09-36 錬金術の洞窟

 島に着くと、トライデントさんが最後の魔力を振り絞って洞窟の入り口に水の障壁を張ってくれた。

 亡者が中に入ってこようとして水壁に触れると、凄まじい水流で弾かれ吹っ飛んで行く仕組みのようだ。


「殆ど魔力を込められなかったのでそう長くはもちませんが、暫くなら凌げると思います! ――どうかご無事で!!」


 限界ギリギリまで頑張ってくれたようで、話し終わるや否や速攻で消え去ってしまうトライデントさん。


「無理させて悪い! ありがとう!」


 聞こえたかどうかは分からないけど、霧散する光の粒子に向かってお礼を叫ぶ。



「――さぁて、ここからは時間との勝負だな!!」


 付近にあった松明に火をつけ、周囲を警戒しながら奥へと進む。


 ……


 こないだ来た時と同じように、人工的な通路を進んで行くとやがて広間に辿り着いた。


「……あった。あれだな」


 暗い広間の中心にある祭壇が、松明の光を浴びてぼんやりと姿を浮かばせる。

 松明を手近な台に立てかけると、リュックから小型の投光器をいくつか取り出しティンクと手分けして辺りに設置していく。

 光の魔力が込められた投光器は徐々に明るさを増し、広場全体を充分に見て取れる程に照らし出してくれた。


 周りをぐるり見渡して思わず言葉を飲む。

 前に来たときは暗くてよく見えなかったけれど、祭壇だけでなく洞窟の床面や壁面に至るまでもがびっしりと幾何学的な文様や文字のような記号で埋め尽くされている。

 それらが投光器の灯りに照らされキラキラと黄金の輝きを放つ様は、まるで夜空の星々の中に飛び込んだみたいだ。

 辺りの石材の侵食具合からして相当昔に彫られた物のはずなのに、今尚その輝きを失わないという事はおそらく特殊な塗料で加工されているのだろう。


「何か、神秘的ね」


「あぁ。これは……凄ぇな」


 そんな事を言ってる場合じゃないのは分かってるが、目の前に広がる幻想的な景色にただただ圧倒されてしまう。


「……なるほどね。この辺りは文章になってるみたいね。一般的に使われてる近代統一言語じゃないわね。……形状の単調さからして相当古い文字かしら」


 壁面に書かれた文字列にそっと触れるティンク。


「読めるのか?」


「全然。ただ、図形の方は何となく理解できるわ。そうね――外周に並べられてるペンタグラムが起点になってて……」


 持ってきたチョークで壁に数字を記入していくティンク。


(……懐かしいな)


 じいちゃんから教わった、未知の錬金術レシピを解析する時のやり方だ。

 俺もティンクに続き、壁面の図形へ次々と数字を書き込んでいく。


「なるほど、外から内に向けて魔力を順に伝えてってるみたいだな。……となると、魔力が行き着く終点は――あの祭壇か」


 外部から集められた魔力が陣形の中を複雑に経由した後、中央の祭壇目掛けて集まるように構成されているようだ。


「ふんふん、ここが分岐で左右に……ん? 違うわね、三叉路になってるのかしら」


「いや、そこは分岐じゃなくて結束点じゃないか?」


 ティンクと互いに意見を出しながら陣形の解析を進めていく。


「え、違うでしょ!? 2番と8番が分岐なんだからここもそうよ」


「2,8は確かにそうだけど、そこが分岐だとしたら14番の交差が辻褄合わなくなるぞ」


「……確かにそうね。何処か間違えたかしら……」


 何だかこうやってると、昔じいちゃんと一緒に錬金術の勉強をしていた頃を思い出す。

 家族の中で錬金術が分かるのは俺とじいちゃんだけだったし、じいちゃんが病気になってからはこうやって誰かと錬金術について意見を交わす事なんてなかった。

 錬金術の勉強といえば、独りで黙々と本を読むだけの味気ないものだった。


 ――それが、ティンクと一緒に暮らすようになってからは夕飯を食べながらやお客さんの居ない店番の合間など、暇を見つけては錬金術について議論を交わす日々。

 お互いに頑固な性格なので言い合いになる事もしばしばだけど、こうしてティンクと錬金術の話をしている時間が――今は何よりも楽しい。


「あーもう! これ本当に使えるの? どう考えても矛盾するんだけど!」


 イライラとした様子でティンクが声を上げる。


「落ち着けって。俺達が使ってる錬金術と確かに根底は一緒かもしれないけど、体系としては全くの別物だ。何処かで俺達が知らないような法則があるんだろ」


 手に持った本をペラペラとめくる。錬金術屋で買った、この島の錬金術に纏わる書物だ。


 壁に描かれた模様は、確かに錬金術のレシピを表す図形に酷似ている。

 魔力の伝え方も錬金術のやり方そのものだ。

 けれど、俺たちの知る錬金術の理論でそのまま解釈しようとすると必ず何処かで矛盾が生じてしまう。


(……何だ、何が間違ってる? 俺たちの錬金術と根本的に違う事……。基礎から考えるんだ。錬金術に必ず必要なもの。――素材とレシピ、それから……釜!)


「――そうか、チャラ島の錬金術……錬丹術では"火"を使わないんだ。この祭壇が釜の役割を果たすのは間違いないけど、原動力は"火"じゃなくて"海"なんだ!」


「――そうよ! 根底にある属性が"火"じゃなくて"水"だから辻褄が合わないんだわ! 私って天才!?」


 俺の閃きをあたかも自分の事のように喜ぶティンク。


「となると、20番から28番までの解釈が全部逆転するから――」


 チョークで書いた文字を急いで書き直す。


「さんざん悩まされた2番と8番と14番もそれなら辻褄が合うわね!」


 ティンクも大急ぎで数字同士を線で結んでいく。


「よしよし! これなら行けるんじゃないか!?」


 解析が一気に進みだした――その時。


『――うおおおおぁぁぁ!!』


 洞窟の入り口の方からうめき声が聞こえ、ヒタヒタと足音が近付いてくるのが分かった。――亡者だ! いよいよトライデントさんの結界が切れたらしい。


「ねぇ! 何か通路の方ヤバそうな雰囲気じゃない!?」


 祭壇を調べながらティンクが振り返らずに叫ぶ。


「くそ、あと少しだってのに――!」


 こんな逃げ場のない空間で襲われたら間違いなくひとたまりも無い。


(もう少し、もう少しだ!)


 焦りから作業を急ぐ手が思わず震える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る