06-23 義賊の流儀

(――あった。この扉ね)


 廊下を突き当たりまで進むと、一際頑丈そうな扉で守られた部屋にたどり着く。


(さーてと、錠前はどんな感じかしらね。……旧式のレバータンブラー錠!? え、こんなのでいいの? 簡単に開いちゃうけど……。まぁ、これだけの数の警備だもん。ここまで潜入される事自体想定してなかったのかもしれないわね」


 懐から、これまたお爺様から受け継いだ秘密道具を取り出す。無色透明、ガラスによく似た魔法素材で作られた綺麗な鍵。


 "盗賊の万能鍵"


 開けようとする錠前の難易度により差はあれど、時間さえかければどんな鍵でも開ける事の出来る魔法の鍵だ。

 "仕事"以外では絶対に使わないという約束で、お爺様が最後に託してくれた秘伝中の秘伝の極レアアイテム。


(それにしてもとんでもない道具よね。若い頃にモリノの錬金術師から譲り受けたらしいけど。……まぁ、こんな物騒な物をホイと渡す錬金術師もどうかとは思うけどね)


 そんな事を考えながら万能鍵を鍵穴にあてがうと、硬質なはずの素材がスライムのように形を変え鍵穴に流れ込む。そして、まるで初めからその錠前の鍵だったかのようにピッタリと刺さった。


(さすが。この程度の鍵なら一瞬ね)


 音を殺してそっと鍵を捻ると、カチャリと小さな金属音を立てて錠前が開いた。

 素早くドアを開け、宝物庫の中へと忍び込む。



 ……



 埃っぽい宝物庫の中は、通気用の小さな窓はあるものの月明かりもろくに届かずほぼ真っ暗だ。


 こんな時のための秘密道具"夜目の仮面"


 このハーフマスクを目に当てがうと僅かな光を何倍にも増幅してくれ、暗がりの中でも周囲の様子を見て取る事ができる。


(えーと、彫像、壺、鎧……大型の美術品ばっかりね。さすがに貴金属類は寝室や別の場所か。どうしようかなー、こんな大きいの持って行けないし……)


 積み上げられた美術品の間を順に見てまわる。


(装飾品みたいな小型のお宝が理想なんだけどなぁ。大型の美術品となると上手く担いでも待ててせいぜい1,2個だし)


 あまり時間はかけられないとはいえ、獲物は慎重に吟味する必要がある。万一偽物でも掴んで行った日には、それこそ盗賊として赤っ恥だから。


 その時、部屋の隅に乱雑に積まれ埃を被った絵画に目が留まる。


(これ……まさか!? 何でこんな所に?)


 名画『死者と生者を分つモノ』


 100年近く前に活躍したある有名な画家の遺作で、本来二枚一対の作品だったと言われている。

 現在その両方ともが行方不明。

 持ち主に不幸を呼ぶといういわく付きの名画で、2枚揃って所有されていた時期は美術史上でも殆ど無かったという。


(確かこれは、これは『生者』の方ね)


 瘦せこけた老人が額縁の外に向かって必死に手を伸ばしている様子が描かれている。


(……正直、不気味な絵ね。何が良いのかしら)


 まぁ、私にとって美的センスなんかは正直どうでも良い。重要なのはこれが"本物"かどうか。

 『“本物”を見抜く目だけはアイテムに頼るな』というのはお爺様の持論だ。だから徹底的に鑑定技法を教え込まれた。


(――間違いない、本物ね。となるとここにある物の中では断トツに価値がある。きっと伯爵がその価値に気づかないで倉庫へ放り込んだんでしょ。……よし、今日の獲物はこれに決めた!)


 手近にあった大きな布で絵を丁寧に包み背中に担ぐ。


(それじゃ、そろそろ退却させて貰おうかしらね)


 外の様子を伺いながら慎重に宝物庫から出ると、元通りに鍵を閉め扉の隙間に犯行を誇示するメッセージカードを挟んでおく。

 これが単なる金目当ての窃盗ではなく、富を独占する悪に対する反逆だという事を示すためだ。それに、犯人がはっきりしていれば使用人など無関係な一般人に要らぬ疑いの目が向けられなくて済む。


 これもお爺様から受け継いだ大切な"流儀"だ。


(とはいえ……今回の場合、この絵を盗んだ所で誰も気付かなかったかもしれないわね。やっぱりもっと目立つ物にしておくべきだったかしら……)


 ちょっと複雑な気持ちを抱えつつ、ゴライアス伯爵の屋敷を無事脱出し帰路についた。



 ――――



 家の近くまで辿り着いた頃には徐々に夜が明け始め、世界が黒からコバルトブルーに染まりかけていた。


(思ったより時間がかかったわね……)


 絵画や彫刻みたいな繊細な獲物を持ってる場合、壁を登ったり屋根を飛び移ったりと派手な動きが出来ない分帰りの方が神経を使う。

 侵入に時間を掛ければそれだけ朝も近付くし、いつだって盗みは時間との勝負だ。

 なのに……最近は八つ裂きジャックのせいで夜通しでひっきりなしに警察の巡回がある。参ったわね。これは早々に何か対策しないと……。



 猟奇殺人鬼・八つ裂きジャック――


 一般市民が次々と被害に遭ってるっていうから一応調べはしてみたものの……全く尻尾が掴めない。

 ここまで完全に情報が出てこないとなるとプロの仕業……若しくは政治家。最悪、力のある貴族が絡んでる可能性も考えられるか。


 ……とはいえ、殺人事件となるとさすがに私も専門外。これ以上は警察を信じて任せるしかないわね。

 貴族の言いなりとはいえ、幸いロンド市警の内実はまだ腐り切ってはいない。

 しっかり仕事をしてくれることを祈りましょ……。



 ――塀を乗り越え、裏口からそっと家の中に入る。

 自分の家とはいえまだ油断は出来ない。

 こんな時間に出歩いていた事を誰かに見られたらそれなりに厄介な事になるわ。


 キティー・キャットの格好のまま、足音を殺して自室へ戻る。静かに部屋のドアを閉め、内側から鍵を掛ける。


 ……ここまで来れば一安心。

 ホッと一息つき、大きく背伸びをした。

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