09-13 とある人魚の悲恋
ホテルにお願いし、ショッピングエリア行きの牛車を用意して貰った。
今朝港からホテルに来た途中に観光客向けのお店が並ぶエリアがあったそうで、今朝通ってきたのと同じ道を戻る。
――ホテルを出て15分ほど。牛車は白いビーチが続く賑やかな海岸沿いのエリアで停まった。御者さん曰く、この辺りが島の中で一番店が多い場所なんだとか。
そういえば今朝通ったときもお店みたいなのがたくさん見えたな。
若者向けのファッションや雑貨などを取り扱っていると思われる店舗が多く並んでいる。辺りに居るのも若い観光客ばかりだな。
「それじゃ、まずは水着からね! あっちの方から見てみよ!」
真っ先に牛車から降りたカトレアが楽しそうにお店の方を指差す。
「お店、沢山あって迷うわねぇー!」
急いでその後を追うティンク。
店舗はどこも、通りから店内がよく見えるようにガラス張りの大きな窓が取られていて開放的な雰囲気だ。
軽食を扱う飲食店や、可愛らしいアクセサリーを扱うお店、島の人達が着ているようなカラフルなシャツの専門店などもある。
ティンクが飲みたいと言ったフルーツジュースの店に寄り道したりもしながら、暫く歩くうちに水着を売っている店を発見した。
さっそく店内に入っていく女子2人だが――いや、ちょっと待て!
思わず入り口の手前で立ち止まる。
「ち、ちょっと待て!」
「……? どうしたの? 早く入るわよ」
「……流石に俺は入れないだろ」
色とりどりの水着が並んでいる店内。
どれもこれも可愛くて魅力的ではあるが……どうやら女性用の水着を主に扱っているお店のようだ。店内は女性客ばかり。
「別に大丈夫でしょ? 試着室の中まで入ってくる訳じゃないんだし」
「男性が入店されても問題ないみたいですよ」
ティンクとカトレアは平気な顔で手招きしてくるものの……どう考えても恥ずかしい!
「いや、やっぱり辞めとく! 俺は俺で見たい物もあるし、後でさっきの場所に集合しようぜ」
「そう? 分かったわ。結構時間かかるかもよ?」
「大丈夫だ。じゃ2時間後にするか」
「了解〜」
まぁ、俺も錬金術関連の店を見たかったので丁度良かった。
ティンク達と別れて、独り錬金術の店を探し始める。
……
「……全然無かったな」
海沿いのベンチに座ってがっくしと項垂れる俺。
この辺りのエリアは観光客向けのお店ばかりで、錬金術の素材を扱うような店舗は1つも無いらしい。
地元住人が行くような商店街ならあるんじゃないかという事だけれど、観光客独りで行くにはちょっと心細い。
集合時間まではまだまだ時間があるが、他に特に見たい物も無いのでベンチに座りボーッと海を眺める。
キャッキャと騒ながら楽しそうに道を行く女子達。カラフルな水着が眩しい。
ビーチのすぐ側なので、皆水着に1枚羽織っただけのような姿で街を歩いているようだ。
(――これはこれで、退屈はしないな! もしかしたら買い物よりこっちの方が良かったかもしれん!!)
こりゃ、暇を潰すどころか時間がいくらあっても足りないかもしれないぞ!
この素晴らしい景観を少しでも多く目に焼き付けようと心に決め、前のめりに座り直したところで――
「あんた、観光客かいね?」
「――うぉ!?」
突然声をかけられ思わずベンチから転がり落ちそうになる!
隣を見るといつの間にか隣に座っていたお爺さんが話しかけていた。
「ん? ああそうだけど。……何で分かったの?」
「あぁ。“ないちゃー”は顔を見れば分かるわ」
独特のイントネーションで話す老人。
かなり聞き取りにくいが、どうにかギリギリ何を言っているかは分かる。
「な、ないちゃー?」
「ほうや。“ないちゃー”は島の言葉で、外から来た人のことを指すんやわ」
へぇ。文化も独特なら、言語体系も独特だな。
「モリノから観光で来たんだ」
「そうかい。……前は観光客なんて全くおらんかったんやがなー。この辺りも一面、人魚像にお供えする“雷花”が咲く野原やった」
「……人魚像って、岬の?」
海の方を見ると、今朝牛車の上から見た人魚像が何も変わらず岩場に佇んでいる。
「そうや。お前さんよう知っとるの。今じゃ島の若いもんでも像の事すら知らん者の方が多いわい。……そんなら、あの像に纏わる“人魚伝説”は知っとるか?」
「……いや、詳しくは」
俺の返事を聞くと、ふぅと息を整え話し始めようとする爺さん。
(あ、これは老人特有の長い語りが来るな……)
まぁ、時間はあるから良いか。
「その昔、一匹の若い人魚が海の掟を破って人間の男と恋に堕ちたんや。二人の恋は真夏の太陽よりも熱く燃え上がった。じゃがそれが
(――あぁ、成る程)
そこまで聞いてピンときた。錬金術でもよく聞く類の話だ。
実在するかどうかも怪しい伝説の素材。一説では賢者の石の材料とも言われているが……
“人魚の血肉”
その特性は――
間髪入れずに老人が話を続ける。
「男は何とか一命を取り留めたが、呪いで“死ねない身体”になってしもうた」
そう。
特性は“不死”
「大切な人を助けたい一心で人魚は良かれと思いやった事やったんじゃが、結果として不死の化け物を生み出してしもうたんじゃ」
「それは中々……辛い話だな。教えて頂いてありがとうございます」
爺さんの話も気になるには気になるが、だいたい話の趣旨は分かった。よくある人魚伝説の一種だ。
そろそろ水着の鑑賞に戻りたいので話を切り上げようとするが、爺さんの話はまだ終わらない。
「それでな、話はまだ続きがあっての。死ねない化け物になってしもうた男は、永遠の命など要らなかったと人魚に冷たく言い放ち姿を消してしもうたそうじゃ。悲しみに打ちひしがれた人魚は、今度はどうにか彼を救おうと海の悪魔にその美しい鱗を売り渡し呪いを解いてもらう解約を結んだんじゃ」
「……随分と健気な人魚ですね」
「まぁのぉ。恋は盲目とかいうやつじゃな。……じゃが、それだけで人魚の悲劇は終わらんかった。悪魔の力は呪いを解くものなんかやなく、不死の呪いをも超えて男を崩壊させるさらなる呪いやったんじゃ。男は醜く朽ち果てヘドロとなり、このチャラの海へと溶けて最期を迎えたそうじゃ。そのため海は汚染され人魚達は住処を失い皆遠くの海へと姿を消してしまった。独り残った件の人魚は鱗を失いボロボロになった尾ビレで何処に行くことも出来ず、未だこのチュラ島の海のどこかで悔やみ苦しみ続けておるという話じゃ」
「……なんとも、救いの無い話だな」
人魚の伝説は大抵悲惨な結末を迎える物が多いが、ここまで陰鬱なものは聞いた事がないな。この開放的な南国にはなんとも似つかわしく無い話だ。
「そう思うなら、石碑にお参りでもしてやっとくれ。あの人魚像の側に岬があるやろ? あの上に人魚を祀った石碑があるんじゃ。ワシもよく参ったんやが足を悪くしてからは中々行けんくっての」
そう言って人魚像のある岩場の側の岬を指差す爺さん。
ここからじゃ岬の上の様子までは見えないが、歩いて行ってもそう遠くは無さそうだ。行って帰ってきても集合時間には十分間に合うだろう。散歩には丁度良い距離だ。
「分かった。どうせ暇だったし散歩がてら行ってみるよ」
これ以上絡まれてもしんどいので、老人に別れを告げ照りつける太陽の元、岬に向かって歩き出す。
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