第20話 宿の夫婦2

 ケヴィンはリラツ王国の貴族だった。二度の家出を理由に、家族はケヴィンを勘当した。勘当した家族だが、放蕩息子を見つけ出したロバートに、仕事を世話してくれと頼んでくれた。頼まれたロバートが、政治とは関わらないですむ仕事を世話してくれた。モニカにそう説明したのはケヴィンだ。


 リラツ王国を出奔し、ライティーザ王国にたどり着いて早々のケヴィンの荒れた生活を知っているモニカだ。あっさり納得してくれた。


 そこまではよかった。想定外の事態となったのはその後だ。

「ケヴィン、あなたねぇ。二度も家出して、ご家族に心配をかけたんでしょうに。私のためってのはありがたいわよ。嬉しかったわ。そりゃあね。感動したわよ。でも、別れ際のあんたの言葉を信じて、待ってた私も相当馬鹿だとおもうけどさ。あんたも馬鹿よ」


 モニカは呆れたと笑いながら言葉を続けた。

「お貴族様ともなれば、名誉だなんだとややこしいことくらい、私でもわかるわよ。放蕩息子を泣く泣く勘当して、隣の国の貴族に頭を下げて、世話してくれって頼んでくれたんでしょう。お貴族様なんて、自分が一番偉いと思ってるでしょうに。感謝しなさいよ。感謝。なんなら、御礼の手紙くらい送ったら。放蕩息子の成れの果てが、不義理な男ってのはいただけないわね」


 モニカに言われなくても、ケヴィンもわかっていた。ケヴィンの家族は貴族どころか王族だ。モニカが言うように、一番偉いと思っているのでない。本当に最強の権力を持つ存在だ。先祖と、狼の一族の本家は、袂を分かってもいる。どんな思いで、頭を下げたのか。ケヴィンが、あえて目を背けていたことだ。考えたくないことでもあった。


「縋るお前を突き飛ばしたのにか」

ケヴィンは思わず恨み言を口にしてしまった。モニカに聞かせる話ではない。ジュードに突き飛ばされたのはモニカなのだ。


 乳兄弟のジュードは、穏やかな気質で、女性に乱暴するような男ではなかった。ジュードの裏切りは、今もケヴィンの心に引っかかっていた。


「突き飛ばされたりしていないわよ。お金が入った袋を握らされて、生き延びろって言われたわ。お貴族様が泣きそうな顔してるんだもの。驚いて、躓いて、立てなかったのよ」

モニカの話は初耳だった。

「袋には、金貨も含めて結構あったわ。おかげでしばらく部屋代も払えたし、リズも無事に産めたわ。あの人にも都合はあったんじゃないの」

「あぁ。あった」

ジュードは乳兄弟だ。リラツ王国の貴族だ。ジュードにはジュードの家族がいる。王命には逆らえない。


「私はあんたと別れたくなかった。あの人は、あんたを連れ戻さないといけなかった。でも、本当はあんたを連れ戻したくなかったのかもとか、私もいろいろ考えたわよ。いい話もあったのよ。騎士団の寮で働いてたもの。でも、あんたは戻ってくると言ったし、あんたを連れ去った人には生き延びろって、お金を握らされたし。踏ん切りつかずにいたら、この年になったのよ。全く。責任とってくれたからよかったけどさ」


 苦笑まじりのモニカの告白に、ケヴィンは唇を噛んだ。ジュードからは何も聞かされていない。

「無事だって、御礼の手紙くらい書けたら良いのにね」

「あぁ」


 ケヴィンはモニカの腹を撫でた。

「この子のことも報告しないといけないしな」

死んだ事になっているハミルトンの子供だ。王位継承権とは関係がない。別に知らせるつもりなどなかった。だが、兄達にとっては、甥か姪かのどちらかだ。


 ケヴィンは、別れ際の次兄ロレンスの乱暴な挨拶と、無骨な次兄に目に溜まっていた涙を思い出してしまった。


 定例報告の日のことだ。

「もしよろしければ、手紙を届けていただけませんか」

ケヴィンの頼みを、宰相と外相を兼任するロバート・マクシミリアンは快諾してくれた。 


 署名のない、見覚えのある文字が並ぶ手紙を受け取ったケヴィンは、思わず泣いてしまった。離れて、もう二度と会えない家族が、家族同様の人たちが懐かしかった。


 二度と会えないと思っていたのは、ケヴィンだけだったことは後に判明した。権力というものは恐ろしい。


 ロバートの息子の婚約式に、海軍大臣のはずの次兄ロレンスが、外相代行という肩書を手に、外相補佐官に収まったジュードと、ライティーザ王国にやって来たのだから驚いた。


 一人娘は、叔父のロレンスに懐いた。ケヴィンは、次兄ロレンスが、海賊にしか見えないことに、感謝した。娘は、父親が元王族だと、知らないままに元気に育っている。大変腹立たしいが、仲の良い少年もいる。最も腹立たしいのが、その少年を娘に引き合わせてしまったのが自分だということだ。


 ケヴィンは、自分が始めた宿屋の親父の副業が恨めしかった。

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