第五階級の硝子の魔術師より世界へ 

左右ヨシハル

世界の秘密編

01,12年前の三途の川から今まで (1)


夢───


12年前の夏。


柏崎家に生えた一本の桜の木に蝉が止まった。

その蝉は7日目を超えていつ死ぬか怯えながらも最後の時間までその命尽きるまで自分の性を全うしようと泣き続けていた。


とおるちゃん!スイカ食べる?」


5歳になった少年は近くの川で遊び疲れて縁側で寝っ転がりながら何をするでもなく忙しなく家の中に行ったり来たりする虫を自分の目で追いかけている最中だった。


「食べる!」


少年は自分の人生に疑問を持つ年齢でもなければ誰かの生死に関わる事なんてまるで関心がなかった。


蝉はまだ泣き続けている。

それは断末魔のように聞こえてくる。


ミーンミーーンミンミン


その騒がしく単調な音色は自分達が理解してないだけで


「助けて!助けくれよ!!死にた…死にたくない!」


なのかも知れない。



透と呼ばれた少年は皆んなが談笑している居間に走って向かう。

その時の少年の心には早くしないとスイカが無くなっちゃう!という気持ちだけだった。


「スイカはー!?」


しかしそこにあったのはスイカでは無く人の死体だった。

さっきまで遊んでいた従兄弟や叔父さん。

スイカがあると呼んでくれたお婆ちゃんに運転で少し疲れ気味なお父さん。料理の手伝いをしていたお母さん。

それが胴体と頭が離れた状態で転がっている。


居間は彼らの血で真っ赤に染まっていた。


少年はそれを見てスイカみたいだなと思った。

まさか死んでいるなんてもう会えないなんてそんな事は思ってもいなかった。


ミーンミーーンミンミン

ミーンミーーンミンミン


助けて!助けてくれよ!死にた…死にたくない!


「ああそうか。あれは蝉じゃなくて」


お父さんの声だ……




現実───


12年後の夏。


透は悪夢から覚めてベットから起き上がった。

いつの間にか汗をかいていて服が身体にくっついて不快感を感じていた。


近くにある目覚まし時計のボタンを押す。

光った目覚まし時計を手で隠しながら透は時間を確認する。


時刻は1:40。

まだ寝てから2時間しか経っていなかった。

透は軽く舌打ちをしてまたベット上に横になった。


クソッ!またあの夢だ。

これで何度目だ?


透が5歳の頃に両親と親戚を失ってから1ヶ月に1回は悪夢としてあの光景がフラッシュバックする。


頭と胴体が離れた人。蝉の声。家。スイカ。頭。血。断末魔。


普通の夢だったら起きた瞬間にほとんど忘れてるのにあの夢だけはいつも鮮明に思い出せる。

1から100まで言ってみろって言われれば全部言ってやれるぐらいに。


透は諦めて部屋の電気をつける。

明かりは今まで闇に慣れていた透の目を無理矢理、光の元に晒し上げた。


透は汗でベタつく身体を起こして風呂場に行く。

洗い流したかった。汗も夢も何もかも。



透は今度は目覚まし時計のアラームで叩き起こされた。強めに目覚まし時計を叩きタオルケットを足で押しのけて無意識のまま朝の支度をする。


透は殆ど名前すらも知られていない新宿というど田舎に1人で暮らしていた。

親は12年前に異獣イジュウと呼ばれる化物に殺された。その時、俺が何故助かったのか。霞がかったように曖昧模糊としていた。


両親や親戚の死顔や切り離された胴体は忘れたくても夢が思い出させてくる。


透は家の玄関を閉めて鍵を制服のポケットにしまった。


鍵を閉めようが閉めなかろうがお隣さんもいないこんな田舎で誰が盗みに入るんだって話だけどな。


透は自転車に跨りペダルを漕いだ。彼が唯一他の人間と接触する場所が学校であった。

自身の生活費は国の補助金で難なく暮らせていた。

2人以上になると厳しいが1人なら少し贅沢しても余りある金額が毎月支払われていた。



山道に差し掛かり透は立ち漕ぎをし始めた。

しかし次第に漕ぐより歩く方が楽になっていき結局透はいつものように山の中腹らへんで歩きに変えるのだった。


前から見慣れた天然パーマの高校生が手を振っていた。


「よっ!暑いな今日も」

「おう。クソ暑いな」

透は構延こうえんに手を振りかえす。


透と構延はいつもと同じように学校まで山道をくだらないことを話しながら向かう。


構延も透と同じように親を異獣イジュウに殺されてお婆ちゃんが住んでいるここ新宿に転校してきた。


友達がいない透は何故か構延とは気が合った。


駐輪場の近くで構延とはお別れだ。

それもいつものお決まりだった。

どうせクラスは同じだ。


「透ちゃん!」

「おおサヨ」


サヨこと小夜子は半袖の制服を着てスカートは短くそして手にはアイスを持っていた。おまけに額には熱さまシートまで貼っている。

今、学生ができる暑さ対策を全てやっているような格好だった。


それでもまだ暑いらしく汗で前髪が額についていた。

額についた前髪を振り回して取ると透の元に向かって来た。


「あー暑い!ずっと暑い!」


自転車にチェーンをつけ終わった透は立ち上がった。


「クソ暑いな。アイスまだある?」

「あったら食べてる」

「だよなー」


くだらない会話をしながら退屈な授業を受けて帰って行く。

だけどこの学校にいる生徒の半分以上は異獣によって家族を失っている。

小夜子だってそうだ。父親と母親はまだいるがそれ以外の親戚は誰もいない。


この学校だけでは無い。この世界でだった1つの国─日本では毎日どこかで人が異獣によって亡くなっている。


日本の平均寿命は50歳。

大半を占めている死因は異獣による殺害。

次が自殺だ。


異獣に対抗できる術は何も無い。

見つかったら逃げるか死を受け入れるかその2択だった。


そしてこの国では死は当たり前となり異獣に殺される事は常識となった。



キンコーンカーンコーン


3時間目の始業のベルが鳴り同時に透のお腹も鳴った。


透は時間割を確認して机から取り出す。

3時間目の授業は日本史だった。


20分が過ぎた頃。

寝ている生徒も現れ始めた。

その時だった。

耳慣れない音が廊下から聞こえてきた。


ポヨ ポヨ ガッシャーン ポヨ ポヨ ガッシャーン


アニメでピエロが歩く時のような足音とシンバルの音が聞こえた。


吹奏楽が頭に浮かんだが透はそれをすぐに書き消す。


吹奏楽がここでいきなり演奏するのは意味がわからないしそれにシンバルだけって更に意味がわからない。


透は頭の中に浮かんだある一つの考えを出来るだけ頭から排除しようとした。


構延は不安そうに透を見ていた。


ドア側の席にいた生徒が大声を出す。


「い、異獣だ!」


ここで生徒は2つに分かれた逃げ惑い生を追う者と死を覚悟し座る者。


ポン ポン ポン ガッシャーン!


異獣の走る音が聞こえ廊下で聞こえていた叫び声がシンバルの音と同時に消え去る。


そう生を追う者が死に死を覚悟した者は生き残ったのだ。


しかし透だけはそのどちらでもなかった。

彼は生を追う者であったが冷静だった。


まず構延を呼び窓際に立った。


ここは2階…カーテンを強く縛って繋ぎ合わせて1階に移動するこの暑さだこの学校はエアコンがない窓は空いてるはずそこに移動して外に出る。


構延と一緒に即席でカーテンを縛り固定されている教壇に結びつけた。


ポヨ ポヨ ポヨ 


足音は近くに迫る。

構延を先に行かせ透は急いで1階の窓から移動使用した瞬間。小夜子の事を思い出した。


あいつを1人させるわけには行かない!


透は構延だけ先に行かせて隣のクラスの小夜子を助けに行く。


ポヨ ポ


シンバルを手に縫い付けられた猿のぬいぐるみが教壇の上に乗った。


透は寸前で窓に身体を投げてカーテンに掴まった。

窓の外には白い柱が突起のように出ていて透はカーテンを掴みながらもその突起に足を乗せていた為、安定感があった。


透は窓から教室の光景を見る。

猿のぬいぐるみがシンバルを叩こうとしていた。


「構延!そこにいる人達でカーテンを引っ張れ!」

「え?…わかった!」


カーテンが凄い勢いで引かれていき透はカーテンを離し窓枠に掴まる。


教壇は固定されてるとはいえ古くなっていた。

カーテンが千切れる前に教壇を固定していた錆びた釘が抜けて猿のぬいぐるみは勢いよく身体を投げ出された。


透はその先に教室に戻り廊下に出た。

廊下は血の海だった。生きようした生徒が無惨にもバラバラになっていた。必死に逃げようとしたのだろう教室から飛び出すように椅子が横たわっていた。


スイカ……?

窓から聞こえる蝉の声。


助けて!助けてくれ!死にたく…死にたくない!


「ほらー席につけ。授業始めるよー」

隣のクラスからいつもと変わらない声が聞こえてきた。


何も起こっていないように…廊下と教室で世界が違うように…


俺は隣のクラスをドアを勢いよく開ける。


「お…どうした?何かあったか?」

「え?…え、異獣が…」

「何訳のわからない事をほら早く教室戻りなさい」


クラスから笑い声が聞こえる。

透は小夜子を見る。

小夜子も声を出して大笑いしている。


は?何も?何が起こって?


透は何もかも嘘だと思って教室を出る。

しかし廊下は血で覆われて細切れにされた人間が転がっていた。


血で靴下が濡れている。

上履きが血で真っ赤に染まっている。


「はい。号令!起立!礼!死ね!」

「よろしくお願いしまーす」


ブチッブチャ


生徒達は筆箱から鉛筆を取り出し喉に刺す。

噴水のように血が噴き出る。


「あ、もう」


ガッシャーン!


自分のクラスでシンバルが鳴った。


「終わりだ」


よく見るとそこに立っている先生は全くの別の何かだった。髪はよく見ると動いているし瞬きは縦にされている。口だと思った所は丸い空洞だった。


どうする?こっから俺も他の皆んなと同じように…いやサヨは?まだ息があるかも知れない。血を塞ぐ?いやそうすると逆流する可能性も。じゃあ俺こっからどうする?


どうする?どうする?どうする?



その時、透は小夜子と目があった。

小夜子は何かを伝えようとしていた。


声が出ないながらも口パクで何かを


その口の動きは


「助けて」


そう透は思った。

それが本当は「逃げて」でも「どうしたの?」でも透は「助けて」にしか聞こえなかった。


「えーとじゃあ次は目を鉛筆で…」


透は走った。廊下に投げ出されてあった椅子を手に持ってその先生のフリをした異獣に投げた。


「ガッ…キィィィイ!!」


異獣の叫び。


しかし透は目もくれずに小夜子の元に走った。


「おい!サヨ!死ぬなよ!」


しかし小夜子は既に絶命していた。


ミーンミーーンミンミン

ミーンミーーンミンミン

ミーンミーーンミンミン

助けて!助けてくれ!死にた…死にたくない!

助けて!助けてくれ!死にた…死にたくない!



「あーーーーーーー」


蝉。血。異獣。死体。鉛筆。蝉。蝉。声。声?


「透!!とおる!!!」


透は構延の彼を呼ぶ声で正気を戻す。


「まだ……生きるか」


透の頭脳はフル回転した。


まずこいつは声で催眠するタイプじゃない俺はこいつの声を聞いてたけど死んでない。だとしたら声ではなくその音波?特殊な音波をこいつが出していると仮定したら声は副産物。特殊な音波が直線にしか響かず俺には聞こえなかったと考えればどうだ?

でもまあとりあえず……



「キィィイ!!お前は死…」


透はまた椅子を異獣にぶつけた。


「最後まで言わせなきゃいいって事だな」


近くにある椅子を透は異獣に向かって投げまくる。

当たらない時もあれば当たって怯む事もある。


ポヨ ポヨ ポヨ


来た!これがチャンスだ!


透は椅子を肩に担いだまま走り出す。

猿のぬいぐるみがドアから入って来る。


透は机に飛び乗り跳んで教壇の上に立った。


「鳴らしてこいよ!」


猿のぬいぐるみがシンバルを叩こうと腕を広げる。


「キィィイ!キィィイ!」


後ろでは先生のフリをした異獣が体勢を立て直そうしているのが気配でわかる。


シンバルが叩かれる。その2秒前。


透は跳んだ。


教室のドアの上には換気用の窓があった。

その窓はこの暑い日にはもちろん開いてあった。


その窓に透は椅子をぶつける。

椅子が窓の枠に当たり一瞬だけ透は浮き上がったままになる。

透の下にはシンバルを鳴らす猿のぬいぐるみがいた。

透はできるだけ猿との距離を開けようとした。


ガッシャーン!!


先生のフリをした異獣はバラバラになった。


透は椅子が落ちるのと同時に猿のぬいぐるみを踵で蹴り上げる。


教壇から吹き飛ばされた所を見るに猿のぬいぐるみは軽いと透は思っていた。それが当たっていたのだ。


猿のぬいぐるみはそのまま天井に当たる。

それを見ずに透は廊下に出て一階に走る。


猿のぬいぐるみが連続でシンバルを鳴らせない事も透は理解していた。


「仇はとったぞ!サヨ!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る