第11話 手指の在る奴は厄介である

「市長、前方に何かいる。手がついてるやつです」


 俺はヘルメットのバイザー越しにその機影に目を凝らした。モニター上でそれらに赤いマーキングが表示される。


「ありがとう。こちらでも確認……分隊、全機その場で停止フリーズ。別命あるまで待機!」


 市長が可愛らしい声でてきぱきと指示を飛ばす。随行する二機のセンチネルも、散開した隊形のままその場に身を潜めた。

 続いてセンテンスのカメラが捉えた映像が、僚機へ共有される。


「データベース照合、っと……多分これね」


 俺のヘルメットにも情報が表示される


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■SEARCH RESULT


・TKC-303 “TATARA”  Maker / TEC-KAWASAKI


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「テックカワサキ社製『タタラ』? ……なんだこりゃ、か?」


「ああ。旧ニホンの軍需企業を吸収したって話だから、概ね間違っていないわね。ギムナンうちとは今のところ取引がないけど、使いまわしの効く高機能なリグで昔はかなりのシェアを握ってたみたい」


「つまり、どこの誰が使ってても不思議じゃない……ってコトですか」


「厄介なことにね」


 市長の相槌には、後ろにため息がくっついていた。


〈市長。やつら、監視所の瓦礫をほじくり返してるみたいです〉


 指揮車のトマツリから通信が入る。市長はおとがいに親指を当てて少し考え込むと、マイクへ向かって指示を飛ばした。


「トマツリ。指揮車の通信機で広帯域に呼び掛けてみて。『ここはギムナンの保安区域内で、無許可の廃物回収は認められていない。所属を開示し、速やかに投降しなさい』って」


〈……撤収を要請、じゃ駄目なんですか? 刺激しない方がいいかと思いますが〉


「例の話が本当なら、進入路を発見された可能性があります。実のところ捕縛か、さもなくば殲滅しかありません」


〈……了解ロジャー


「サルワタリ。センテンスの火力なら、タタラ程度は圧殺できます――何か伏せ札がない限りは。指示したらためらわず撃つこと、いいわね?」


「ろ、了解ロジャー


 こりゃあ、恐ろしいことになった――俺はヘルメットの中で密かに震えた。引きずりおろされたという前市長は、実のところどうなったのだか。可愛らしい顔をしているが恐ろしい女だ。


 そして、そうしなければ寝首を掻かれるこの世界がまた何とも恐ろしい。


「選択肢がないってのは、つくづく最低ですね」


「そうね」


 言外の意味を悟ってか悟らずしてか。市長は何気ない様子で俺の言葉に相槌を打った。



 ――そこのタタラ四機! この一帯は我がギムナン・シティの保安区域内にある……無許可での採掘や有価物回収は認められていない……!


 トマツリの警告が拡声器でオープンエアーにも流される。夕空が次第に赤みを増し紫に移り変わろうとする中で、その言葉はどこか薄寒く感じられた。


 ――所属の開示及び速やかな投降を求める。さもなくば……


 トマツリがそこまで言いさした時。僚機との距離を互いに近く取っていた四機の「タタラ」が、不意にガクン、とその機体を揺らした。


「動く!?」


「仕掛けてくるわ! サルワタリ、私たちは前に出る! 奴らを引き回すから、出来るだけ早く照準をロック!」


「……わかった!」


 市長の操縦でセンテンスが恐ろしいほど軽やかに走り出す。注目すべきはその動き方――自機が描く円の内側にできるだけ多くの「タタラ」を囲い込むように動きながら、武装の貧弱なR.A.T.sのセンチネルが囲まれないように引きつけ続ける。


 お互いに速度は時速五十キロ程度か。大した速さではないはずだが、互いに動いていれば相対速度という形で上乗せされる。最大百キロで、それも上下に揺れるターゲットを狙うのはなかなか骨だった。おまけに、動きを読ませないためにか、市長は時々不規則に加減速を織り交ぜ、何なら急角度の切り返しまで入れているのだ。


(クソ! 巧いのはいいが速過ぎる! これじゃこっちの視線が追い付かない……)


 やはりまだ駄目だ! 俺はバイザーを跳ね上げ、視線入力と情報強化機能を切って予備照準器のレバーを起こした。こんな機能は、一人で操縦と火器の操作を同時にやるときは必須かもしれないが。


「砲手に専念するなら、この方が分かりやすいぜ、やっぱり!!」


「ちょっと! 音を上げるのが早すぎるでしょ!!」


 勘弁してくれ、こっちは素人なんだ――俺は喉元まで出かかった悪態をぐっとこらえて、どうにか照準器に捉えたタタラの、予測される未来位置に機関砲を見舞った。


「偏差射撃は身についてるみたいね?」


 市長が意外そうに声を上げた。


「理屈は一応知ってるんだ。ゲームでも結構やっ……やりました」


「ゲーム?」


「シミュレーターをちょっと楽しくした奴、かな……わっ!?」


 不意に機体が逆方向へ振られ、瞬間的に横方向のマイナス加速度が襲い掛かる。


「反撃してきた! 今ので撃破できてない、どういうこと!?」


「ちょっと待て……!」 


 バイザーを再度下ろして、なんとか敵機の映像にズームを掛けた。

 

「わかった……! シールドだ。あの野郎、左手に盾を装備してやがる」


 拡大表示された「タタラ」の静止画を隊内に共有した。

 ずんぐりしたボディの上に、サメのひれのような縦長く伸びたシルエットの頭部。妙に人間めいたマニュピレーターの、右腕に短めの無反動砲らしきもの。そして、左腕には機体のシルエットを半分ほど覆えるサイズの、巨大な盾を保持していた。


 どうやら、先ほど遭遇したときには背部かどこかに擬装して隠していたようだ。


(なるほど、改めてロボットに人間と同じ機能の腕がある意味を実感した! レダの機体も人型だったもんなぁ……!)


 感心してばかりもいられない。こちらの弾薬にも限りがあるのだ、いかにしてあの盾を突破するか――それがこの場での喫緊の課題だった。

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