07-11 ブルー・モーメント

「さあ、いきますよ! “――剣光けんこうよ闇を払え!”」


 シルバーソードさんが剣を掲げると、闇夜を照らす満月のように澄んだ光が辺りを明るく照らし出す。

 太陽のような眩い輝きではなく、肌を刺す冬の寒風のように、凛としてそれでいて神聖な光――。


『な、何だこの光はぁぁ!?』


 それ程激しい光量でもないのに、シスターだけが袖で目を覆い激しく狼狽える。おそらくアンデッドに特効のある光の魔法なんだろう。

 その隙に一気に距離を詰め、シルバーソードさんが斬りかかる!!


『ク、クソッ!』


 ――けれど、すんでの所でシスターに躱されてしまった。

 宙を切った剣が床に思いっきり突き刺さる。


(――は、外した!?)


 手元が狂ったのか!? ……けれど、シルバーソードさんの顔には微塵の焦りも無く、ただ凛とした眼差しで切先を見つめている。



『――な、なにぃ!? ウッ、ギャアァァァァッツ!!』


 夜明け前のような蒼白い光に包まれる屋敷の中で、よじれた声が断末魔の雄叫びを上げる。


「――捕らえました!」


 見ると、床に刺さった剣は、光に照らされたシスターの影を貫き床にはりつけにしている!


「もう逃げられません! 観念してください! “夜のとばりを払う青藍せいらんの光彩――ブルー・モーメント!!”」


 シルバーソードのその剣身から放たれる光が一層の輝きを増し、世界が深い青へと染まっていく。夜を追い立てる朝焼けのように、鮮やかに闇を払う光。

 ――まさに朝の訪れだ。


『バカな! こんな小娘に、この私がぁぁ――っ!!』


 足掻くように激しくのたうつ影だったが、全てを光が包むこの景色の中で、影の逃げ込む場など微塵も無い。

 やがて光に飲まれ、影は散り散りとなりその姿を消した――。



 ……後から聞いたけれど、この技はシルバーソードの固有スキルの1つ『ブルー・モーメント』というらしい。

 アンデッドも、実態を持たない魔物も、たとえ呪いでさえも。シルバーソードの輝きの前では等しく無に帰す。

 この剣を数十年使い込んだ達人が、やっと習得出来るかどうかの大技らしいけど――あっさり使いこなすあたり、さすがアイテムさんだ。



 ―――



 ……それから数日後のある夜。


 閉店後の店に居座り、シューが呑気にお茶を飲んでいる。


「そういえばお前ら。こないだ何か変な依頼受けたんだって? コズメズ密林の屋敷がどうとかこうとか」


「あぁ、あれはさすがにまいったぜ。かなり大変な思いして依頼された絵画を屋敷から持ってきたってのにさ。それ以来、依頼人とパッタリ連絡が取れなくなって」


「ホント、冗談じゃないわよ! もしかして詐欺!?」


 机を叩いて怒りを露わにするティンク。


「何だよ、随分とお怒りじゃねぇか。相手の素性はちゃんと調べたのか?」



 シューに事の顛末を説明すると……。



「……は? 冗談だよな」


「いや、冗談のような本当の話だ。俺もまさかとは思ったよ。助っ人のシスターがゴリゴリの……」


「いや、そこじゃねぇって。お前のいう依頼人、キキーナ夫人って――もうとっくに亡くなってるぞ」


「……へ?」


「"シャバキオ家の怪奇"、知らないのか? ある日、突然気が狂ったキキーナ夫人がコズメズの館で家族全員を惨殺した事件だ。その後夫人自身も自らの手で首を掻き切り自殺してる。噂では、夫人が手に入れた妙な絵画のせいで呪われたって話だけれど――」


「……え? じゃあ俺達が持ってきた絵って、まさか……」


 街の道具屋で買ったお札でグルグル巻きにして店の隅に封印してある例の絵画に目をやる。


 ――その時。

 窓も開いていないのに、何処からともなく冷たい空気が店の中に吹き込んでくる。

 その途端、部屋の照明が一斉に消えた!


『――余計な事を、知らなければよいものを』


 声が聞こえた気がして慌てて振り返ると、玄関ドアを背にキキーナ夫人が立っていた。

 はためく黒いヴェールの下から覗く素顔は――目が暗闇に眩んでおり、裂けた口から歯が剥き出し。まるで動く骸骨だ。


「ひ、ひぃいいい! 出たーー!!」


 その場に居た全員が一斉に悲鳴を上げる!


『絵画の呪いの生贄にしてやろうと思ったが……まぁいい。こうなればお前達も全員道連れにして……』



 ――パリン


『……ん? なんだ?』


 キキーナ夫人の足元で割れる瓶。

 俺が投げた“退魔の聖水”のポーションだ。


 程なくして、地響きにも似た揺れが店の床をガタガタと揺らす。


「――お ま え かぁ! この騒動の原因ははぁっ!!」


 まるで地獄の底から姿を表す魔王のごとく、光の中から這い出てくるシスター。


『え、え?』


 悪霊である自らを遥かに超える恐怖の存在を眼前にし、何が起きたかわからず狼狽えるキキーナ夫人。


 ……事件の後、正気を取り戻したシスターは俺たちに平謝りだった。

 別にシスターのせいじゃないからと一同説得したのだが、まさに血の涙を流す勢いで悔やんでいた。

 そんな事件の首謀者が目の前に居るんだから、まぁその怒りの程は想像に難しくない。


「ここで、会ったが、百年目えぇぇぇ!!」


 シスターが放つ豪鬼のごとき覇気にあてられて、キキーナ婦人は腰を抜かして泣きながら反撃に出る。


『ぎゃぁぁぁーー! で、デッドリー・パペット!』


 婦人が魔法を唱えると、店内が闇に包まれ部屋の天井よりも巨大な髑髏が姿を現した。

 その手から伸びた銀の糸がまるで生き物のように次々とシスターに絡みつく。


 闇の上級魔法“デッドリー・パペット”


 髑髏より放たれる魔力の糸はピアノ線よりも強度があり、一度絡め取られたが最後。抗い足掻けば血肉は裂けズタズタとなり、臆すれば生きたまま永遠に操り人形にされるという恐ろしい禁呪だ。

 ……って聞いた事があるんだが。

 シスターはまとわりつく糸など気にもとめず十字架を大きく振りかぶる。


 隆々と軋む筋肉に翻弄され、魔力の糸はピアノ線どころか蜘蛛の巣よりもあっけなくブチブチと引きちぎられていく。

 それもそのはず、神聖な聖水に闇魔法が効くはずもなかったか。――いや、違うな。そんな高度な話じゃない。

 単に、強度が足りないんだ。この人(?)はピアノ線くらいじゃ止まらない。


「歯ぁ食いしばれぇ!! 一欠片も残さず、浄化してやるわぁぁぁ!!」


 有無を言わさず炸裂する慈愛の一撃と、響き渡る断末魔。



 ――どうやらうちの店、心霊系の依頼はお手の物になりそうだ。



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 第8章は少し閑話を。アイテムさんとのんびり過ごす、モリノの夏祭りです。

 主役はなんと、麻の服ちゃん!?

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