記念碑

三木空 左(みぎから ひだり)

本文

 記念碑を作る仕事なんだ。

 まあ、聞いてくれ。そこに座ったままでいいからさ。ヴォロックの名前は聞いたことあるか? 岩翔翼晶龍のヴォロックだよ。今まで確認された中で最も小さなドラゴンだ、しかも人を襲っている、ってことで軽くニュースになったけど、軽くしかニュースにならなかったからいつしか人々の記憶から消えていった、あいつ。

 覚えてる? そうか、そりゃいい。じゃあその上で聞くんだけど、ヴォロックが討伐されたのは把握してるか? ……知らなかった?

 マジか……いや、そうか。ふつうの奴の認識なんてそんなもんだよな。じゃあ改めて教えるけど、ヴォロックはこの前倒されたんだ。あの小さな小さな龍は小さい分だけ敏捷性と肉体の硬度が高くて、それはもう目にも止まらぬ速度で相手の横だの後ろだの上だのに回り込んで、そのまま噛むなり斬り裂くなり、みたいな戦法を得意としていたけど……まあなんというか、落とし穴って強いよな。岩翔翼晶龍は体が水晶と岩でできてる、要するに密度に関しては相当なものがあるわけだ。けっこうな遠くで作業していた俺にも聞こえたくらいだから、落とし穴に落ちた時の音はかなりデカかったよ……あんなに小さいのにな。

 まあ落とし穴に落ちるときにどういう音が出たのかは置いておいて、とにかくヴォロックは死んだわけだ。自慢の陸上移動に特化した脚も落とし穴の前には無意味だった。翼を使って飛べば、と思うかもしれないが……考えてほしい。岩翔翼晶龍は翼が結晶状になってるのを利用して、その中空構造で揚力を稼ぐんだぜ? そうじゃなかったらあんなに重い体を持ち上げられるわけがない。で、ヴォロックの体は小さかった。翼は特に小さかった。つまり……あいつはドラゴンのくせに、ちょっと小さくても立派な羽を持っていやがるくせに。それなのに、飛べなかったんだよ。

 あいつにしても、抵抗はしただろうさ。例えば紅玉みたいに輝く深紅の眼で突き刺すような鋭い視線を作って、討伐隊を威嚇した。でも、自分を実際に突き刺してくる槍にはかなわなかった。岩翔翼晶龍の体は岩とか水晶とか宝石とか、まあとにかく地面に埋まっているいろんなものでできてるだろ? それを貫くためには相当硬い槍が必要だったはずで、相当硬い槍である以上ヴォロックも相当痛がったんだろう。それでも最後まで……つまり、深紅の視線がただの深紅に、岩の体がただの岩になる瞬間まで抵抗を続けたんだから、随分な度胸があると思うよ。

 ともあれ、その度胸ももはや無いんだけどな。


 で、改めて話すけどさ。ああ、聞いてくれ。記念碑を作る仕事なんだよ。たいていの場合、倒されたドラゴンは死体を漁られるだろ? 焔爪燃双龍なら、体液をでかいタンクに何杯も詰め込んで燃料にできる。屍臓死傷龍なら、骨を削りだして畑に撒けばかなりの肥料になる。あの体がお菓子で構成されていると噂の甘楔餡血龍ですら、街の子供たちの腹を満たし面倒ごとを減らすには絶大な効果が期待できる。岩翔翼晶龍だって、普通ならそういう用途で使えるんだ。何せ岩と、水晶と、宝石だぜ……深く考えなくても、価値があるとわかるはずだ。

 でも、ヴォロックについては違う。

「岩翔翼晶龍は体重が二倍になると価値が四倍になる」なんて酒を五杯は飲まないと出てこないような言説が、驚くべきことにこの世界ではまかり通ってる。この種族は体重が増えるほど肉体の『純度』が高くなり、結果として宝石の含有率も上がる……って寸法らしい。実際、今まで確認された中で最大の岩翔翼晶龍は、こんなアホみたいなことわざを最初に思いついた奴を酒場ごと踏みつぶせる程度の体重を持っていたらしいが……学者が推計したところによれば、中に詰まってるものの九割は白金だって話だぜ。あまりに量が多すぎて討伐すると白金の価値が暴落しちまうから、貴金属産業関係者が圧力をかけることで野放しにしている……って話がマジなのかは、ちょっと俺にもわからないけどな。

 ともあれ、この「岩翔翼晶龍は体重が二倍になると価値が四倍になる」なんて世迷い言は、どうやら忌々しいことに大きく間違っているわけでもないらしい。そしてそうだとするなら、これを言い換えた結果もやはり事実ってことになる……すなわちこうだ、「岩翔翼晶龍は体重が二分の一倍になると価値が四分の一倍になる」。

 ヴォロックの体は、ほとんど石だったんだ。


 ヴォロックが俊敏なのはさ、何か理由があるって、そう考えられてたんだ。岩翔翼晶龍は神経系を宝石を経由した魔力伝達で構成していることを踏まえて、えーっと……「ヴォロックは突然変異で小さな肉体に通常の岩翔翼晶龍と同じ量の宝石を有しているため、肉体の『宝石率』に関しては最も巨大な同種すら上回るっており、結果として神経伝達が極めて高い効率で行え、敏捷性を高めている」……だったっけ? 解体屋としてここに派遣される前に嫌になるほど聞かされた文句だけど、少し経ったら意外と忘れちまうもんだな。……「こいつをバラせば儲かるぜ」くらいで十分だったんじゃないか、って今でも思うよ。

 まあ、実際のところ違ったんだけどな。

 さっき、「紅玉みたいに輝く深紅の眼」って言ったよな。我ながらかっこいい比喩表現だと感心するんだけど、考えてみてほしいんだ。「紅玉みたいに」っていうのは、逆に言えば「紅玉ではない」ということでもある。牛に向かって「お前は牛のように遅いな」なんて罵倒する奴がいないのと同じだよ。

 つまり、ヴォロックの瞳はただ紅いだけの水晶だったわけだ。しかも、なかなかに純度の低いやつ。体内にも一応、最低限の翠玉が含まれていたけど……あんなの、宝石というよりは宝粒だね。討伐隊のやつらもがっかりしていた。ヴォロックは人を襲う以上、討伐依頼対象には入っていた。でも、討伐依頼の報酬は安い……どんなドラゴンにせよ、何かしらの素材を生む。討伐できればその素材を換金できるんだから、報酬が安くてもその分で穴埋めできる、本来はそういう考えなんだろう。でも、実際のところ翠玉は粒だった。

 言うなれば……そうだな。

 俺たちがヴォロックの中に夢見ていた色とりどりの宝石たちは、俺たち自身がヴォロックを倒してしまったせいで、永遠に失われてしまったんだ。


 それでさ、改めて言う。記念碑を作る仕事、記念碑を作る仕事なんだ。

 宝石の塊として討伐され、石の塊として死んだヴォロックの亡骸を活用するには、それくらいしかなかったんだよ。

 岩なんて売っても金にならないし、しかもヴォロックは小さい。最寄りの都市まで素材を運んで行っても、きっと輸送にかかる費用の方が高くつく。とはいえ、死体を片付けないわけにも行かない……だったらもう、その場で消費するしかない。そんな判断だった。

 死体の解体屋としてハンマーだのノミだのピンセットだのを持参した俺たちは、なぜか記念碑の建築屋としてそのまま働くことになった。とはいえ文句を言うわけにも行かなかった。だって実際のところ、「ドラゴンの姿をした宝箱」とまで言われた龍の死骸は、どこからどう見てもくすんだ灰色をしていたから。

 まあ、何だ。俺たちは記念碑を作ったよ、淡々と……そして粛々と。簡単な作業だったんだ。持ってきたハンマーとノミをそのまま振り下ろすか切断魔法を使うかして、ヴォロックの体から石を切り出す。で、なんだかそれっぽく積み上げつつ整形する。ヴォロックの体はマジでただの石で、べつに黒曜石みたいに硬いわけでもなかったから、作業は本当に順調に進んだ。

 本当にちょっとしか生えていなかった水晶の羽に、より一層ちょっとしか入っていなかった翠玉の粒を振りかけ、うまいこと組み合わせて『史上最小のドラゴンここに眠る』なんて書いてみたり、冷静に考えると眠るも何も記念碑にされてるんだから『私が史上最小のドラゴンだったものです』の方が良いんじゃないかなんてどうでもいいことで議論してみたり。まあいろいろ試行錯誤したけど、結局は石を積むだけの作業でしかなかった。

 その記念碑は、最終的にどうなったのかって?

 あんたが今、座ってるだろ?

 驚くよな、そりゃ驚く。あんたもさすがに椅子だとは思ってなかっただろうけど、まあせいぜいちょっとした岩とか、その程度に考えてたんじゃないか? そうだよ、今のヴォロックはちょっとした岩なんだ。俺たちがちょっとした岩にしてしまったんだ。

 なあ……見てくれよ。こっちに降りてきて見てくれ、俺たちの夢の墓標をさ。上の方に赤く光るものが埋め込まれてるだろ? それがヴォロックの眼だ。討伐隊を睨みつけた鋭い眼差しが、今となってはただ赤く光るだけの何かだ。俺は怖いんだよ、この眼が全然怖くないことが怖いんだ。世界で一番小さなドラゴンの放った必死の威嚇を、まるで効かないものにしてしまった俺たちが。それどころか、世界で一番小さなドラゴンそのものを、まるで面白くない、意味不明な一つの岩にしてしまった俺たちが。

 怖くて、許せないんだ。


 ……なあ、知ってるか? ドラゴンの数が減るペースはどんどん速くなってるらしい。当然だよな、ドラゴンには夢が詰まってる。デカいドラゴンを一匹も倒せば、手に入る素材で何年も遊んで暮らせる。しかも、怪物を倒した英雄にもなれるってんだから。

 でも、俺は思うんだ。いつかさ、いつか『怪物』がすべてこの世界からいなくなる日が来るとしよう。来るとは思えない、じゃない、来るとするんだ。

 それで、その日が来て、これ以上夢を見る対象もなくなって、俺たちの前にあるような墓標が、何千と、何万と大地を埋め尽くして、現実の侵食が止まらないような、そんなことになってしまったなら、一体、そのあと世界に何が起こるんだろうって。ずっと、考えてるんだ。

 なあ、あんたの意見を聞かせてくれないか?

 そうすれば、この記念碑に意味を持たせられるような、そんな気がする。

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