10-04 晩餐会でお会いしましょう

 慎重に確認しながら列の最後尾まで戻ってきたが、やはり付近に招待状らしき物は落ちていなかった。


「お、おかしいな。確かにポケットに入れたはずなんだけど……」


 一旦人混みから離れ、道端で上着を脱いでポケットというポケットを片っ端からひっくり返してみる。

 けれど招待状は何処にも見当たらない。


(やっぱりどこかで落とした……?)


 とはいえ、そこまで小さな物でもないし落とせば気づくはずだ。


(となると最初から忘れてきた……?)


 いや、落ち着いて思い出してみると王都に着いて馬車を降りる時に念のため確認したぞ! あの時は確かにあったから、やっぱりここまで来る途中の何処かで落としたんだ。


「どうすんのよ? 今から探し回ったんじゃ間に合わないわよ。こうなったら、いちかばちかシェトラール姫に直接取り次いで貰えないか聞いてみる?」


 流石に心配になったのか、ティンクが俺から上着を預かり改めてポケットを確認してくれる。


「いや、姫様も忙しいだろうからこっちの不手際で迷惑かける訳には……。ん〜、それにしても何処で落としたんだー」


 街に着いてからの行動を改めて思い返してみるが……ダメだ。やっぱりどう考えても上着なんて一度も脱いでないし、落とすような事した覚えはないぞ。



「――失礼。もしや招待状を無くされて困りでですか?」


 突然後ろから声を掛けられ驚いて振り返ると――小綺麗な格好をした中年の男性がいつの間にか立っていた。

 外国の人だろうか……この辺りではあまり見ない恰好だ。

 細身の黒いタキシードにシルクハット。

 手には高そうなスティックを携え、銀縁の片眼鏡モノクルを掛けている。


「は、はい。実は……。お恥ずかしながら王宮の晩餐会の招待状を無くしてしまって」


「左様ですか。……重ねて無礼ではございますが、お聞お名前をお伺いしても?」


「え? あ、マグナス・ペンドライトです。隣町で錬金術屋を営んでます」


 名前を聞かれただけなのに思わず職業まで添えて自己紹介をしてしまう。

 決して威圧されている訳ではないけれど、凛とした紳士に突然話しかけられて無意識に緊張してしまっているようだ。

 そんな俺を見抜いたのか一際穏やかに目尻を下げると、紳士はポンと手を叩いて嬉しそうな笑顔を見せた。


「やはりそうでしたか! よかった、よかった。こちらを――」


 そういって紳士が懐から取り出したのは……見覚えのある便箋。


「あ! 招待状!」


 差し出された便箋を受け取り中を確認すると、間違いなく俺の招待状だ。


「道端に落ちていたんですよ。宛書にモリノ国の刻印があったもので、王宮へ向かいがてらお届けしようと思っていた所だったのですが……いや、良かった良かった!」


 うんうんと頷き、口髭をさすりながら自分事のように嬉しそうに笑ってくれる。その所作の一つ一つから気品と大人の余裕が感じられ、恐らく何処かの位の高い貴族なんだと想像させられる。


「すいません! ホント助かりました。危うく晩餐会に遅れる所でした」


「いえいえ。同じ錬金術師同士、困ったときはお互い様です」


「えっ、あなたも錬金術師なんですか!! 改めて、錬金術師のマグナスです。宜しくお願いします!」


「これはご丁寧に。私は――」


 お互いに手を差し出し握手を交わそうとしたとき――


「――ヘルメス様。そろそろ参りましょう」


 突如として現れた執事姿の老人が俺達の間に割って入ってきた。


 ヘルメスと呼ばれた物腰の柔らかい男性とは対極的に、まるで感情のこもっていない冷たい目線で俺を見下すように睨みつける老執事。

 その刺すような視線に思わず背筋が凍える。

 ……てか、何処から現れたんだ!? さっきまで周りに人なんていなかったような。


「……えぇ、分かりました」


 諭され困ったように笑う“ヘルメス”氏。

 シルクハットを取り丁寧にお辞儀をしてくれた。


「機会があれば晩餐会で改めてお会いしましょう、モリノの若き錬金術師殿。――それに」


 少しだけ間を置いて、隣に立っていたティンクの方へと向き直る。


「……まるで宝石のようにお美しい、真紅のお嬢様」


「ど、どうも」


 突然話しかけられティンクは慌ててお辞儀を返した。


 ……気のせいだろうか。

 ティンクの事を見つめる片眼鏡の奥の瞳が、一瞬妖しく輝いたように見えた。



 ――



 その後ヘルメス氏と別れ王宮へ戻ってきた俺たちは、もう一度列に並び直しどうにか正門前まで戻ってきた。

 さっきと同じ番兵に、今度はちゃんと招待状を見せる。


「――!! 失礼致しました! シェトラール様のご来賓でしたか! わざわざ列にお並び頂かなくとも、あちらの窓口でお受け致しましたのに!」


 そういって隣の窓口を指さす番兵。

 見ると、あからさまに身なりのよろしい人達や、弟子を何人も引き連れた大先生のような錬金術師がズカズカと宮殿へ入っていくのが見える。

 応対する係員もこれでもかと言うほどに腰が低い。――要人向けの受付か。


「……い、いえ。何か気まずいんでこっちで大丈夫です」


 あんな仰々しい中に俺みたいなガキが居たらどう考えても悪目立ちするだろ。

 番兵さんにお願いしてそのまま一般用の入り口から中へ入れて貰った。




 ◇◇◇




 同刻。

 要人用の入口を抜けた先にて。


「……ヘルメス様。目立つような行動はお控え下さいと再三申し上げた筈ですが。部下に“スリ”までさせて――どういったおつもりですか」


 前を行く老執事が振り返りもせず片眼鏡の錬金術師に声をかける。


「はは、すいません。どうしてもに“賢人マクスウェル”の後継者を見ておきたかったもので」


 口では謝罪しながらも、悪びれる様子もなく笑って返す。


「……して、如何でしたか?」


「――ふむ、正直噂に聞く程の錬金術師とは思えませんでしたね。……噂はあくまでも噂といったところでしょうか。我々の“目的”の弊害にはなり得ないでしょう」


「それは何より」


 そうとだけ言って歩を早める老執事。やれやれといった様子で首を振りながら、錬金術師“ヘルメス”もその後に続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る