それはそれとして

@miimii-kaka

第1話

それはそれとして


「貴女は良いカードを引きましたね」と出逢って24時間も経たないうちに、よしさんは言った。 

なんの事だろう?と私は思っていたけど、とりあえず「そうかもしれませんね」と答えた。


よしさんとは、マッチングアプリで知り合った。離婚をし子供も、手がかからなくなり、そろそろパートナーが欲しいと思い登録したのだ。コロナ禍で外食や呑みに行く機会も減り、地方に住んでるし、40歳中盤にもなると出会いもグッと減って来てたし、友人にも、マッチングアプリを薦められ登録してみた。期待せずに。

友人に、1週間が勝負だよ!と言われ、嘘偽りなく、自分のプロフィールを作成した。

まぁまぁ反応良く、これはイケると思っていたが、マッチした人との、やり取りがとにかく面倒くさい。事情聴取というのか、駆け引きというのか。もちろん相手もパートナーを、探しているのだから、私の情報を。と思うのは仕方ない。それは良いのだけれど、まどろっこしい聞き方とか、朝や夜の挨拶のやり取りとか。プロフィールじゃない写真見せて。とかまぁ面倒くさい。

私の性格上、白黒ハッキリさせたいし、アプリ内で正直、時間を費やしたくないのだ。

プロフィールを見て、数回、メッセージやり取りして、で、どう?私と会う気ある?どうなの?とりあえず、電話で話してみる?ね、どうなの?思わず矢継ぎ早に聞きたくなるくらい。


焦る必要はないけど、ダメならダメで早々に切り上げたい。あまり労力をそこに使いたくなかった。

「おはよう。仕事頑張ってね!」とか「今日も一日お疲れ様」とか、そういうやり取りは、アプリ上では私は必要としてない。

そういうのは、付き合ってからやればいいだろうー。と思っていたのだ。


そんなやり取りを同時に同世代の4人としていて、もう辞めようかと思っていたところに、新しいワードが私のマッチングアプリ内で光ったのだ。

年齢 60歳

あ!なんか新しいの来た!って思った。

プロフィールを拝見すると、本当かよ!と思うところもあったけど、「おはよう お疲れ様」のやり取りなんて一切無し。率先して自分のおちゃらけた写真を自ら私に送りつけてくる。そしてクイズまで出してくる始末。

今までとは違うパターンになんなのこの人?と思い、(良い意味で)新鮮に感じて楽しかった。

そんな感じでメッセージやり取りして電話で話して、実際に会ってみましょう。

当日、会ってみてダメだったらその場で断ってくれてもいいのでと、とんとん拍子に話が進んでく。気持ちいいくらいに早い。流石60歳。

そして、ファーストコンタクトから1週間で実際に会った。スタバで待ち合わせて、その後ドライブへ。

「大丈夫ですか?ドライブ行けますか?」

と聞かれ、正直、大丈夫です!と迷いなく答えたかと言えば嘘になるけど、今日一日くらいなら我慢出来るかも。とか。知らない世界へ連れて行ってくれるかも。と薄っすらとした期待が大半な中、よしさんの車に乗った。


車中では、私を知るために、面接を受けているような気持ちになるくらい、質問をされ答えて、そこから深掘りをする。を繰り返した。今まで、どんな人生を歩んできて、何を思い何を考え、これからどんな風に生きていきたいのか。


その時の私は、仕事や生活に疲れてた。

先も見えず、毎日、とりあえず生活をこなしていた。ずっと同じ土地で生きてきた私は、新しい世界に行きたかった。でも、どうしたらいいのか分からなかった。  


よしさんは、私の答えを一つ一つ掘り下げ、私の中にあった、どうしたらいいかわからない。という事の根本的なところを見つけ出してくれた。


そして、その日の帰り道に、よしさんは「貴女は良いカードを引きましたね」と言った。



私は幼い時に父と死別している。だから完全に父性愛が不足している。その父性愛が満たされる様な、父と対話しているような安心感もあって、あの時話した時間があったから、よしさんと付き合おうと思ったし、些細な行き違いがあっても、あの時間を思い出すとどうでもよくなるくらい充足した会話のやり取りだった。


それから、数回食事に行き、きちんとお付き合いしませんか?と言われ、お付き合いが始まった。



実際に付き合うとなって、ジェネレーションギャップを感じる事もお互いにあったけど、歳が離れているからと割り切る事が出来るので楽ちんだった。


少しずつ、知る事になるよしさんは、想像以上だった。経験値が半端なく、とてもユーモアのある人生を歩んでいた。生き方も価値観も全く違っていた。思わずうわーと思ってしまう事、例えばブランド品を沢山持っているのに、ティッシュペーパーを買わないとか、ダンボールを捨てないとか、お金があるのかないのか、私からしたらチグハグな事が沢山あった。


でも、この人には到底敵わないと思った。

この先、こんな人には出会わないだろうと思った。



当時、関東に住んでいた。

よしさんは、仕事で一年前に引っ越してきた。お家は大阪にあると言っていた。


付き合って2ヶ月経った頃、今度の連休におれの家に一緒に帰るか?と言われ、久しぶりの旅行が出来ると行く!と即答した。


即答したけど、仕事どうしよう。となった。

その頃の私にしたら責任ある仕事をさせてもらっていたし、シフト制で、二連休とるのも気が引けていているのに三連休をとるなんて考えられなかった。それをよしさんに伝えると、貴女が居なくても会社は回る。一生続けたい仕事ならともかく、そうではないなら、堂々と三連休くらいとるべき。それをしないなら、貴女は一生今のまま。と言われ

辿々しく、三連休希望と来月のシフト表にドキドキしながら記入し、なんら問題もなく大阪へ行く事になった。



たどり着いた、よしさんのお家は、昔ながらの文化住宅の一室だった。風呂無し六畳二間。私はお風呂のある空き部屋を使わせてもらったけど、何がなんだか?本当にコレ大丈夫なのか?と内心、よしさんとのお付き合いに若干の不安もよぎっていた。ほとんど寝るためだけに、その場所に帰り、それ以外は

「どうや!関西は面白いやろー」と大阪の繁華街や京都へ連れ出してくれた。修学旅行以来の関西をキョロキョロしながら子供の様な気分で楽しんだ。



大阪二日目に、どうだ?楽しいか?楽しいなら、ここに住んで、管理人やるか?と言われた。


え?楽しいけど、それとこれとは別でしょ!と答えた。第一、子供はどうする?今の仕事はどうする?

人の人生、私の人生、あなたの都合良く変えたりしないで!と思ったし、それを伝えた。


この文化住宅は、ご高齢の方が多く、管理出来る人がいない。よしさんが関東に越してから一年半は、ちょくちょく、よしさんが帰って管理していたらしい。管理と言っても、そんなに難しい事や、やる事もなく。ただ、万が一の時に、早急に対応したい。というちょっとした保険みたいな事だった。


関東に帰ってからも、ちょくちょく大阪管理人話が出てきた。私は、また始まったと、話半分で右から左に聞き流していた。それを見抜いていたのか、そこからは、一緒にいる時には、ひたすら吉本新喜劇や中川家のyoutubeを見る様になり、大阪はおもろいでー。おもろいやろ?と、大阪洗脳が始まった。

そして、忘れた頃に、どうや?大阪引っ越すか?と言ってきた。


大阪は面白いのは面白い。そして、どちらかと言えば好き。

だ、け、ど、今の仕事を辞めて子供を置いて一人で引っ越すのはちゃう!と、よしさんの洗脳の成果なのか、コテコテのエセ関西弁で答えたとき、よしさんはニヤリと笑った。



ただ、そのとき、仕事はハードでへとへとだった。そして、これからどんどん忙しくなる。もう辞めたい、辞めたい。でも辞めてどーする?のループ。そのループにいる時一瞬、「大阪」の文字がよぎった。

いまの仕事辞めても、ココで特にやりたい事もないし、どーするかなぁ?そう言えば、わたし、知らない世界へ新しい世界へ行きたかったんじゃ?アレ?アレ?

大阪?引っ越すか?こんな話、他にないんじゃ?アレ?アレ?大阪か?となったわけです。


だんだん、大阪へ心揺らいでいる私に、大阪へ引っ越したら、やるべき事やバイト先やら、よしさんは事細かく用意し始めた。


この流れは、大阪引っ越すしかなくなるかもと、ちょっとビビり始めた私に、

貴女は、もっと広い世界を見に行くべき。

自分は、もう充分楽しんできたから、今度は貴女の番と。よしさんは言った。


そんなら思い切って、大阪へ引っ越しましょかぁ?って45歳にして初めての一人暮らしが縁もゆかりもない大阪で始まったのでした。


この話が、本格的に決まるまで、子供の事を始め悩みに悩んだし、決まってからもまわりの反応は当然よろしくなく、沢山の精神的な労力を使ったけど、私の人生、コレで終わるのは嫌だ。変わりたい!の一心で貫いてきた。


ここで、一つ確認。


よしさんは、関東に仕事でいるので、その仕事が終わるまで大阪には戻らない。って事。

付き合い始めて、半年も経たないのに、いきなり遠距離かよ!って事。


この人、一体何考えてるんだ?何が大切なんだ?と思う事もあったけど、変わりたいと言った私に手を差し伸べてくれたのだから、この流れに乗ってしまう方が、人生振り返った時に後悔はないと、その方が私の人生面白いと思ったのだ。


だんだんと、「良いカードを引きましたね」の意味が理解出来てきた。そういう意味だったのかと。


時々、「良いカードを引いた」のは、そっちだろうー!と思う事もあるけど、どこか父親の様な視点で、私が大阪で暮らしても困らない様にと、沢山、点を置いてくれていて、今では、よしさんのご先祖様にまで感謝出来るようにまでなった。


大阪へ単身で引っ越し、45歳にして初めての一人暮らし。世間的にみたら、どうかしてる選択だったかもしれないけど、この暮らしをはじめて3ヶ月。


私には、良い選択をしたと、正々堂々と言える。


人生というのは、時に良い事も良くないと思う事も絶えずやってくる。それを、どう上手く乗りこなせるのかなのだと思う。乗りこなし方で、人生どうにでもなるという事。

場所や年齢や人格、関わる人はオプションなのだ。



住めば都

為せば成る為さねば成らぬ何事も

明日やろうはばかやろう


この3ヶ月で、繰り返し出てきた言葉




我が生涯に一片の悔い無し






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