

 さっきのクラウドバスターは、ミサイルに追われながらそれをいなし、何らかの施設に対して攻撃を行った――その結果があの爆炎だ。


〈げ……! サルワタリ、この話は後だ。離脱するぞ〉


 どうした――と聞くまでもなかった。先ほどと同様の輝点ブリップがモニターに表示される。僚機との情報共有は互いの設定に従って適宜行われるが、チャーリーは先ほどからその共有レベルを最大にしてくれていた。


「おっと、こりゃあさっきのやつか……?」


〈だな、戻ってきたようだ。俺がたてた銃声のせいかも……〉


「まあ、仕方ねえわな」


 チャーリーの後に続いて離脱しようと、メルカトル脚部を超信地旋回させながら――俺の眼はふと、擱座したランベルトの機体に吸いつけられた。


 GEOGRAAF社製中量級二脚型モーターグリフ、「ランベルト」|アッセンブリー・パック。弱い機体というわけではない。最も普及した購入プランの一つで、バランスもとれている。新人のグライフの間には「とりあえずランベルト」という迷言も流布している、そんな機体だ。


 故にこそ、ひとたび個性を消してしまえば企業の実行部隊やら独立傭兵の汚れ仕事やらにも引っ張りだこで、正体の隠しやすさが厄介なわけだが――


(整備や組み立てはあくまで人間がやってる仕事だ。精査すれば今この土地で起きてることの核心に近づけるかもしれん……)


〈おおい、何やってるんだ!?〉


 チャーリーから叱責の声が上がる。


「ああ、すまん。ちょっとだけ時間をくれ、こいつの腕パーツを引っこ抜いていただいていく」


〈おい、まさか小遣い稼ぎか!? そんな余裕はないって〉


 違う、とも言えないが、ともかく俺は左腕の「ガウス・パイク」でランベルトの左腕付け根にあたる胴部中央ブロックを断裂させ、メイトランド腕のトルク任せにむしり取った。ジョイント軸はそのまま温存されているから、確かに売ろうと思えば売れるが。


〈うっわ、本当にやりやがった……見てると何だか背筋の辺りがぞわっとするな〉


「オッケー、待たせたな先輩。とっととずらかろう」


 西から接近してくる無人機群は、すでにその最前衛が視界に入りつつあった。


 ざっと見たところは先ほどの無人クグツに似ているが、それよりも一回り大きく、今のテックカワサキのカタログにはない形状をしている。

 どういう手段によってか継続してメンテナンスを受けているらしく、その動きに劣化や不調を思わせるものはない。ただし、表面の塗装は元の色が変わらないほどに褪色し、そこに付着したコケや藻類のせいで全体的にうっすらと緑灰色のフィルターを掛けたような外見だ。


「帰ったら、テックカワサキのキムラにねじ込んで、古い製品のデータベースを見せてもらう必要があるかもな……」


〈その前に、そもそも生きて帰らなきゃな。急ぐぞ……!〉


 戦車型を選択した自分の判断を少しだけ後悔する。チャーリーが俺と後になり先になりして、前方の偵察と後方の攪乱を同時にやってくれているが、なかなか大変そうだ。


 そして、状況はさらに悪くなったらしかった――動態センサーに、前方からゆっくりと接近してくる、なにか低速の物体が複数現れたのだ。それと同時に、暗号化された通信が交わされているらしいノイズが、チャーリーとの通信に混線し始めた。


(こっちの連中は有人ってことか……?)


 ダメもとで、通信機に別チャンネルを設定し暗号解読デコーダーソフトを起動させる。リソースを食われた機体制御システムが若干のエラーを警告してきたが、単純な機動しかできない戦車にはそれほどの支障はない。やはり、戦車で良かった――


 通信の内容が断片的に、スピーカーから流れだす。


 ――……り第二次……上部隊へ。エリアB-……からC-2のレーダーサイトは……部隊進行方向に、なお無人機の……確認……


 それは、かなり組織的な軍事行動がこの地域に対して行われていることを推測させるものだった。

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