少年の日々

今村広樹

本編

 むかしの話だ。ぼくがまだなにも知らなかったころの話。

 ぼくの住んでいたニューラグーン州はいわゆる逆3角形とも長靴とも形をしているのだが、その南、つま先の部分に小さな2つの島がある。フィルメ諸島という。


「あのう」

「にゃ!」

 不意に現れたようにみえたぼくに、猫兵士はびっくりして、銃をそちらに向ける。

「うわ、止めてくださいよ」

「にゃんだ、泥棒じゃにゃかったか」


「違いますってば……これ、おみやげです」

「にゃんだと?」

「えーと、ちょっと待ってくださいね」

 ぼくはナップザックからビニール袋を取り出して、中に入っているものをひとつずつテーブルの上に並べた。まず、小魚が出る。

「にゃんだこりゃあ」

「魚ですよ。イワシとかアジとかサンマとか……」

「こんなちいさいやつをどうしろっていうんだにゃ」

「食べればいいじゃないですか」

「食えるのにゃ? こいつは」


「さあ……」

 猫兵士は困ったような顔で、魚を見つめている。

「まあいいからにゃ。とにかくご苦労だったにゃ。このぶんもあとできっちりと給料には反映させてもらうにゃ」

「はい」

 ぼくはうなずいた後、あることに気づいたので、訊いてみる。

「あ、そういえば、今日はもうひとり、人間の兵士さんがきてましたよね?」

「ああ、あいつなら帰ったにゃ」

「えっ、どうして?」

「どうしてもこうしても、帰るっていったら帰ったにゃ」

「だってまだ来たばかりなのに」

「いいんだよにゃ」

 猫兵士は、急に興味をなくしたみたいに、魚をビニール袋に戻すと、

「おまえもさっさと帰れにゃ」

 といって手を振った。


「はい」

 なんだかなあ、と思いながら、ぼくは立ち去ることにする。

 でも、人間の兵士さんのことは気になったので、帰り道、なんども振り返ってみたけれど、やっぱり彼は現れなかった。

 翌日になると、今度は別の兵士がやってきた。昨日きた兵士と同じ格好をしている

「おはようございます」

「ん? ああ、おまえか。いま忙しいから後にしてくれにゃ」

「はい」

 ぼくは素直に引き下がった。

 しかし次の日もまたそのまた次の日も同じことを繰り返すだけだったので、これはおかしいと思って、

「あのう、ひょっとしたら、人間の兵士さんはきていないんじゃないでしょうか」

 と、いった。

 すると猫兵士は驚いた顔をして、

「そんなはずはないにゃ! ちゃんときてるにゃ!」

 と、いうのだ。

「でも……きょうはずっと見てませんけど」

「きっと、どこかに隠れてるに違いないにゃ」

「隠れる? どうしてですか」


「それは……わからないにゃ」

 猫兵士は困惑した表情になる。

「じゃあ、どこにいるのかわかりますか?」

「わかるわけがないにゃ。でも必ずここにくるはずだにゃ。心配することはないにゃ」

「はい」

 ぼくはうなずいた。

「でも、もしもいなかったら、どうします?」

「その場合はしょうがにゃいにゃ。あきらめるしかないにゃ」

 猫兵士はあっさりとした口調でいう。

「えーと、それじゃあ、もし人間の兵士さんがきていたとして、それがいなくなった場合は、ぼくはどうすればいいんですか?」

「そりゃあ、もう、おまえの仕事じゃないから帰ってもいいにゃ」

「それだけですか?」

「それだけとはどういう意味にゃ」

「いや、だから……給料とか……」

「そんなものは出さにゃいにゃ」

「そうなると……あのう、ここをクビになったりはしないですよね」

「当たり前だにゃ。なんのために人間の兵士がいると思うにゃ」

「はあ」

「まあ、そういうことだから、安心して仕事に励むといいにゃ」

 猫兵士はそういって、銃を仕事場の方に向ける。

「わかりました」

 ぼくはしぶしぶ返事をするしかなかった。

 そして一週間ほど過ぎたある日のこと。

「あのう」

 ぼくは思い切って切り出してみる。

「ん? どうしたにゃ」

「じつは、人間の兵士さんのことですが」

「ああ、あいつかにゃ。うん、そうだにゃあ……」

 猫兵士はしばらく考えてから、いった。

「実は、ちょっと前に怪我をしてしまって、いまは休んでいるにゃ。それで来られなくなったにゃ」

「へえ、そうなんですか」

「まあ、そういうことにゃから、あんまり気にすることはにゃい」

「はあ……」

 ぼくはあまり納得できなかったけれど、これ以上訊いても仕方ないので黙っていた。猫兵士もそれ以上話すことはなかったようで、それからはいつものように淡々と作業が進んだ。

「お疲れさまにゃ」

「はい。おつかれさまです」

 猫兵士に挨拶して外に出て、ぼくはため息をつく。

 人間の兵士さんは、やっぱりまだこられないらしい。猫兵士のいっていることが本当なら、だけど。

「まいったなあ」

 ぼくは空を見上げる。雲ひとつない青空が広がっている。こんな日に、人間の兵士さんがこられなかったなんて、なんだか申し訳ない気持ちだった。




「あ、そうだ」

 そこでぼくはあることを思いついた。

「ちょっと寄り道をしよう」

 そういって、ぼくは山に向かって歩き出した。

 ニューラグーン州の西の外れにある小さな丘に、大きな木がある。

 その根元に、人間がひとり、座っていた。

「こんにちは」

 ぼくが声をかけると、人間はびくっと体を震わせてから振り向いた。

「ああ、きみか」

 ぼくの顔を見て、ほっとしたようにいう。

「すみません、驚かせちゃいました?」

「いや、大丈夫だよ」

「でも、どうしてここに? まだ傷が痛むんじゃないですか?」

 人間の兵士さんは、この前来た時よりも、だいぶ元気がなかった。顔色もよくないし、足取りだっておぼつかない感じでふらついている。まるで酔っ払いみたいだ。

「ああ、これかい」

 人間の兵士さんは左足を上げる。ズボンの裾からのぞいているふくらはぎには包帯が巻いてあった。

「けさ起きた時に、少しだけ痛みを感じたんだけど、そのうち治まるだろうと思って、そのままにしておいたんだ」

「でも、無理しないほうがいいですよ。すごく辛そうに見えるし」

「そうかな。自分ではよくわからないけど……そうかもしれないね」

「あのう、よければ、家まで送りましょうか?」

「いや……そこまでしてもらわなくても、平気だと思う。それに、いまから帰ると、また別の奴に見つかる危険性もあるからな」

「でも、このままだと危なくないですか?」

「それは……」

 人間の兵士さんは言葉に詰まってしまう。

「とにかく、ぼくが家の近くまで送っていきますから、それまでここで待っていてください」

 ぼくがそういうと、人間の兵士は

「わかった。ありがとう」

 と、いって微笑んでくれた。

 人間の兵士さんと一緒に、ぼくは山を下っていく。

「今日は何をしていたんですか?」

「うん、ちょっと散歩していた」

「そうなんですか」

「でも、本当はもっと遠くに行きたかったんだけどな」

「え?」

「ほら、この前の戦争の時、敵の基地が近くにある町にあったろ。あのあたりに行ってみようと思ったんだよ」

「ああ、あの戦争ですね」

「うん。ぼくはあの戦争で戦っていたからね」

「はい」

「といっても、たいしたことはしていないけどね」

「そうなんですか」

「ただ逃げ回ったり、隠れていたり……そんなことばっかりだったからね」

「へえ……」

「まあ、それでも、何人か敵をやっつけたりしたから、勲章をもらったこともあるよ」

「すごいじゃないですか」

「いや、別にすごくはないさ。みんなと同じことをやっていただけだからね」

 人間の兵士さんは照れくさそうに笑う。ぼくも一緒に笑ったけれど、内心では複雑な気分になっていた。

「あ、そうだ」

 突然、人間の兵士さんはいった。

「あの時は、きみにも迷惑をかけてしまったよね」

「え? なんのことですか?」

「ほら、最初に会った時のことだ。覚えているだろ?」

「あ……」

 ぼくは思い出す。人間の兵士さんが怪我をして、ぼくの家に来た日のことを。

「あのあと、ぼくたちは大変だったよね。きみはあいつらに捕まって、ぼくも殴られたり蹴られたり……」

「そうでしたね」

「だから、ぼくはきみに謝らないといけなかったのに、すっかり忘れてしまってしまっていたんだ。本当にごめん」

 人間の兵士さんは頭を下げた。

「それからもずっと放っておいて、悪かったと思っている」

「いえ、べつに気にしていませんから」

 ぼくが答えると、人間の兵士さんは小さく首を振った。そして、ぼくのほうを向いていった。

「ありがとうな」

「はい」

 ぼくは笑顔で、こう返す。

「でも、これからはもうあんなことはありませんから安心してください」

「そうだね。でも、もしまた同じようなことがあったら、その時はよろしく頼むよ」

「はい」

 ぼくは力強く返事をした。

「そういえば、あの時……」

 人間の兵士さんが何かいいたそうにしている。

「どうしました?」

「いや、なんでもない。大したことじゃ

「でも、なんだか苦しそうな顔をしていますよ」

「……」

 人間の兵士さんは黙ってしまった。ぼくはしばらく待ってみたけど、何もいってくれないのであきらめた。

「ねえ、知ってる?」

 と、そこでぼくは人間の兵士さんに向かって話しかけてみる。

「何がだい?」

 人間の兵士さんはすぐに聞き返してきた。やっぱり話を聞いてくれるみたいだ。

「このまえ、人間の兵士さんがこられなかった時、猫兵士がひとりで来てくれたんですよ」

「へえ、そうなのかい」

「はい。それで、その人はぼくの家に泊まったんです」

「ふうん」

「夜中、お腹がすいたので台所に行ったら、人間の兵士さんのご飯があったから食べたんです」

「おい、ちょっと待て」

「そうしたら、そこに人間の兵士さんがいたんですけど、ぼくを見て悲鳴を上げたんです」

「……」

「しかも、その後で追いかけてきたので、怖くなって逃げちゃいました」

「そうか……」

「それからというもの、人間の兵士さんの顔を見ると、逃げ出したくなるようになったんです」

「それはひどいな」

「でしょう?」

 人間の兵士さんは苦笑いを浮かべる。

「ところで、どうしてこんな話をするんだい?」

「だって、聞いて欲しかったから」

「まあ、そうだね」

「それに、ぼくが今度来た時に、また同じことをしないように、人間の兵士さんに釘を刺しておくつもりだったんです」

「なるほど」

「わかりましたか?」

「わかったよ。気をつけるようにする」

「お願いします」

 ぼくは満足してうなずいた。すると、人間の兵士さんが口を開いた。

「でもな……おまえのせいじゃないんだぞ」

「え?」

「これは全部、おれが悪いんだよ。おれのせいでこうなったんだ」

「そんなことないです。ぼくの責任ですよ」

「いや、違うね。悪いのは全部、このおれさ」

「違います。ぼくの責任です」

「いーや、おれだね」

「ぼくです」

 ふたりとも自分の責任を主張し合う。

「とにかく、今回は絶対に大丈夫だから」

「本当ですか?」

「ああ、約束しよう」

 人間の兵士さんは真剣な顔でいう。ぼくはその言葉を信じることにする。

「じゃあ、信じますからね」

「よし。まかせてくれ」

 ぼくはにっこりと笑って、別れの挨拶を口にする。

「じゃあ、さよなら」

 人間の兵士さんも笑って手を振った。そして、そのままどこかへ歩いていく。ぼくはその姿が見えなくなるまで見送った後、家へと戻った。

 次の日、朝早く目を覚まして外に出る。空には雲ひとつなくて

「今日もいい天気だなあ……」

 と、つぶやいてから、ぼくはいつものように走り出す。だけど、途中で足を止めて振り返った。昨日の人間の兵士さんの言葉を思い出したからだ。

「ぼくたち人間と猫の兵士は、お互いに助け合って生きていくべきだと思うんだ」

 そういっていた。だから、ぼくもがんばらないといけないと思った。

「ぼくにできることなら何でもやるんだ」

 ぼくは自分に言い聞かせるようにして言った。それから、再び前を向いて走る。目的地はもちろん決まっている。

 丘の上にある大きな木の下だ。ぼくはそこを目指して走った。

「こんにちは」

 ぼくは声をかける。返事はないけれど、気にしないで続けた。

「ぼくは元気だよ。毎日、楽しく暮らしているから心配しなくてもいいよ」

 ぼくはずっと喋り続ける。

「それにしても、ここは本当に気持ちがいい場所だよね。風が吹くと草が揺れて、すごく心地いいよ」

 もちろん返事はなかったけど、ぼくはそのまま話し続ける。しばらくすると、今度は後ろから誰かの声が聞こえてきた。

「やあ、また会ったな」

 人間の兵士さんだった。

「どうしたんですか?」

 ぼくが

「何かあったんですか?」

 と聞くと、人間の兵士さんは首を横に振りながらいった。

「いいや。べつに何もないよ。ただ、きみに会いに来ただけなんだ」

「そうなんですか」

 ぼくはほっとして答える。それから、人間の兵士さんと一緒に草原を歩く。

「あの……」

 ぼくは切り出した。

「何だい?」

「えっと、ぼくは今、何をしたらいいのかなって考えていたところなんですよ」

「ふむ」

「それで、思いついたことがあるんですけど、聞いてくれませんか?」

 ぼくがいうと、人間の兵士は

「聞こうじゃないか」

 と答えた。

「えへへ、ありがとうございます」

 ぼくは笑顔で礼をいう。

「それで、何を思いついたんだい?」

「あのですね……」

 ぼくの話は続く。

「というわけで、ぼくたちはお互いに協力して生きていかなくちゃいけないと思うんです」

 ぼくの話を聞いていた人間の兵士さんは、何度かうなずきながら、ぼくのほうを見て笑った。

「うん。なかなか面白い話だね」

「そうですか?」

「ああ、そうだとも」

「よかった……」

 ぼくは胸を撫で下ろす。

「でもね、ひとつだけ問題があるんだ」

「問題?」

「そう。その問題を解決しないことには、協力なんてできないんだ」

「そうなんですか?」

「うん」

 人間の兵士さんは大真面目にうなずいた。

「それじゃあ、どんな問題なんですか?」

 ぼくが質問すると、人間の兵士さんは答えた。

「それはね……人間と猫の兵士が一緒に暮らしていくことが、まず不可能だということさ」

「どうして不可能なのかな?」

「考えてごらんよ」

「うーん……わからない」

「だろうな。まあ、簡単に説明するとだね、人間が猫を怖がるからだよ」

「なるほど……」

 ぼくは納得する。人間はぼくたちを恐れている。だから、ぼくたちのことを信用してくれないし、仲良くしようとも思ってくれない。

「それにね、他にも大きな問題があるんだよ」

「まだあるの?」

「ああ、あるとも。例えば、おれたちが食べ物を手に入れることができないとか、住むところがないとかね」

 ぼくはそれを聞いて考える。確かにそういう問題はたくさんありそうだ。でも、きっと何とかなるはずだと思った。だから、すぐに答えた。

「じゃあ、みんなで話し合えばいいと思います」

「話し合い?」

「はい。人間と猫の兵士だけで集まって、いろんなことを決めていくんです。そして、みんなの意見をまとめれば、もっとたくさんのことが決まっていくはずです」

「ふむ……。だが、そんなことできるかい?」

「できますよ。だって……」

 ぼくは自信たっぷりに答える。

「ぼくにはこの耳と尻尾がありますから!」

 人間さんは黙って、ぼくの顔を見つめる。そして、ゆっくりと口を開いた。

「確かに、その通りかもしれないな」

「でしょう?」

 ぼくは得意げに笑う。

「よし。決めたぞ」

 人間の兵士さんはいった。

「何をですか?」

「人間と猫の兵士は、お互いに協力し合うことにしよう」

「本当ですか?」

「ああ、約束する」

「やったぁ! ありがとうございます」

 ぼくは飛び上がって喜ぶ。それから、人間の兵士さんの手をぎゅっと握った。

「これからよろしくお願いします」

 人間の兵士さんもうなずく。

「こちらこそ、よろしく頼むよ」

 こうしてぼくと人間の兵士さんは、お互いに手を取り合って、協力し合いながら生きていくことになったのだ。

「そういえば……」

 ぼくは人間の兵士さんを見る。

「あなたのお名前は何ていうんですか?」

 人間の兵士さんはにっこりと笑って答えてくれた。

「おれの名前はタロウっていうんだ」

「へぇ……」

 ぼくは少し驚く。なぜなら、その名前はぼくが知っている名前だったからだ。

「ぼくの名前と同じだ」

 ぼくがいうと、タロウさんは驚いた顔をした。

「きみも同じなのか?」

「はい。そうですよ」

「ふむ……」

「どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ」

「そうですか」

 ぼくたちは草原に並んで座っていた。

「ねえ、聞いてもいいかな?」

「いいとも」

「あなたはどうして兵士になったんですか?」

「うーん……」

 人間の兵士はこう返す。

「実はよく覚えていないんだ」

「そうなんですか?」

「ああ。気づいたら兵士になっていたんだ」

「へえ……」

「きみはどうなんだい?」

「えっ? ぼく?」

「そうだよ」

「ぼくは……」

 ぼくは考え込む。

「やっぱり思い出せないや……」

「そうか」

 人間の兵士さんは残念そうだ。

「じゃあ、他の人に聞いてみようかな」

「誰に聞くんだ?」

 ぼくはしばらく考えた後、答える。

「ぼくのお母さんとかお父さんは知ってるかも……?」

「ふむ」

「でも、今はどこにいるのかわからないんだ……」

 ぼくはうつむく。すると、人間の兵士さんは優しく声をかけてくれる。

「気にすることはないさ」

「でも……」

「大丈夫だよ。きっと見つかるはずだ」

「そうだといいんだけど……」

「ああ、きっと見つかるさ」

 人間の兵士さんは力強く断言してくれた。ぼくは嬉しくなって、笑顔になる。

「ありがとうございます」

「うん。それで、他に聞きたいことはあるかい?」

「えーと……」

 ぼくは空を見上げる。太陽の光が眩しかった。

「うーん……」

「何か思いついたかい?」

「いえ、何も思いつかないです」

「そうか……」

「あの……もしよかったら、もう少しだけここにいてもいいですか?」

「もちろんだとも」

「ありがとうございます」

 ぼくは頭を下げる。それから、草の上にごろりと横になって目を閉じた。

「眠くなったのかい?」

「はい。とても疲れました」

「そりゃそうだ。こんなに走ったからね」

「でも、楽しかったです」

「そうか。それは良かったよ」

 人間の兵士さんの声が遠くなっていく。やがて、ぼくは眠りについた。

 夢の中で、誰かと話をしていたような気がする。その人はぼくのことを褒めてくれていた。そして、こういってくれた。

「おまえは立派な猫だ」

 と……。

「うわぁ……」

 ぼくは驚いて飛び起きる。辺りはすっかり暗くなっていた。

「いけない! 寝過ごしちゃった!」

 ぼくはあわてて立ち上がる。その時、ぼくのお腹がぐぅと鳴った。

「おなか減ったな……」

 ぼくはつぶやく。

「確か、ご飯をくれるっていっていたけど……」

 人間の兵士さんはどこだろう? ぼくはきょろきょろと周りを見てみる。だけど、どこにも姿が見えなかった。

「あれれ……」

 ぼくは困ってしまう。

「どうしよう……。このままじゃ、ごはんが食べられないよ……」

 そんなことを考えていると、ふと良い匂いがしてきた。その香りにつられて、ぼくは歩き出す。そして、たどり着いた場所には、大きな木があった。

「この下からするみたいだな……」

 ぼくはその

「よいしょ!」と登っていく。すると、そこには人間の兵士さんがいた。

「あっ、いた……」

 ぼくはほっとする。だけど、人間の兵士さんはすぐには起き上がらなかった。ぼくは心配になって話しかける。

「あの……大丈夫ですか?」

 返事はない。ぼくは

「もしもし! 聞こえますか?」と何度も呼びかけた。それでも、人間はぴくりとも動かない。

「大変だ!」

 ぼくは焦って大声で叫ぶ。人間を助けるにはどうしたらいいのだろうか? ぼくは必死で考える。

 まずは呼吸の確認だ。ぼくはすーはーと息をして、人間の兵士さんの口元に鼻を持っていく。うん、ちゃんと呼吸しているようだ。次に、心臓の音を確かめる。

 ドキドキと音は聞こえる。

「よし、生きているぞ」

 次は身体を調べることにした。服を脱がせて

「失礼します」と胸や背中に触れる。特に怪我をしている様子はなかった。

「ふう……」

 ぼくは安心してため息をつく。すると、人間がぱちりと目を開いた。

「うーん……」

「あ、起きた……」

 人間の兵士さんはしばらくぼおっとした

「ここは……」と言いかけて、急に飛び上がる。

「しまった! 逃げなくっちゃ!」

「えっ?」

「それじゃあ、さよなら」

「ちょっと待ってください!」

 ぼくは慌てて呼び止める。けれど、人間の兵士さんはそのまま走り去って行ってしまった。

「あ……」

 ぼくはしばらくその場に立ち尽くす。

「何だったんだろう?」

 不思議な出来事に首を傾げる。でも、とりあえずは無事に助かったのだから良しとすることにした。

 ぼくは人間の兵士さんが残していったパンを食べることにする。それはとても美味しいものだった。ぼくは夢中でもぐ……むしゃ……と、食べ続ける。

「ご馳走さまでした」

 手を合わせてから、ぼくはまた横になる。

「ふわぁ~」

 大きくあくびをする。すると、眠くなってきた。

「うーん……、寝ちゃおうか?」

 ぼくは迷う。でも、すぐに決断する。

「うん、寝よう」

 ぼくは目を閉じて眠る。今日はとても楽しい一日だった。明日も良い日になるといいな……。そう思いながら、眠りにつく。

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