第23話 管制AIを墜とす陥穽(わな)
ゴルトバッハは――特に反応しなかった。
「あれぇ……ダメかぁ?」
ドウジの運動性はそれなりに高い。演習場の地表をホバー移動しながら、上空でレダ機と背後を取り合って追っかけっこを続けるゴルトバッハの「モルワイデ」を、カメラで追いレティクルの周辺に何とか収めている。銃口を、モルワイデに向けている。しかしモルワイデは動じる気配すらない。
「こっちの事なんか目にも入ってねえってことか? んなわけあるか、さっき俺をビームで狙ったろうに!」
〈おっさんうるさい! どうしたんだよ〉
あんまり余裕のなさそうなレダの声が、通信機越しに俺を罵倒する。
「あ、すまん。まだ回線つながってたのか……いや、ライフルで狙ってもこっちに反応しないなって」
〈あー。モーターグリフの戦術AIにはさ、脅威度評価の機能があって――〉
言葉が一瞬跡切れ、「うおっ」と息をのむ声がした。彼女の機体の至近距離をビームがかすめたのだ。
〈危ね……まあ、今みたいな同格相手の戦闘中は、有効な攻撃をしていない相手はとりあえず無視するんだよ……用心深いやつは切るけどな、そんな舐めた機能〉
「こちらは舐めプされて打つ手なし、か……」
〈んー、照準レーザーでもあててやりゃ、AIが警告くらい出すんだろうけどさ……ッ〉
息遣いの変化に合わせて、ネオンドールの姿がまたブレたようにゆらぐ。瞬間的に補助スラスターを吹かしてビームの直撃を避けたのだ。
〈くっそ! あんなもんそう何発も撃てないはずなんだけど、意外と粘るっ……!〉
レダもいっぱいいっぱいのようだ。どうすればいい。
(いや待てよ? 照準レーザー……)
ドウジが装備するライフルにそんなパーツはなかった。ARゴーグルの表示にもそれらしい光点の類はないが――この機体には今、例のS.P.O.R.T.Sが装備されている。電源が切れている状態だが。
あの判定用レーザーを当ててやったら、AIはどう解釈するだろうか?
「物は試し、やってみるか……!」
ゴーグルの視界内で追加済み機器の検出を行い、S.P.O.R.T.Sを探し出す。制御卓の上に浮かぶ「電源ON」のタイルを押してやると、文字と音声で「Training device online」と応答が来た。
「そうらそら、地べたを這いずる低脅威度の雑魚サマから、謎の照準レーザーですよ、っと!」
びぃーむ、と口に出して、ライフルに連動した操縦レバーのトリガーを引く。レダが通信機の向こうでぷっ、と噴き出すのが聞こえた。
モルワイデが空中で弾かれたように変針し、レーザー照準を外す。機体をその場でひねるようにしてカメラをこちらへ向け――
その隙を狙って、ネオンドールの実弾ライフルがモルワイデの手に把持したビーム銃を撃ち抜いた。小規模な爆発と共に、ゴルトバッハの機体はバランスを崩して地表に向かって落下をはじめる――途中で機体を立て直し、着地と同時にホバー移動で演習場からの離脱を開始。
〈ああ! 逃げる気かよ、この野郎ぉ!〉
レダがライフルを向けるが、その砲口は沈黙していた。
〈ああ、クソッ……〉
「弾切れか?」
〈いんや、故障だよ……ありがとなおっさん、サポートしてくれなかったらヤバかった。向こうもあれっきり武器はもってなかったみたいだけど〉
お互いに幸運だった、と言うことか。コンペに参加した企業二社は、大惨事どころではない騒ぎだが。
「とりあえず、片づけて撤収だな……このドウジ以外のコンペ機体は全滅みたいだ」
演習場に骸をさらして炎上する、ドウジ二機とスピアヘッド三機。
R.A.T.sのセンチネルはどうにか無事に退避していたが、これは市長には頭の痛いことになりそうだ。
ともあれ、俺はコクピットの隙間で目を回している輸送機パイロットに声をかけた。
「おい、あんちゃん……良かったな、何とかお宅の輸送機もあんたも無事で済んだみたいだぞ」
「お、おぅ……」
シートと内壁の間からどうにか抜け出した彼は、しばらくは虚脱して口もきけないようなありさまだったが、あれこれの片づけが済む間にどうにか立ち直って、レダのネオンドールを積んだCC-37で離陸していった。
* * *
簡潔に言えば、このコンペは多大な犠牲を引き換えに、テックカワサキ社に大きなチャンスをもたらした。
ギムナンは今後五年をかけて自警団の装備をドウジに更新すると決定。そしてカワサキは手始めに、俺たちが鹵獲したタタラ用にコクピット周りのパーツとOSを提供してくれることになった。ほぼ俺のプランが実現した形だ。
ただし、不穏な事実も判明した。俺が乗り込んだあのドウジを早々に降りた、テストパイロットの一人が戦闘のどさくさに紛れてあの場所から逃走したのだ。
どうやらカワサキの社内に、競合他社や野盗集団に対して情報や製品の提供、横流しを行うグループがいたらしい。今後しばらくその摘発に追われるのだと、キムラは携帯端末の画面越しにため息をついた。
「あんたが生きていたってのが、どうにも不思議なんだがな」
「ああ、実は私、体のかなりの部分を機械化したサイボーグでして……先の一件ではどうにか頭部だけは残ったので、そちらの自警団のみなさんに回収していただきました」
「……クビは繋がった、って訳か」
あまりうまい冗談ではなかったと思うが、キムラはひどくウケていた。
ウォーリックのマクルーハン女史は正真正銘死んでしまっていたので、同社にはだいぶ気の毒だったのだが、幸い後任者が輪をかけて有能だった。
テイラーという姓のその男は、テックカワサキがモーターグリフの分野ではまだ後進であることに付け込み、俺が将来使う機体の購入をまんまと市長にOKさせたのだ。
それと、ドウジへの更新まではセンチネルもめいっぱい活用され、修理、交換用のパーツは継続購入ということになる。ファクトリーのポーター主任からは現在、作業用のクレーンとパーツ保管庫の増設申請が出ているらしい。
問題は――そういう一連の支出のうち、かなりの部分を俺が傭兵業で稼ぐことになっている、ということだった。
「本式に仕事が始まったら、だいぶ酷いことになりそうだな……」
「おじさん、大丈夫かなあ」
ターミナルの画面を見ながらぼやく俺を案じて、ニコルが心配そうな顔をする。だが、俺には一つ、未来の展望を明るくする材料があった。
「そんな顔するな、ニコル。俺は何とかうまくやるさ。それにな、キムラ氏からいいことを聞いたんだ……テックカワサキの
まがい物の「中華風有機麺」と違って豚肉などは本物の材料らしい。恐ろしく高いことになりそうだが、あると分かれば欲しくなるものだ。
「いつか、一緒に食いに行こうな」
そのためにも、これから頑張らねば――
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