第32話 オレゴン街道(トレイル)ハイキング

 心配されたようなトラブルはなし。パラシュートは正常に開き、俺のケイビシは軽い衝撃と共に落下速度を緩めた。

 なんとなく見覚えのある、人工の建築物ビルディングに見紛う巨大な岩塊が、ケイビシの移動に従ってその姿を明らかにしていく。


「あれが『スコットの崖スコッツ・ブラフ』か……」


 何かの西部劇か、さもなくばカレンダーの写真か、そんなもので見た気がする。

 周辺は急峻な岩山と枯れた川床が作る、起伏の多い地形が広がっていた。厄介だ、と舌打ちをする。レダが岩山を挟んで反対側にいたりすると、発見は非常に困難になってしまう。パラシュートが開いて以降も目を皿のようにして探しているが、未だそれらしいものは発見できていない――


「くそ……ダメか? ……いや」


 高度が下がって岩山の反対側が稜線に隠れる寸前。鮮やかなピンク色の小さな何かを俺は見た。


「アレじゃないか……!?」


 慌てて方位を記録。測距は間に合わなかったが、ええい、何とでもなる!


 パラシュートを切り離して地面にさっさと降り立ちたい衝動を、やっとのことでこらえた。トレッド・リグにはモーターグリフのような、大出力のスラスターはない。

 着地の衝撃は最低限に抑えて脚部の破損を防がなければ、こっちも遭難する羽目になってしまう。


 ゆっくり、ゆっくりとじらすように地面が近づいてきて、近接警報のアラート音が次第に甲高く、間隔を詰めて鳴り響く。

 それがひと続きの長い持続音に変化して――ズン、と下から軽く突き上げる衝撃と共にケイビシが着地した。アラート音が消え、コクピットに静寂が戻る。


「ふーっ……」


 荒い吐息をついて呼吸を整える。さて、これからだが――

 パラシュートを機体から切り離し、ケイビシの左手首に装備した「KODZUKA」を展開した。風にあおられてバタバタと暴れる巨大な布地をなんとか掴み、合成繊維製のぶっといロープと戦車を吊り下げられそうな金具を回収する。


「これも少し、もらっていくか」


 パラシュートの傘体から、十メートル四方ばかりの布地を雑に切り取った。防水性に優れた合成繊維製の丈夫な布だ。何かしらの役に立つはずだ。

 残りの部分は惜しかったが、余計な連中に発見されるのを防ぐため、乱雑にまとめてロープの残りで結束し、適当な岩の間に突っ込んだ。



        * * *



 この辺りはまさしく戦場跡だった。そこら中に大小さまざまな戦闘ロボットの残骸が転がっている。炎上して黒く焦げたもの、風雨にさらされて赤くさび付いたもの。

 熱エネルギー兵器で溶断されたように、足や腕だけのパーツになったものもある。

 その大部分はもう朽ち果ててしまっているが、野盗どもはこの中から使えるパーツを探して、自分たちの機体を組み上げているというわけだ。


「方角は……これで間違いない。あの岩山の稜線の向こうだ」


 ケイビシの機体はドウジよりも重く、ホバーノズルで軽快に移動するようなことはできない。歩幅があるから人間が歩くよりは相当早いが、それでも数キロの距離は遠く、もどかしく感じられた。


(無事でいてくれよ……)


 三十分ほどかけて、ようやくスコッツ・ブラフのふもとへたどり着いた。見上げると崖は岩山の中腹から急に切り替わってほぼ垂直にそそり立ち、崖というよりは古城か要塞のように見えた。その足元の岩山、稜線を越えた向こうに、あのピンク色の物体があるはずだ。


 稜線を越える。よく見ると岩山は百メートルほど南西で途切れ、そこには街道の痕跡らしきものがあった。かつての開拓者たちが西海岸への旅路をたどった、オレゴン街道トレイルの一部だと、モニター上に呼び出したマップデータが教えてくれた。


「ああ。こっちから回りこめばよかったんじゃねえか……」


 そうつぶやいて視線を戻し、下りに変わった斜面の先を見下ろすと――そこに、ネオンドールの上半身が無残な姿で転がっていた。


「ああクソ、こりゃあひでえ……」


 左足が脱落してどこかへ消え、右足が逆向きに膝からへし曲がり、頭部のアンテナは折れたのか、前に見たときの精悍な印象がみじんも感じられない。装甲の一部が脱落した腕だけがなんとか二本揃っていて、斜面に突っ張るように突き出されて胴部中央のコクピットブロックを支えていた。


 もうなりふり構っていられなかった。俺はケイビシを無理やり前進させ、足音をドスドスと響かせ戦場の残骸を蹴飛ばしながらネオンドールに駆け寄った。ハッチを開けて滑り降り、ネオンドールのコクピットハッチを外からガンガンと叩く。


「おい! 開けろ! 生きてたら返事をしろ!」


 返事が返って来るまでの数秒が、永遠にも感じられた。そして。




 ――き、来やがったな畜生めェ! やれるもんならやってみろ、テメエなんかに、思い通りにされてたまるかァ!!


「は?」


 ハッチ越しに、なにかとんでもない罵声を浴びせられたようだが……これは?

 数秒考えこんで、どうやら何か誤解があるらしいと気づく。とにかく生きているのだ。良かった……!


「レダ! 俺だ、サルワタリだ! 助けに来たぞ!!」


 ハッチの向こうから「ぴぃ」とか何か、ひどく奇妙な声がして――不意に鉄の蓋がバクンと開け放たれた。


 照明の消えたコクピットにレダがいた。顔色が悪く薄汚れて、血流の具合が悪いのか少しむくんで見えた。右手に握ったままのPDWを右膝の横に投げ出している――たぶん、今が今まで自衛のために必死でこれを構えていたのだろう。


「お、おっさん……? まさか、ホントに来てくれたの……!?」


 泣きはらしたような目元に、さらにどっと液体があふれ出す。俺は右手を差し出し、ウィンクしつつ笑いかけた。


「おぅ。なんせ、約束があるからな」


「……か、確約じゃねえよ。バァカ……ッ!」


 彼女の強がりは、そこまでしか持たなかった。

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