第8話 聖女は魔王になる

 祝福のパワーアップ効果に息を飲む。周囲は言葉を失い、腰を抜かして動けない兵が多数いた。

 すごすぎ。湖割ったよ? どこぞの神々も真っ青だよ?

 そして、ひじりの命名通りだ。

 軽く下ろしただけでこの強さ、テンプレでよく見るチートそのものじゃない。俺つえええモードって、そこからきてるんだろうけど、祝福のパワーアップが想像以上だった。


「ひ、怯むな!」


 騎士の中の誰かが叫び、我に返る。徐々に士気が戻ってきた。

 ええ、これで帰ってくれないの? ならもっとこう悪役感出せば帰ってくれる?


「まだ俺つえええモードぽいし続きやる?」

「おい、イリニ」


 軽く止めようとするアステリを視線だけで抑えて、私は騎士団に向き合った。

 風の属性なら、直撃しないようにしてれば吹っ飛ぶだけで犠牲は出ないし、軽傷で済むはず。私の手加減次第だろうし、やれる自信もある。

 物理攻撃……大剣を振るだけの単純な作業だもの。私の怒りが鎮まるまで祝福という名の俺つえええモードを使い切ろう。


「どうぞ俺つえええモードをお楽しみ下さい」


 騎士団の一部から悲鳴が上がる中、剣を振り続けた。

 結果、私の圧勝で終了する。パノキカトの騎士達は擦り傷程度の怪我で済んだし、戦意喪失で動けなくさせた。

 エウプロ騎士団長が退避と叫んで動ける騎士が動けない騎士を庇いながら去っていく。よし、想像通り退いてくれたわ。


「俺つえええモード気持ちいいな~」

「ば、化け物……」

「失礼ね、私人間なのに」

「魔王だ……聖女なんかじゃない……」


 動けない騎士が譫言うわごとのように言っている。なんと言おうと知ったことじゃない。

 今、私はとても気持ちが良くて爽やかだ。

 大振りの攻撃にすっきりする。聖命名のモードシリーズは、私の感情を解消する為に与えられた祝福なのかもしれない。

 今日の学びは俺つえええモードは怒りからすっきりへ変化する、だ。


「……おい、イリニ」

「どうしたの、アステリ」


 振り向くとこめかみをピクピクさせながら、怒り心頭の世界最強の魔法使いが立っていた。

 あれ、私アステリになにかした記憶ないけどな?

 首を傾げたら、かっと目が開く。瞳孔開きすぎて怖い。


「少しは自重しろ!」

「え?」

「こっちはこの有様だぞ?!」


 手を挙げたアステリの先にある私たちの拠点の城が八割ほど壊れていた。


「あらら」

「無差別に振り回しすぎだ! この馬鹿!」

「ええと……初めてだったもので」


 うまく扱えなかったね。

 正面の騎士たちに直撃しないよう配慮はしていたけど、振り被り直した時の背後は考えてなかったわ。


「俺の結界易々と突破しやがって!」

「パワーアップしたからねえ」


 アステリってば気を使って城に結界張ってくれてたらしい。それも全部私の俺つえええモードの物理攻撃で突破された。

 見守っていたドラゴンもフェンリルも呆れた様子で溜息を吐く。城の中の魔物たちに被害がないようだからよしとしてほしい。


「あの子たち守れたし、いいでしょ?」

「ここまでしなくてもいいだろが」


 自分から悪役になる必要ないだろ? とアステリが言う。

 確かにそう。

 兵である騎士たちの私に対する視線が元婚約者と被ってしまい無性に腹が立ったし、魔物をだしにして傷つけてきたのも許せなかった。

 魔物たちとはそんな長い時間一緒にいるわけではないけど、側にいて癒してくれる。私の淋しさは紛れたし、大事にしたいと思えた。この城とこの子たちを守れるなら悪役でもいいと受け入れ、そう見えるよう振舞った節はある。


「どう思われても構わないよ?」

「にしたってよ」

「魔王でもいい。聖女やめたかったし」

「屁理屈だぞ」


 アステリに言われたところで、たとえ悪役になって、魔王デビューは果たしたとしても構わなかった。


「私は聖女の力さよならして長生きするの。その為の障害は全排除に決まってるでしょ」


 この出来事は翌日以降の各国の新聞記事に取り上げられ、私は聖女から魔王になったという内容が出回った。

 噂を聞き付け取り寄せた新聞の内容に笑いしか出ない。各隣国シコフォーナクセーとエクセロスレヴォはまだしも、自国パノキカトの記事は魔物を従えた悪の象徴みたく謡われていた。


「ますます神殿に行きづらくなったし」

「自業自得だ、阿保」


 自己犠牲の末に罪を被り、魔王と呼ばれるに至った。まさにテンプレじゃない?

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