05-03 暗雲立ち込める恋路

「……なるほど。姫様とその錬金術師。週に何度かは一緒に食事する程親密な仲ということなのね。……周りは何も言わなかったのかしら?」


 話してる間に完全に主導権を掌握してしまった惚れ薬さん。

 一国の姫君とはいえ恋の悩みを抱える年端も行かない少女と、おそらく百戦錬磨であろう恋愛マスターとの対談。絶対的な経験の差に姫様もすっかり気を許して相談にのめり込んでいる。

 きっとここまで腹を割ってこの話が出来る相手も王宮内には居なかったんだろう。


「えぇ。初めの頃は周囲に反対もされたけれど……今となっては別に何も。お父様もお母様も、お城の皆も姉様達の事で忙しくて私なんかに構ってる暇は無いもの」


 ふと姫様の瞳が淋しそうに曇る。

 モリノ王国の王女は3人姉妹。シェトラール姫はその末妹にあたる。

 そういえば、王位継承の件や他国との婚姻話なんかで姉の2人は最近何かと話題になってたな。


「そう……誰からも構ってもらえなくて寂しかったのね。それで、そんな時に優しくしてくれたのがその錬金術師だったって訳かしら」


 惚れ薬さんが優しく微笑みながらも確信を突く。


「べ、別にそんな訳じゃ――! ……いいえ、今になって思えばそうなのかも知れないわね。自分でも何がきっかけなのかは分からないのよ。でも、どうしてもあの人の事が気になってしかたないの」


「まぁ、シェトラールの気持ちも分かんなくはないけどね。恋なんて大概そんなものよ」


 うんうんと腕組みをしながら分かったように頷くティンク。お前、自分は恋なんかしないとか言ってたくせに他人の恋話には興味津々なんだな。

 ちなみに……恋愛ド素人の俺は3人の話に入っていける訳もなく、話し始めから今まで口すら開いていない。


「けど、やっぱりあの男はさすがに辞めときなさい! シェトラールならもっといい男絶対見つかるから」


 机をバンと叩いて姫様に詰め寄るティンク。


「うーん。でも周りが止めるような恋ほど返って盛り上がっちゃう物よねぇ」


「そうよ! 好きになっちゃったものは仕方ないじゃない!!」


 かれこれ30分近く。もはや錬金術の打ち合わせというよりも完全に恋愛相談会だ。


 俺は特にやる事もないので――ふとシェトラール姫の横顔を見る。

 印象的な黒髪を前で2つに分けた髪型。前髪の間から覗くおでこがなんだかちょっと幼くて可愛らしさを感じる。

 形の綺麗な目を大きく見開いたり、パチパチ瞬かせたり。

 感情のまま一生懸命に話す様子を見ていると本当にあの錬金術師の事が大好きなんだなと伝わってくる。


「ちょっとマグナス! ずっと黙ってるけどあんたはどう思うのよ!?」


 姫様の横顔に見惚れていたのが気付かれたのか、ティンクに突然話を振られてしまう。


「え、え、俺!? ま、まぁ本人がしたいようにするのが一番悔いが残らなくて良いんじゃねぇか?」


「そうよね! その通りだわ!」


 俺の適当なアドバイスにうんうんと頷いて納得する姫様。


「ちょっとアンタ! そんな無責任な事言って大丈夫なの!? ……てか、ちゃんと話聞いてた!?」


 2人の間に挟まれて、苦笑いを浮かべながらどうにか話を濁す。


 ――そういえば、惚れ薬さん時間は大丈夫なのか!? 話し始めてからもうだいぶ経ってるぞ。

 会話してるだけだしそこまで魔力を消費しないのかもしれないけど……。

 とはいえさすがにそろそろ限界が近づいてきたのか、惚れ薬さんが話をまとめ始めた。


「分かったわ。とにかく惚れ薬の方は私に任せて頂戴。出来る限り最高の物を用意するわ」


「――ありがとう!」


 目を輝かせながら惚れ薬さんの手を握る姫様。


「……ただ、本音を言わせて貰うと。こんな強引なやり方、本当はお勧めしないわよ」


「それは……分かってるわ。私だってこんな手は使いたくなかったけれど、今はどうしても薬が必要なのよ」


 さっきまでの楽しげな表情とは打って変わり、姫様の顔が一気に暗く曇った。


「そう。そこまで決心がついているなら、を止める気はないわ。ただ、どんな結末になっても後悔はしない事よ」


 わぉ、随分とはっきり言うな。

 あのキツそうな姫様が怒り出さないか心配したけれど、深刻な顔でしっかりと話を受け止めるシェトラール姫。


「分かったわ。色々と話を聞いてくれてありがとう。相談のはずが、何だか久々に楽しかったわ」


「こちらこそ。最後に一言だけ。例えこの恋がどんな結果になっても、それは必ずあなたの良い経験になるわ。この世に無駄な恋なんて一つも無いの。それだけは忘れないで」


 優しい顔で話を終えると、姫様が握った手をそっと離し席を立つ惚れ薬さん。


「薬を調合してくるわ。……マグナスさん、一緒にいいかしら?」


「あ、はい」


 惚れ薬さんに連れられて俺も工房を後にする。



 ―――



「素材は後どれくらい残っているのかしら?」


「えっと、魔物系の素材以外はまだ充分にあります。ラミアの鱗とサキュバスの残り香はこれだけ」


 素材を机の上に置いて見せる。


「……大丈夫そうね。基本は元のレシピの3倍量で錬成して。ただし、竜眼肉は2倍まで下げて、サキュバスの残り香は元の5倍入れる事。……今回の場合それくらい強力な方がいいわ」


「分かりました。……あの、俺恋愛とかそんなに詳しくないけど、本当にこのまま話を進めて良いんですか? あのキロスとかいう錬金術師、色々訳ありだし……」


「――そうね。でも、恋愛において絶対的な正誤なんて無いわよ? 例え周りが反対するような恋でも、それを押し通して幸せになる人達も沢山居るもの。惚れ薬の身で、恋が叶った後の事までとやかく言うつもりは無いわ」


 話しながら淡々と材料を仕分けする惚れ薬さん。


「え、でもさっきはあれほど真剣に話を聞いてたじゃないですか」


「半分はサービスよ。それは私だってどうせなら依頼人には幸せになって欲しいもの。でも、"惚れ薬わたし"にとって本当に大切なのは、恋が成就するかどうかじゃなくて“薬がちゃんと効く事”。私は私の仕事をしっかりとするわ。――その後の事は任せたわよ。ちゃんと見届けてあげてね、大切なお客さんなんでしょ?」


 話終えると、最後に俺の耳元に口を寄せて小声で呟く惚れ薬さん。


「あの子、実は――……」


「――えっ!? 嘘ですよね!? まさかそんな……」


 驚いて惚れ薬さんの顔をハッと見るけれども、その瞬間光に包まれて惚れ薬さんは姿を消してしまった。


(……)


 釈然とはしないものの、仕方ないので言われた通りに配分を変更し再び惚れ薬を錬成する。


 出来たポーションを床に撒くと――再び姿を現す惚れ薬さん。手には淡くピンク色に輝く薬瓶を持っている。


「……あ、あの。それで、さっきの話は本当なんですか?」


「……間違いないわ。……というか、せっかく意味深な感じで消えたのに雰囲気が台無しね。どうにかならないの? このシステム」


「えぇ。前にも同じような事を万能薬さんに言われました……」


 気まずい雰囲気を漂わせながら“惚れ薬”を受け取ると、惚れ薬さんは再び姿を消した。

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