第12話 ラッキースケベの対処法はハグ
今すぐ目の前の第三王子殿下から逃げないといけない。
身体を離そうと後ろへ動くと、またしても手をとられた。
「アギオス侯爵令嬢」
「やめ、」
目が合った。
躊躇いを見せる瞳は潤んでいた。なに、その反応。女子なの。
ああもうそれどころじゃない、逃げよう。それかモードを俺つえええとかに変えるとか?
意外にも強く私の手を掴んだまま離さない。手を引かれ私を引き込もうとするから全力で抵抗したけど徒労に終わった。
「すまない」
謝れると逆にこちら側の申し訳なさが半端ない。そう思うのは恥ずかしさを彼に押し付けようとしているからだ。
私の無駄な抵抗は絡め取られ、ふわりと引き寄せられ抱きしめられた。細身に見えたのに意外としっかりしている。気付かなかったけど背も高くて、私がすっぽりおさまってしまう。
ああ、あったかいな。
「アギオス侯爵令嬢」
とても近いところから名を呼ばれ震えてしまう。回された彼の腕に少し力が入った。
上品な香水の匂いがする。昨日は野営のはずだろうに、この人謁見用に整えてきたの。
「よし、いいぞ」
しばらくそのまま、借りてきた猫のように大人しくなった私を抱きしめ続け、次に蔓がしなる音が聞こえなくなって、アステリからやっと離れる許可がでた。
「これで、いいのか?」
「……」
解放された魔物たちも一様に息をつく。城内が生温かい雰囲気に包まれる。
「終わった?」
「昨日なかったから不思議だったけど、やっぱりあったね」
蔓に縛られてた魔物たちがやんややんや騒ぎながら大きな扉の向こうに去っていく。アステリがそう指示したのだろう。
見られたくない祝福を見られてしまった。よりにもよってラッキースケベだなんて恥ずかしすぎる。
「あ、な、」
「……大丈夫か?」
するりと王子殿下の大きな手が私の手に重ねられる。
こんなことになってしまったのに、目の前の人が純粋な心配しかしてないのが嫌でも分かってしまった。相手が真面目であればあるほど、恥ずかしさが増す。
「う、あ、」
「?」
「わあああああああ!!」
その場をダッシュだ。
全速力だ。
急にダッシュを決め込んだを私を誰も追いかけることができず、私は一人逃げ切りを果たした。
モードがここでチェンジだ。誰にも会いたくない。恥ずかしさに爆発する。
部屋に戻って鍵をかけてベッドのシーツに包まる。
人の股間にダイブして? 皆に縛りプレイして? それを見られた挙げ句抱きしめられる?
明らかにやばいでしょ。魔王と思われない、これは痴女よ痴女。
「うわああああ恥ずかしいいいいい!!」
「おい、イリニ」
ベッドの上でもんどりうっていると、扉を叩かれた。
アステリだ。様子を見に来たの。
「あ、引きこもりモードか」
鍵を魔法で開けようとして跳ね返され、そう判断したらしい。いや、許しを得ずに開けようとするのはどうなの。
「さっきから、そのモードって?」
「!」
ちょ、アステリ一人じゃない。
その声は第三王子殿下だ。嘘、なんで連れてきてるの。
「帰って!」
「イリニ、ヘソ曲げんなよ」
「帰って!」
「アギオス侯爵令嬢……話をしたい」
「話はないから! アステリと仲良く話してればいいでしょ!」
「……ははーん」
アステリがしたり顔をしてるのが分かる声音だった。
「お前、俺のダチが来てるの羨ましかったんだな?」
「!」
ばれた。
友達いいなあからの友達いなくて淋しいなあと思ったのがばれて恥ずかしい。もちろん気付いたのはラッキースケベモードになってからだったけど、それは仕方ないじゃない。羨ましいって思いは淋しいという思いとイコールだと思わないもの。
こいつ淋しいんだよ、と扉越しにアステリが説明していた。
やめてよ、恥ずかしい。
「アギオス侯爵令嬢」
「……」
「当面の間、この城に住まわせてほしい」
「……え?」
扉越しの突然の要望に顔のほてりが一気に引いた。
「なんで?!」
バンと扉を開けた。
お、最速の引きこもりモード解除、とアステリが感心していた。
扉向こうの王子殿下は眉根を少し寄せて、なぜか不機嫌さを滲ませ私を見下ろしていた。やっぱり背が高い。
「アステリがいるなら、俺がここいても問題ないだろ」
「貴方、国の王子でしょ」
公務が多くあることは、元婚約者のかわりに仕事していた身だからよく分かる。それを全部放るのは難しいはずだ。
「国王陛下には許しを頂いている。しばらく君と一緒にいたい」
「え?」
「アステリのように君の側近として置いてくれないか?」
何を言っているの? 側近?
アステリ側近じゃないけど? ただ都合上ここにいるのが助かるってだけでいるんだけど?
それ説明するの手間だから、話合わせる方がいいかな?
「お、お給金払えないよ?」
「いらない。しばらくは試用期間でいい」
「連れてきた騎士は」
「王都へ下がらせる。申し訳ないが、カロを連れるのだけは許してほしい」
「よろしく~」
ひらひら手を振り王子殿下の後ろから顔を出すちゃら男はやっぱりちゃらかった。
「王子殿下を側近?」
立場的に逆でしょ。
というか、この人さっきのラッキースケベ怒らないの? 昨日の俺つえええモードのことも何も言わないし。
「……名前」
「え?」
「名前で呼んでもらえないだろうか」
「え、と?」
アステリに目線を寄越すと肩をあげ苦笑するだけだ。そのやり取りを見て、王子殿下はさらに眉間の皺を寄せた。
「アステリはよくて俺は駄目か?」
「そういうわけじゃ」
「なら、名を」
名前だけでそんな凄まれても困る。
彼の後ろでちゃら男が両手を合わせてお願いお願いとばかりのリアクションをしていた。
小さく溜息が出る。なんで、ここにきてこのやりとり?
「……エフティフィア、だっけ?」
「エフィだ」
王子殿下を愛称で呼べって? てか親しくもなっていないのに急に愛称で呼べって?
言い返そうと思って見上げ、譲らなそうな強い瞳に私は諦めた。
「エフィ」
「ああ」
「……いいわ、好きなだけ城にいなよ」
「ありがとう」
「けど側近とかそういうのいいから。好きに過ごして」
「ああ」
もうちょっと一人にして、と伝え扉を閉じようとして、ふと思い至り手を止めた。
「?」
「私のことはイリニでいいわ」
「……ああ、分かった!」
扉を閉じる。
エフィの衝撃的な申し出で、ラッキースケベの恥ずかしさは紛れたけど、ちょっと整理したい。
落ち着くために紅茶でもいれようと、私は部屋の奥へ戻る。
恥ずかしい気持ちが度を超えた時に現れる、誰も寄せ付けない引きこもりモードは綺麗に解消されていた。
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