第8章 モリノのお祭り

08-01 便利屋の日常

 ここは工房から一番近い、街の道具屋さん。


「鉄と銀のインゴッドがそれぞれ10本、雪下人参せっかにんじんが5本に、ラミアの鱗が20枚……」


 品物と注文書を交互に見比べながらロングソードさんが手際よく検品を済ませていきます。


「そのラミアの鱗は入荷するのに随分と苦労したよ。納期に間に合って良かった」


 道具屋の店主さんがやれやれと首を振りました。


「モリノには生息しない魔物だからな。無理を聞いてもらいすまない。――うむ、品物は確かに揃っている。ありがとう、お代はこちらに」


 ロングソードさんがお金の入った袋を手渡すと、今度は店主さんが袋の中の紙幣や硬貨を数え始めました。



 今日はロングソードさんとシスター、それと私――“麻の服”の3人で買い出しに来ています!

 忙しいご主人様に代わってお使いです!



「――はい、お代は確かに! 毎度あり! 領収証は要るかい?」


 お金を数え終わった店主さんがニコニコとロングソードさんに問い掛けました。


「あぁ、”便利屋マクスウェル”で頼む」


「何だ! お嬢さん達マグナスんとこの使いかい! いゃー、噂には聞いてたが、本当にこんなに可愛い子ばっかり雇ってんだな。噂の紅い姉ちゃんといい、あの色気の無いマグナスが、急にどうしちまったんだい」


 少し意地悪く笑いながらサラサラと領収証を書く店主さん。

 紅い姉ちゃん――というのはきっとティンクさんの事でしょう。カフェの美人店員として今ではすっかり有名人だと聞きます。


「おや、アイツったらそんなに女気が無いのかい? 勿体無いねぇ。アタシは中々良い男だと思うけどね」


 豪快に笑いながら、カウンターの上に置かれた大きな荷物を片手で一つずつヒョイと持ち上げるシスター。

 インゴットなど重い物が多いので荷車を持ってきていたのですが……もしかしたら必要なかったかもしれないですね。


 ちなみに念のためお伝えしておきますと、お使いでしたらいつもは私1人でも来れるのです。けれど、今日は荷物が多いからとご主人様がシスターとご一緒させてくれました。

 最初はシスターと2人で来る予定だったのですが……

 

『んー……。シスターと麻の服ちゃんだけだと、もしあったときにだから』


 と、出発間際にロングソードにも同行をお願いされたご主人様。

 シスターが一緒な以上、ご主人様の言う“何か”や“心配”というのは一般的に女の子の外出を心配して言うとは違うのだろうな、という事は私でも分かります。

 つまり、私の面倒を見るシスター、の面倒を見る人が必要なのです。

 それは分かるのですが……お使い1つに費用がかかり過ぎですよ。今度ご主人様に教えてあげなければ……。



 そんな事を考えているあいだに、シスターの怪力にびっくりして口を空けて固まっていた店主さんの意識がようやく戻りました。


「……あ、そうだ! 忘れてた。……こいつをマグナスに渡してくれるかい」


 そう言って、カウンターの下から綺麗に畳まれた洋服を取り出しロングソードさんに渡します。


「これは――“カシミアの服”か? ……注文のリストには無かったと思うが」


 ロングソードさんがもう一度リストを確認し直します。


「いや、こいつはお得意様へ俺からのサービスだ。丁度纏まった量が入ったんでな。あいつ、いっつも同じ服ばっか着てるだろ? さすがにもうボロボロだし、仮にも“欲名持ち”の錬金術師様なら多少は身なりくらい気にしろってな。前から何度も言ってんだけどなー」


「かたじけない。帰ったらあるじ殿にも伝えておくよ」


 受け取った服をロングソードさんが荷物に加えます。


 ……マスターがいつも着てる服。


 それは初めて私を錬成してくれた時に、私から差し上げた物です。

 普段着にちょうど良いと言っていつも着てくれていますが……冒険や探索などにも着ていくので、もう随分とボロボロです。

 それでも直しながら使ってくれるのは嬉しいのですが、確かにそろそろ買い替え時かな……とは私も思っていました。



 ―――



 お使いを終えて戻ると、お店の前で作業をしていた木の盾ちゃんもちょうどお仕事が終わった所のようでした。

 脚立から降りてきて私達を迎えてくれます。


「あ、皆さんおかえりなさい!」


「ただいま! 木の盾ちゃんもお仕事終わったの?」


「終わったよ! お店の前の木に小さな照明をいっぱい取り付けたの!」


 自慢げにお店の前の植木を指差す木の盾ちゃん。


「ほぉ。それで、これは一体何に使うんだ?」


 吊るされた小さな照明を手に取って見つめるロングソードさん。


「えっとですね、今度のお祭りで使うらしいのですが……実は私も詳しい事は知らなくて」


 樹木を見上げながら木の盾ちゃんが小さく舌を出して笑います。


「へぇ、祭りかい。いいじゃないか! アタイらも連れてってくれってアイツに頼んでみるかい?」


 豪快に笑うシスター。


「無理ですよぉ。ご主人様最近何だかとても忙しそうで、ほとんど工房に篭りっぱなしですから。たまのお休みはたいてい疲れて寝ていますし」


 腕組みをしながら心配そうにウンウンと頷く木の盾ちゃん。


「まぁ、主殿も今では立派な“欲名持ち”の錬金術師だ。最近は知名度も上がってきているようだし、なかなか以前のようにのんびりもしていられないのだろう」


 ロングソードさんが、誇らしげに、けれど少し心配そうに、そんな顔でご主人様の居るお店の方を見つめます。


「何だか……嬉しいような、寂しいような、ですね」


 私も同じような気持ちでその視線を追いました。



 ――丁度その時、お店のドアを開けてご主人様が中から顔を出しました。


「なんだ、賑やかだと思ったらみんな帰ってたのか! お使いお疲れ様!」


 いつものようににっこりと笑ってくれますが、確かにその顔はどこかお疲れのようです。


「荷物は中に置けばいいかい」


 シスターが大きな荷物を両肩に担いだまま店内に向かいます。


「うぉ!? まさかシスター、自力で持ってきたの!? 荷車あったでしょ!?」


 驚いてシスターを手伝おうとするご主人様。

 けれど、荷物を受け取った瞬間その重さに耐え切れず、そのまま倒れ込みそうになり再びシスターに荷物を取り上げられました。


「おぃおぃ、気をつけなよ。中にインゴッドが山程入ってるからな」


「ま、マジか……」


 シスター……。片手で軽々と持ってましたが、実はそんなに重いんですね。これはさすがに私1人ではムリでしたね。


「あら、お帰り! 暑かったでしょ!? 冷たいお茶あるわよ」


 様子を見にきたティンクさんが皆をお店の中に入れてくれました。

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