第19話 魔王モード

「以前セーゴリアー騎士団長が来た時、魔物が襲ってきたではないか」

「はあ?」

「魔物は人にとって害悪でしかないし、奴らが人に手を貸すなどありえない。つまり、アギオス侯爵令嬢が悪用した力で魔物を操り従えている」


 あ、ちょっとだめね、これ。魔物は私の側にいて助けてくれる。彼らがいてくれるから、淋しい思いをしないで済んでいるのに、なんてことを言ってくれるのかしら?


「なにそれ。笑えない」

「おい、イリニ」


 どっと感情がわいてしまったからスイッチが入ってしまった。アステリが制止をいれるけど、もう遅い。


「え?」


 室内に風が舞う。どこからともなく雷鳴が轟いた。


「魔法?」

「室内で魔王モードはやめとけって」


 前世の一人、ひじり命名の祝福の一つ、魔王モードは俺つえええモードとは違う私の怒りに反応する。誰かを思って怒る時に発現し、周囲に大きな魔法が起こるものだ。

 昔と違って我慢はしていないから、顔にも怒りは出ているはずだけど、魔法という形で出た方がもっと分かりやすいわね。


「イリニ、抑えろ」

「無理だよ」


 俺つえええモードも怒りの感情で出てくる祝福だ。私個人に反応し、例えば勝手にイライラしたり、私の機嫌が悪くなったり、果ては自分を責めたり自分を許せなくて怒った時さえ、俺つえええモードは起動する。

 対して、この魔王モードは私の周囲、主に魔物たちに関することでスイッチが入るって感じかな。今みたいに悪者にして侮辱してくるなんて許せない。その感情が魔法に偏って現れる。


「きちんと理解してもらいたいんだけど」

「アギオス侯爵令嬢」

「魔物は害獣ではない」

「なにを」


 雷が宰相補佐の足元に落ちる。宰相補佐は魔王だと囁いてへたり込んだ。

 根性ないな。顔を強張らせながらもきちんと立ってるエウプロ見習えばいいのに。


「従える従えないはこの際どうでもいいわ。今日一つだけきちんと覚えて帰って」

「え?」

「魔物は悪ではないのよ。人を攻撃するのは、なにかしら人が魔物に刺激を与えた時だけよ」

「アギオス侯爵令嬢」

「というわけ。帰ってくれる?」


 雷鳴轟き、暴風が吹き荒れる。

 ただ今は帰ってくれればいいから、腹が立つことへの言及はしない。私、優しいんじゃない?

 宰相補佐が腰を抜かしたまま、苦し紛れに抵抗する。


「恩赦を捨てるのか?! たかだか祈りを捧げ、今までと同じように公務をこなすだけなのに!」


 あ、これは俺つえええモードに移行かな。

 この人私を煽るの上手だ。すると完全にモード移行できてなかった中途半端な魔王モードの雷が私に呼応するように轟いて落ち宰相補佐に直撃した。


「あ、やば」

「……生きてます」

「ほんと?」


 エウプロが気まずそうにしながらも、宰相補佐の無事を報告する。

 文官といえど結構頑丈なのね。後は私の祝福が移行中だったのが幸いした。運のいい人ね。にしても画がとても面白い。


「口から煙吐くとか、いつの時代のギャグ漫画なのよ」


 笑いをこらえていると、アステリに「お前緊張感ねーのかよ」と窘められた。

 雷をまともにくらい、黒い煙を口から吐いて意識飛んでるとか、古い少年ギャグ漫画であるやつだ。笑わずにはいられない。


「ん、じゃエウプロ、宰相補佐起こしてくれる?」


 エウプロが戸惑いながらも、宰相補佐を呼び身体を何度かゆすれば、ばふんと黒い煙をもう一度吐いて意識を取り戻した。

 存在がギャグ漫画ね。意識あるものの、雷の影響か単にびびっているのか分からないけど、腰を抜かしてその場に座り込んでいる。


「……魔王だ」


 自分の状況を把握した宰相補佐が震えながら私を見上げた。

 また煽ってくるのかな?


「恐ろしい……そんなに力を誇示したいのか」

「どうしてそうなるの」

「恩赦が与えられるとなれば、自国に戻り尽くすのが国民だろう。王太子殿下の、国の名誉を汚す等考えられない」


 やっぱこの人と馬が合わないなあ、剣だそうかなあと思った時だった。


「僭越ながら、イペリファーニア宰相補佐殿、セーゴリアー騎士団長殿」


 エフィが私の隣まで足を進めた。

 見上げれば、目線だけこちらに下ろしているので、軽く頷いて続きを促した。


「シコフォーナクセー第三王子殿下」


 エウプロが改めて正しく挨拶しようとするのをエフィは制した。


「アギオス侯爵令嬢は現在シコフォーナクセー国内にいらっしゃる賓客である」

「え?」


 私の反応を無視してエフィは続ける。

 いつ私、お客様になったの?


「パノキカト国王太子殿下との婚約も正式に破棄されている以上、そちらに強い拘束力はない」

「それは、」

「現在シコフォーナクセー国の正式な賓客であるアギオス侯爵令嬢を、パノキカト国への帰国を求める場合、シコフォーナクセー国の法律に乗っ取って手続きを願いたい」


 驚いた。エフィが私を庇ってくれている。


「しかし、彼女はパノキカト国の民であって」

「シコフォーナクセー国王族である私の賓客であれば、この国への滞在継続は何も問題なく、また他国の干渉を受け付けない。王族の意志は国の意志。パノキカトが国として彼女を求めるのであれば、王陛下もしくは王太子殿下が直接我が国に申し出をすべきだ」


 それは三国間で決めた外交措置だ。簡単にいえば横取り禁止ってやつ。

 その措置を掲げて使われることはなかった。こんな時に使うなんてね。

 にしても、この状況。


「テンプレだなあ」

「呑気なこと言ってんなよ」


 アステリに窘められた。

 囲おうとしている隣国が拒否して本国への連れ帰りが不発に終わり、ひどい目に遭わずに済むなんてテンプレでしょ。

 そう思っていたら、あちらから返事があった。


「委細承知致しました」


 エウプロが頭を下げた。


「シコフォーナクセー王子殿下に大変無礼を」

「気にしなくていい。ただ今日の所は」

「はい。失礼致します」

「ま、まてセーゴリアー騎士団長! これは王太子殿下の命だ! 反逆者になりたいのか!」


 腰を抜かした宰相補佐を抱え、再度こちらに礼をした騎士団長が去っていく。

 いつの間にか魔法の嵐はおさまっていた。魔王モード解除されてるや。

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