04-04 足りない素材と男のさが

「えーー!? 止めときなさいよ! あんな男のどこがいいのよ!?」


 大声を上げて俺と姫様の話に割り込んでくるティンク。咄嗟にその口を押えて後ろから羽交い絞めにする。


『しっー! 一般市民が王族の色恋にズケズケと口を挟むんじゃねぇよ! 不敬罪で連行されたらどうすんだよ!』


「だってー! あの男どう考えてもろくなヤツじゃないでしょ!」


 小声で忠告してやったのを聞きもせず、キロスの悪口を止めないティンク。

 ほら言わんっちゃない。姫様が顔を真っ赤にしてこっちを睨んでるぞ……。


「あ、あなたね! ちょっと美人でキロスに気にいられたからって、調子に乗るんじゃないわよ! 私の方がずっと前からキロスと一緒にいるんだし、私の方がキロスの事良く分かってるし――」


 カウンターをバンバンと叩きながら涙目でティンクを睨みつける姫様。


「わ、分かりました! 分かりましたから! 惚れ薬を作れば良いんですね。作った事は無いですが、レシピは分かります。成功する保証は無いけれどやれるだけやってみますんで」


「ホント!?」


 ここで女同士喧嘩でも始められちゃたまったもんじゃない。

 断ったところでろくな事にもならないだろうし、とりあえず依頼は受けよう。あの錬金術師にとっては災難かもしれないけれど、店を襲撃された件と比べれば相殺してもお釣りが出る程だろう。


「じゃ、必要な素材の在庫があるか確認してきますので少しお待ちください」


 めちゃくちゃ不安だが、仕方ないのでティンクと姫様を2人残して工房に戻る。さすがに姫様独りだけを店に残す訳にいかないからな。


 頼むから店の中で暴れないでくれよー。



 ――――



 工房に戻ると、一番奥にある戸棚の鍵を開ける。他の棚は鍵なんかかかってないけど、この棚だけは特別だ。

 棚の中には素材や本がぎっしり。全て錬金術に関するものだ。


 その中から一冊の本を取り出す。

 重厚な表紙の分厚い本で、表紙と背表紙を止めるように鍵付きのバンドで封がされている。


 じいちゃんから受け継いだ何冊ものレシピ本の中でも、特に重要な物や危険な物は全てこの本の中だ。

 鍵を開け、バンドを外しパラパラとページをめくる。


 レシピ本は錬金術師の努力の結晶。研究に研究を重ね編み出した秘術が詰まっていて門外不出の極秘事項……のはずなのに、何で工房の玄関と、戸棚と、本。全部同じ鍵で開くんだよ。じいちゃん、防衛概念ガバガバか……。


 そんな事を考えつつページを進めると――


(確かこの辺に……あった! 【惚れ薬】のレシピ。う……これまでで最多の素材数だな)


 ◇植物系素材

  ・竜眼肉

  ・雪下人参

  ・冬虫夏草

  ・ツキヨダケ

  ・オボロ草


 ◇動物系素材

  ・噛付き亀の甲羅

  ・ドクマムシの尻尾

  ・サソリの毒針


 ◇魔物系素材

  ・サキュバスの残り香

  ・ラミアの鱗


 モリノでは中々お目にかかれない素材もあるが、精力剤や疲労回復用の薬として一般的に流通している物もあるな。

 ちなみに、錬金術の素材としてそれぞれが持つ特性は――


 ・サキュバスの残り香  特性“魅惑”

 ・ラミアの鱗      特性“混乱”

 ・ツキヨタケ、オボロ草 特性“幻惑”

 ・その他の全ての素材  特性“みなぎるパワー”


 何じゃこりゃあ!! こんなもの人に飲ませて大丈夫なのか!?

 念の為、老人や子供には使用禁止としておこう。


 で、肝心の素材の在庫は……確認するまでもなく、魔物系素材が全くもって足りない。サキュバスもラミアもモリノには生息していない魔物だ。

 王都の錬金術屋に行けば多少の量なら扱ってるかもしれないけど、ウチの錬成で使うようなまとまった量の入手は難しいだろうな。

 他の素材は買うにしても、こいつらだけは別の手でどうにかする必要がある……。


 ――――


 工房に戻ると……姫様とティンクは茶を飲みながら何やら熱く語っていた。


「だからぁ! それは私だっておかしいなと思う事も多々あるわよ! けど、好きになってしまったものは仕方ないでしょ!?」


「まぁ、そりゃ分かるけどねぇ。うーん、ちょっと悪めの男が気になっちゃうお年頃かしらねぇ……」


 涙ながらに語る姫様と、それをなだめながらヤレヤレといった様子で親身に話を聞くティンク。

 お前はなんでいつもそう短時間でお客さんと打ち解けられるんだよ。

 そのお茶、何かヤバイ成分でも入ってんのか?



「……お待たせしました。一応レシピと必要な素材は分かったのですが――」


「あら、そう!! じゃあ早速作ってよ! さっきも言ったけど、お金なら言い値で払うわよ!」


「いえ、それが足りない素材がいくつかありまして。特に魔物系の素材がこの辺りでは入手が難しそうな物で……」


「どこなら手に入るのよ!? 何としてでも手に入れるわよ!」


「おそらく、隣国のソーゲン公国なら必要な魔物が生息しているはずです」


「ぐ……国外とは。魔物系素材となると輸入の手続きがちょっと複雑なはずだから、私が下手に動くキロスに見つかる可能性があるわね」


 爪を噛みながらウヌヌと唸る姫様。


「その点はご心配なく。数日かかるかもしれませんが、うちの助手に現地まで取りに行かせますので」


 ティンクに目配せをする。


「……は? え、何で私が!? 嫌よ国外なんて! 面倒臭い!」


「森は飽きたから変わった場所に行ってみたいって言ってただろ!? 錬金術屋の店員として、たまにはお前も素材採取くらい行ってこいよ!」


「いーやーよ! しかも魔物系素材ってことは魔物退治しないとダメでしょ!? か弱い私を独りで魔物と戦わせるつもり!?」


「俺だってか弱さじゃお前に負けないからな!」


 いつものように取っ組み合いの喧嘩が始まる。

 お客さんなる前だという事も忘れ、あーだこーだ嫌だと無理だと騒ぎ立てるうちに、姫様が溜まりかねて仲裁に入った。


「わ、分かった、分かったから。うちの兵に取りに行かせるわ。外交ついでの使い走りとでも言っておけば多分怪しまれないでしょ。で、必要な素材というのは?」


「えと、“ラミアの鱗”と、“サキュバスの残り香”です」


 ティンクにギリギリと頭を押さえつけながら答える。


「これは……。ラミアはまだ良いとして、サキュバスか。……中々の強敵ね」


 姫様は腕組みをして渋い顔で下を向いてしまった。

 ようやく俺から離れたティンクも、頭を抱えながら軽く溜息をつく。


「確か、サキュバスっていったら魅惑の色魔よね。綺麗な女性の姿に化けて現れて、男性の生気を根こそぎ吸い取って骨抜きにしてしまうとか……」


「その通り。その強さもさることながら、厄介なのは狙われた男は天にも昇る快楽を味わい、数日は寝込んでしまうらしいわ。その快感は性行為の数十倍にも及び、癖になって忘れられなくなる男が後を断たないという話よ」


「話は聞かせてもらった。2人とも、安心してくれ。俺が責任持って行ってくる!」



 ――こうして俺のソーゲン公国遠征が決定した。

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