05-05 恋心の奥底に潜む物
――しかし、お茶に口を付ける直前。
何かに気づいたようにキロスはピタリと動きを止め、カップから口を離し難しい顔で呟く。
「――姫様、これは?」
(――まずい!? 気づかれたか)
「えっ!? な、何? 何かおかしな所でもあった?」
姫様の顔にも動揺が走る。
「……随分と香り高いお茶ですね。これは何という茶葉で?」
キロスは興味深そうにお茶の匂いを堪能し、真面目な顔でティンクに問いかける。
「は、はい。ディンブラをベースに、キームンやシッキム、それとレモングラスやジンジャーなんかを調合したものです」
緊張からかティンクもあからさまに声が引きつっている。
「成程、いや素晴らしい。僕はお茶には結構煩い方でね。やはり君の事は気に入ったよ。何なら私の専属使用人として王宮で雇ってやっても良いが――どうだい?」
「せ、せっかくですが遠慮しておきまーす」
引き攣った顔で笑いながらパタパタと手を振って後ずさるティンク。
「……そうか。今の雇い主の手前この場では返事もしずらいか。いいさ、連絡先を置いていくからいつでも連絡してくるといい」
何故か勝ち誇ったように薄らと笑みを浮かべると、もう一度鼻で香りを堪能した後お茶を一口飲み込んだ。
(――やった!)
心の中でガッツポーズを掲げる! とりあえず飲ませる事には成功した。後は効き目を待つだけだ。
惚れ薬さんの話だと直ぐに効き目が表れるって事だけど……そういえば、効いてるかどうかなんてどうやったら分かるんだ?
僅かな変化も見逃さないようじっとキロスの様子を観察してみたが――そんな心配は必要無かったようだ。
突然姫様の手をガバッと掴むキロス。
「姫様! あぁ、シェトラール姫! 愛しき人よ!! どうしたというのでしょう、この胸の高鳴りは一体!?」
へ? なに? 何か始まったぞ。
驚いてティンクと顔を見合わせる。
「えっ? えぇ?」
当のシェトラール姫も、がっしりと両手を掴まれたまま目をパチパチさせて困惑している。
突然に目の前で繰り広げられる歌劇的なノリ。全くついていけないけれど――キロスの恍惚とした表情はどうやら本気だ。
いやいや、効きすぎだろ!
「あぁ、姫様! この溢れんばかりの想いをどうお伝えすれば……そうだ! すぐに王宮へ戻りましょう。そして国王陛下へ婚姻の願いを申し出ますよ! ――無論、困難は百も承知! もし身分の差を理由に反対されるというならば、王宮など抜け出して共に遠くの地まで逃げましょう! 私はあなた様さえ居てくだされば何処ででも幸せです! 王宮錬金術師の身分すら惜しくはない!」
キロスの勢いは止まらない。俺もティンクも呆然と立ち尽くしたまま事の成り行きを見守るが……え、いきなりプロポーズ? 大丈夫なのかこれ。
「わ、分かったわ。もちろん私だって身分の差なんて最初から気にしてないもの。でも、結婚はさすがに少し落ち着いて考えましょう。あなたがそばに居てくれれば……私はそれだけで良いの」
盛り上がるキロスをどうにか宥める姫様。
「よ、よかったわね」
若干顔を引き攣らせながら、パチパチと手を叩いてティンクが2人を祝福する。
そんなティンクの顔は見ずに、姫様は俺の方へと駆け寄ってきて耳打ちで話しかけてきた。
『……すごい効き目ね。これを定期的に与え続ければいいのよね』
『はい、そうです。ここまで姫様に心酔していれば次に薬を飲ませるのは難しくないでしょう。……ただし、薬の効能は徐々に弱まっていきます。完全に抜け切る前に必ず次の投与を行ってください。そうやって定期的に投与し続ける事で少しずつ精神に作用し、そのうち薬無しでも姫様から離れられないようにするんです』
自分で説明しておきながら……とんでもねぇ薬だな。
本来は絶対に人に渡しちゃいけない代物だけど……今回は――
「おぉい貴様! 何をしている!? 距離が近いぞ! 私の姫様に気安く近づくんじゃない!!」
姫様と顔を寄せて小声で話していたのが気に食わなかったらしく、キロスが怒りを露わにして喰いかかってきた。
「ご、ごめんなさいキロス。私が悪いの。――それじゃあ帰りましょうか。あ、ティンク。お代は後日で良いかしら?」
暴れるキロスの背中を玄関へ向かって押しつつ姫様がティンクへ目配せをする。
「あ、いつでも良いわよ。例の件の支払いと纏めてでも良いから」
例の件とはつまり惚れ薬の事だ。
薬の効果も無事に実証された。姫様も満足している。
これにて錬金術師としての仕事は完了だ。
ただ――
惚れ薬さんの言葉を思い出す。
『"
そう、うちはただの錬金術屋じゃない。
アイテムさんの力を借りて、お客さんの困り事を解決するのが仕事だ。
それがどうだ? 姫様の困り事は解決したか?
(……そんな訳ないだろ)
玄関へ向かう姫様の顔を見る。
ベタベタとくっついてくるキロスに困ったように作り笑いを返してはいるが……その顔は幸せとは程遠い。――なんて哀しそうな表情なんだろう。
これで報酬なんか貰える訳ないだろ!
「キロスさん、ちょっと待ってください!」
玄関から出ようとしていた2人を、意を決して呼び止めた。
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