第21話 宿の夫婦3
ケヴィンの宿屋を利用する旅人は様々だ。影なのか、影ではないのかなど、気にする暇はなかった。
旅は過酷だ。いくら街道が安全になったとはいえ、盗賊が根絶やしにできたわけではない。
「いい用心棒を知らないか」
商人の言葉に、ケヴィンは頭をかいた。
「いい用心棒なぁ」
言うのは簡単だが、見つけるのは難しい。
「腕が立っても、盗賊の手下じゃぁしょうがねえし。俺たちじゃぁ、わかんねぇよ」
「残念だが、俺もだ」
ケヴィンは、かつての自分が、用心棒としては悪くなかったと思っている。だが、残念ながら奴隷商人に雇われてしまった。雇い主を見分ける目のない、残念な用心棒だった。
「ここは宿屋だろう。客にも色々いるだろう。雇い主を探している用心棒を知らないか」
「無茶を言うなよ」
「少々若くてもいい。剣を扱えるのが数人、同行してくれるだけで違うはずだ」
ケヴィンは、商人にそこまで言われて思いついた。ケヴィンの宿には、若い住み込みの手伝いがいる。孤児院育ちの少年達だ。元、放蕩息子が若者の面倒をみているというので、周囲も好意的だ。嘘ではない。
「警備隊には世話になってるしなぁ。警備隊の若いのに、いいのがいないかとか、聞いてみるさ。給料は払ってくれるんだろうな」
旅の商人だ。警備隊の若手の顔など知らないはずだ。
「もちろん」
「ある程度は前払いしてくれるだろうな」
「おう」
「全額払うなよ。使っちまう」
かつてケヴィンがやらかしたことだ。
「ありがちだな。良い返事を待ってる」
商人は笑った。
思えばそれがきっかけだった。剣を扱えるからといって仕事があるわけではない。ケヴィンの宿に住み込みで働く少年達も、腕は悪くないが、警備隊では人間関係が上手く行かなかった。
ロバートに断った上で、少年達を用心棒として紹介した。少年達は役に立ったらしい。少し精悍な顔になって、誇らしげに帰ってきた。
「俺にも紹介してくれ」
最初は、一人の商人に紹介しただけだった。二人、三人とケヴィンに頼む商人は増えた。
「俺たちにも紹介してくれないか」
旅芸人達にも頼まれるようになった。
「用心棒の仕事はないか」
用心棒をして働く男達が現れた時、ケヴィンはかつての自分を思い出し、まともな雇い主を見つけてやった。
気づいたときには、どっぷりと首まで嵌っていた。ケヴィンの宿は今、用心棒を雇いたい者と、用心棒との仲介所になっている。紹介する以上は責任があるから、ケヴィンも用心棒を厳選しているし、雇い主達の契約違反を見張っている。
読み書きができて、法を学んだことが役に立っている。ライティーザの法を学び、いくつかロバートに改善を要求した。今では、用心棒は許可制で、全員登録されている。用心棒も、雇い主も、契約で縛られている。
一人娘に言い寄ったのは、そんな若い用心棒の一人だ。
「諦めなさいよ」
モニカは言うが、ケヴィンは不満だ。
「家出されるより良いじゃないの」
二度、ケヴィンは家出している。耳が痛い。心も痛い。
「おじいちゃん、おばあちゃんと呼ばれるのも悪くないじゃない」
ケヴィンは、自分がいずれ相手に折れることは分かっている。ケヴィンは、かつて自分達を引き裂いた親のようにはなりたくない。それでも、娘をどこの馬の骨とも知れぬ男に渡したくないだけだ。
「俺を負かしてからだ」
ケヴィンは、その日が遠くないことも分かっている。ロバートから影の長を引き継いだヴィクターに、少年の存在を知られてしまった。
娘と結婚するため、この町で仕事を手に入れたらどうかと、ヴィクターは、あのお喋りな口で少年を唆した。今、少年は警備隊の一員になり、頭角をあらわしつつある。
少年が、ケヴィンを負かす日も遠くないだろう。
「頼りない奴に娘はやれん」
ケヴィンは息巻いてみたが、相手が悪かった。
「どの口がそれを言うんだか」
「面目ない」
若い頃、ケヴィンはいろいろと情けなかった。モニカはそれをよく知っている。
「ちょっとは頼れる男になったと思うけどな」
今日までの紆余曲折の日々は長かった。今のケヴィンは、自分でもまぁ、悪くない男だと思う。
「そうね」
「そうか」
喜んだケヴィンはモニカを抱き締めた。
<最愛との再会 (俺の自慢の孝行娘) 完>
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