09-05 イリエのガラス細工
――聞く話によると、少し前までのイリエは俺の想像してたような寂れた漁師町だったそうだ。
伝統の漁業で街の産業を支えてきた歴史のある港町だったが、辛い肉体労働を嫌う若者の流出に歯止めが掛からず問題となっていたらしい。
そのため、街に活気の無い時期が長く続いた。
そんな折、近年になって観光地として急成長を遂げたチュラ島を初め南方への旅客が急増し始めて、その中継港としてイリエの名が突如浮上したそうだ。
これをまたとないチャンスと捉え、主産業を漁業から観光事業へと切り替える街の存続を掛けた一大決心を敢行。
住民たちも一丸となって、景観のリニューアルや周辺道路の整備まで何から何まで思いつく事は全て実施したそうだ。
それが功を制し、今では旅人や観光客で賑わう純白の港町へと変貌したと言う訳だ。
元々特産だった新鮮な魚も観光客に大ウケし、回り回って最近では漁業も息を吹き返してきているらしい。
いやー、聞けば聞く程関心する。
今の街の様子からは元が寂れた漁村だったなんて到底思えないもんな。
とっくに陽が沈んだこの時間でも街中は静けさとは程遠い。
飲食店の店先に並ぶテラス席は、酒を飲む者や食事を楽しむ者で繁盛している。
路上では小楽団が軽快な音楽を奏で、観光客がそれに合わせて手拍子を打ったりと、どこも大変な賑わいだ。
モリノでは信じられい風景だけれど、これが観光地というものか。
毎日が“迎夏祭”みたいな騒ぎなんだろうな。
「ご飯何処で食べようかしら?」
「せっかくイリエに来たんだから新鮮な魚料理は外せないよ!」
そんな話をしながら前を歩く二人。
俺はと言うと行き交う人波の中、はぐれないようについていくのがやっとだ。
「――あ、ティンクちょっと待って! ねぇ、あのお店可愛い!」
ティンクを引きずりながら小さな店舗に駆け寄っていくカトレア。普段からもそうだけど、ここまでガツガツとティンクにモノを言えるのはカトレアくらいかもしれないな。
出会った頃は内気で物静かなお嬢様だと思ってたけれど、今ではティンクと姉妹のような仲の良さだ。
「ガラス細工のお店だって!」
「へぇー! 綺麗ねぇ」
並んで店先のショーケースを覗き込む二人。
背後から背伸びして店内を見ると、棚に色とりどりのガラス細工が飾られている。
「イリエは漁業の他にガラス細工も有名なんだって。高価な工芸品も多いけど、アクセサリーみたいな日用品もいっぱいあるのよ」
「確かにどれも良い作りね」
「――そういえば、ティンクがいつもしてるその髪飾り。それもきっとイリエ製だと思うわよ」
カトレアがティンクの髪についた花の髪飾りに目をやる。あれは確か、初めて一緒に王都へ行った日に俺からプレゼントした物だな。
あの時はさして詳しく見ずに買ったけれど、イリエの品だったのか。
「へぇ。知らなかったな。それ外国の――」
後ろからティンクに声を掛けようとしたが、興奮したカトレアに遮られる。
「そういえば、ティンクの宝物なんだっけ! 大切な人からの贈り物なんでしょ。素敵よねー」
言った後で嬉しそうにはにかむカトレア。
その言葉を受けて、俺とティンクが思わず同時にムセこんだ。
「そ、そんな事言ったかしら私!? 何かと勘違いしてない?」
「えー絶対言ってたよ! いつも着てるワンピースとその髪飾り。くれたのは違う人だけど、どっちも大切な人からの贈り物だって」
聞いてるこっちが恥ずかしくなってきて、聞こえないふりをして店先のショーケースに視線を逸らす。
「そ……それよりほら! あこに飾ってあるのとか可愛いんじゃない!? カトレアによく似合うと思うわよ!」
ティンクも話を逸らそうと必死だ。カトレアの背中を押しながらさっさと店内へと入って行く。
暫く店内を物色した後、どれを買うか決め兼ねたカトレアが『ここからここまで全部買います!』とお嬢様買いをしようとしたところで、慌ててティンクが1つ選んで決めてあげていた。
ティンクのとよく似た色違いの色の花の髪飾り。店から出るとカトレアは嬉しそうにそれを髪に留めていた。
もしかしたら大貴族のカトレアにとって、こうして気兼ねなく一緒に居れる友達とうのはそう多くないのかもしれない。
―――
「ねぇ、ここにしましょう!」
カトレアが通り掛かった飲食店の店先で足を止めた。
店の入り口には砕いた氷がうず高く積まれ、その上に色とりどりの魚介類が陳列されている。すぐ隣にはテラス席が用意され、客達が思い思いの食事とお酒を楽しんでいる。
「んー見るからに美味しそうね! 私も久しぶりにお酒でも飲もうかしら!」
テーブルに並ぶ料理を見渡しながら目を輝かせるティンク。
「ティンク、お酒飲めるの!?」
「ちょっと待て! お前、酒飲んでいい歳かよ!?」
俺とカトレアが同時ツッコミを入れる。
「えぇ。普段は飲まないけど別に弱くはないわよ。てか、あんた。私を何歳だと思ってんのよ?」
えと……そう言えば、じいちゃんが若い頃に一緒に居た訳だから……70歳以上!?
いやいや、そもそもアイテムさん達って年齢って概念あるのか!? よく分かんなくなってきたぞ。
その場で腕組みをしながら考え込んでいると――突如として店の中から悲鳴が聞こえてきた。
カトレアの声だ! 慌てて周りを見渡すけれども、どこにも姿は見えない。――しまった、目を離した隙にっ!
俺は慌てて店へと駆け込んで行く。
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