第17話 市長からの条件

「面白いことを考えたものね。ええ、理屈としては間違ってない」


 テックカワサキ社と取引契約を結ぶ――俺のアイデアは流石に上に送られ、市長預かりとなった。

 そんなわけで俺は今、トマツリとファクトリーの「親父っさん」ことハサン・ポーター主任に連れられて、ギムナン・シティの一隅にある市長執務室へやってきている。


「テックカワサキと契約を結び、タタラなり別の機種なり、ヒューマノイドタイプのマニュピレーター腕を持つトレッド・リグを導入――まずその手始めとして、鹵獲機体の補修部品の供給を受け、整備と運用のノウハウを手に入れる。これによってギムナンの防衛力を将来的に拡充……ええ、素晴らしいプランだと思います」


 ジェルソミナ・ハーケン市長はその少女めいた顔に笑みを浮かべ、目を細めてわずかに首を傾げた――


「でもね」


 ぽつりと接続詞が投げ込まれる。それも逆接のやつ。


「ここにいる顔ぶれのうち、サルワタリ以外は理解していると思いますが、いくつか問題があります」


 うんうんと他の二人が頷いた。なおゴードンは流石に警備任務に戻されている。


「まず、当市には今のところ将来において自衛用のトレッド・リグを調達する予算を賄うだけの、増収のアテがありません。そしてもう一つの問題は、既にセンチネル及びセンテンスのメーカーである企業、ウォーリック・シェアード・グループの兵器部門であるウォーリック・シェアード・アーモリーと契約関係にある、ということよ。一方的にこれを解消してテックカワサキと結べば、当然いい顔はされません」


「……つまり、無理だと」


 まあ無理なら仕方ない。手に余る敵が来たらレダを呼んで、到着まで持ちこたえる。これまでもギムナンはそれでやってきたわけだし。でもなあ。待ち時間で結構死にそうじゃないか。


「と、簡単にあきらめるのもちょっと惜しいのよね。ウォーリックは手堅い商売をする企業で、他所のような変な下心も今のところ持ってない。レダのネオンドールも実のところウォーリックのパーツで組んでる機体なんだけど……いかんせん、トレッド・リグに関しては、機能を限定しすぎるところがあるのよね」


 ハサン主任がうなずいて話の穂を継いだ。


「ウォーリックとしては求める機能ごとにそれ対応のリグを買わせたいわけだ。だけど、流石にそれを吞めるほどギムナンうちは裕福じゃない」


 世知辛い話である――と、俺はここでおかしなことに気が付いた。トレッド・リグの購入と補修用パーツの調達は、ウォーリックと契約してる、というが。


「あれ? 作業に使ってる『クグツ』はテックカワサキ製なんじゃ……」


「アレはなあ……」


 主任がひどく微妙な顔でため息をついた。


「ギムナンを建設したときからあるヤツなんだ。当時はテックカワサキのシェアが今より大きくてな。特に作業用ワーカーリグはほとんどの環境制御都市ヴィラ地下都市シェルター・シティの建設で使用されてた。だから、天井にあるクレーンみたいな設備とか機器は、大体クグツの規格に合わせてある。昔の言葉でいうところの、デファクト・スタンダードってやつだな」


 おお、珍しく俺が知ってる言葉が出てきたぞ。なるほど、そうすると……


「そんなわけで、クグツだけは他の企業もライセンス生産したりパーツのストックを保有してたりしてて、簡単に手に入る。需要が切れないからウォーリックやGEOGRAAFも、そのストックは破棄できない」


「じゃあ、野盗が使ってるリグなんかも、そういうことか……?」


 そう言いかけると、トマツリが感心した顔で俺の肩を叩いた。


「おう、その通りだ。テックカワサキのパーツはちょっと昔の戦場まで行けばそこら中に落ちてる。まあ大抵は経年劣化で使い物にならんが、『当たり』のやつをかき集めてでっちあげた機体はよく見る。大抵はあちこちをクグツのパーツで代用してるが、そういうのは例えばタタラの恰好をしていても、カタログスペックの三十パーセント程度の性能しか出せない」


「お前さん方が戦ったやつは、ほとんど純正パーツだったがな」


 主任がふん、と鼻を鳴らした。


 なるほど、投降したタタラのパイロットから取った供述は、この方面からも裏が取れたというわけだ。奴らの背後にはやはり企業がいるのだ。


「閑話休題、まあそんなわけでサルワタリが出してくれたプランについては、いろいろと問題があります。でも、方向としては何とか実現したい」


 ふーむ。なんかこう、二十一世紀の日本でもあったよなあ、こんな感じの商談というか、駆け引き――よし。


「じゃあ、こういうのはどうでしょう。ウォーリックとテックカワサキの双方に話を通して、コンペを行うという形にするんです。それぞれが売り込みたい機種を持ちこんで、模擬戦闘をやってもらう」


「ふむ。面白そうね……続けて」


「ウォーリックには『使いまわしがきかないから何とかしたい、既存の製品で新規注文を取りたいなら、テックカワサキのリグを負かして価値を実証して欲しい』って言う。あと、テックカワサキには……『近くをうろついてた野盗がおたくの製品を使ってた。現有のリグでは対抗が難しいのでうちの戦力も同等かそれ以上のテックカワサキ製品で更新したい。ウォーリックが難色を示してるので、模擬戦において黙らせるだけの結果を提示してくれれば話が進めやすくなる』……とまあ、こんな感じで」


 市長たち三人が、妙にずっしりと押し黙って一斉に俺を見た。


「驚いた。あなた、なかなかの悪党ね」


「……サルワタリ、お前ここに来る前何やってた」


 なにってそりゃあ、運び屋と営業ですが。


「まあ、ホントはタタラの修復用に胴部の主要パーツとOSのコピーが手に入れば最低限OKなんですけどね。ウォーリックはプライドがあるでしょうから手抜きはせんでしょうし、テックカワサキには野盗とのつながりについてカマを掛けてみることができる」


「よろしい、大筋それでいきましょう。ただしそのプランを実施するにあたって、私からあなたにお願いしたいことがあるわ。条件、と言い換えてもいいわね」


「何です?」


「傭兵に登録しなさい」


「傭兵? 俺が!?」


「昨日の戦闘で、あなたの資質はそれなりのものだと確信しました。『天秤』と提携してる下位の組織で、主にリガーが所属する『傭兵マークユニオン』というものがあります。そこに入って、新装備の調達費用を稼いで欲しいの。普段は自警団員として働いてもらうけど、私の経験に照らして、良さそうな依頼があったらチョイスして渡すわ。つまり、私があなたのマネージャー兼プロモーターになる、ということ」


「そりゃあ……」


 驚いた。実のところ、俺も同様のことを考えていたが、筋道が見いだせていなかったのだ。そもそもユニオンのことなど聞いていなかったし。


「もちろんあなたにも適切な報酬を分配します。ゆくゆくはグライフを目指す予定だ、ということで喧伝すれば他所からのちょっかいに対して抑止力にもなるでしょうね。どう?」





近況ノートに市長の妹であるレダ・ハーケンの愛機「ネオンドール」のデザインラフを掲載しました。よろしかったら。

https://kakuyomu.jp/users/seabuki/news/16817330651219866949

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