第44話 消息を絶った男について

 ――ピンポロリン

 

 呼び出し音。レダから。

 今度は他に漏れることのない、秘匿回線の通話だ。まあ、ポータルの管理者ならモニターできるのかもしれないが。

 

〈よう、おっさん〉


「そろそろ来るかなと思ったよ」

 

〈本命はこっちだかんな。まあ、あのくらい見せつけとけば、おっさんをやっかむ奴はいても警戒する奴はそうそういないだろう〉


 回りくどいことをする。どっちが本命か、と疑いたくなるが、彼女こそこの世界での先達でプロなのだ。その当人があえて「任務にしくじったあげく、助けに来てくれた新人に入れあげた」などという見せかけフェイクを流布させるのだから、よほど万全を期すべき何かがあるに違いない――

 

〈……療養中にいろいろ調べてみた。まず、ネブラスカであたしを襲ったやつの正体だけど〉


「……何か、つかめたのか?」


〈ネオンドールのバックカメラが捉えた映像がメモリーに残ってた。ブレがひどかったけど、何とか補正できたよ。見てくれ、これだ〉


 通話アプリの画面に封筒をかたどったアイコンがポップアップする。レダが画像だか映像だかのデータをファイルにしてよこしたのだ――俺は西暦2020年代の知識でそう理解した。

 

「画面をタップすれば見られるのかな」


「そそ」


 画面に表示されたのは先ず静止画だった。青みがかったダークグレーで塗装された、航空機然としたメカが映っている。

 正面やや斜め上からとらえたその画像からは、くちばしのようにとがった機首とあちこちから突き出た小さな翼状突起フィンが見て取れる。二十世紀末の試作戦闘機などにしばしば見られた、「カナード翼」を思わせる特徴だった。

 

 そしてさらに特徴的なのは、機体上面に背負うような形で配置された、エア・インテークと一体化したエンジンブロックらしきもの。また奇妙なのが、そうした機体を構成する各部パーツの間に不自然な分割ラインや空隙がある事だ。

 

 続いて再生した、時間にして三秒ほどの動画はさらに奇妙だった。その映像の中で、謎の機体はネオンドールに追いすがりながら、それらのブロックの位置をわずかに移動させたり角度を変えたりする、不可解な挙動を見せたのだ。

 

〈見たとこ、変な戦闘機って感じだろ。だけど、こいつは多分モーターグリフなんだ……補正した画像を分析した結果、各部の形状にGEOGRAAF製品に特有のパターンが見られた。具体的な数字を言うと、四十二パーセントがモルワイデの構成パーツと一致する〉


「ふーむ……」


 レダの説明を聞きながら、俺は少し違うところに気を取られていた。何かが……俺が元の時代で見聞きした何かが頭に引っかかっている。それが何だか思い出せないのは……クソ、年齢のせいか?


〈で、気になることがもう一つあってさ〉


 レダに話を振られて、引っかかっていた考えがするっとどこかへ流れて行った。

 まあいい。思い出せないくらいならどうせ大したことではないのだろう。

 

「何だ?」


〈ゴルトバッハの野郎が、このところ依頼の受付けを閉じてる。活動してねえ〉


 そういえばいたな、そんなやつ。


「……くさいな。明らかにくさい」


〈うん。考えられることとしては……GEOGRAAFの専属になってこの機体を供与された、ってスジだ。だけど、それだとまだユニオンに籍を置いたままなのが分からないんだよね〉


「もっと大事なポイントがあるだろ。何でお前さんを襲ったのか、だ。それも、わざわざニセモノの依頼を用意してまで」


〈おっさんもそう思う? あれってやっぱ、偽依頼だよねえ〉


「輸送機はなかったんだろ? じゃあそれしか考えられないんじゃないか」


 むろん、謎の機体がゴルトバッハのものであるという確証はないのだが。状況的に一致はする。

 動機は何だろう? 

 採用コンペ襲撃をレダにあっさり潰されたことか? それとも、傭兵ランキングのすぐ上にいる相手に勝てなかった腹いせか? 分からなくはないが、それだとあまりに安すぎないか。

 

「傭兵にとって、ランキングってのはその……競争相手を殺すほどのものなのか?」


 通話画面の中で、レダが眉根にしわを寄せて首を傾げた。

 

〈や、どうだろ……あたしはその辺、他人の事なんか別に気にしなかったからなあ……でもまあ、中にはいるかもね。ランキングの上に出ることが目的になっちゃってる奴……そういえば、おっさんも最近結構ランキング上がってたっけな。38位だっけ? 気をつけなよ、誰かが狙ってるかもしれねえぜ〉


「勘弁しろよ……このくらいで命狙われるのはご免だぞ」


〈はは〉


「まさか、他のやつにもあんな約束をしてたりとかは……」


 おっと、口が滑った。いくら蓮っ葉に振る舞っている相手でも、こういうことを言うもんじゃない。

 

〈ないない、あたしだって冗談半分でもあんなん、言う相手くらい選ぶぜ〉


「何だその微妙なバランス感覚というか、それは」


 その後はお互いにじゃれ合うような調子の会話になって、俺たちは事の核心から遠ざかった感じになった。ともかく、あの襲撃が単なる個人的な逆恨みや対抗意識からではない、というのがおおよその結論に近い。

 

 では、何が起きたのか、起きているのか――

 

 

 疑問は皆目解けないままだったが。

 レダとの通話が終わった後、ニコルが淹れてくれた合成コーヒーを飲みながら、俺はふと先ほど頭に引っかかっていた事を拾い上げ直した。

 

(そういえば高校生くらいのころ見たアニメじゃ……ロボットと飛行機とか二通り、三通りくらいの形態に変形する奴が流行ってたっけな……)


 もしやあの、推定ゴルトバッハが乗っていた黒い機体も、何かそういう無茶苦茶な機能を織り込まれた代物なのではないか?

 なにせここは見知った世界の脈絡がろくに残っていないくらい未来の、それなのに人間がその業を引きずり続ける世界だ。試作機やら実験機やらに、おかしなアイデアを盛り込むくらいは日常茶飯事のはずなのだ。

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