第10話 男子厨房に入る
ケヴィンはマクシミリアン公爵邸の厨房に居た。
「包丁は扱えたほうが、色々と便利だが、その年で、あんたも酔狂だな」
調理長は、首を傾げながらも、ケヴィンの頼みを聞いてくれた。
芋を洗って、皮を向いて、切る。他の野菜の下ごしらえも教えられた。
「これから厨房で働くのですか?」
調理師見習いの少年に聞かれた。南で、新しく王太子領となった土地から来たと教えてくれた。
「そういうわけでもなくて。そういうお前はどうして厨房で働くんだ」
「私はお話しましたように、南の出身です。前の領主様が処罰された後に、王太子様御一行が、私の住んでいた貧民街で炊き出しをしてくださったのです。そのときに、私達のような貧民にまでお気遣いくださった王太子様に、感動して、ぜひ、近習の方々のようにお仕えしたいと思って、押しかけて今に至ります」
見習いの思いがけない話に、芋を洗っていたケヴィンの手が一瞬止まった。
「当時は、ボロボロの服とも言えない布を身にまとわりつかせただけの小僧です。マクシミリアン公爵様が、当時は近習でいらっしゃいましたが、私の訴えを聞いてくださったのです。『そこまで熱心ならば、今のお屋敷では人手が足りませんから、手伝ってください。ただ、絶対に裏切らないことを誓ってください』と、おっしゃってくださいました。王太子殿下も、マクシミリアン公爵様も他の近習の方々も、南の屋敷で暮らしておられたころのことです。私は頑張りました。言葉遣いも必死で覚えました。私の不作法が、私の訴えを聞いて下さった公爵様の汚点となってはなりませんから。王都に戻られる時、どうしても連れて行って欲しいと懇願して、王太子宮で勤めておりました。マクシミリアン公爵様が、この屋敷に移られる際に、希望して、現在に至ります」
元貧民とは思えない相手に、ケヴィンは内心舌を巻いた。
「近習になりたかったなら、何故、厨房にいるんだ」
「最初は、近習に憧れました。炊き出ししてくださった方々ですから。でも、お屋敷で働いている間に気付きました。私は、私の命をつないでくれた食事をくださった方々のようになりたかったのです。だから、食事に関わることをしたいと、お願いして、その時から厨房にいます」
会話をしていても、見習いの少年の手は止まらない。
「マクシミリアン公爵様のお食事が質素な理由はご存知ですか。その話を、人づてに聞いて、だったら、公爵様を裏切らないと誓った私が作って、召し上がっていただこうと思って、公爵邸に来ました。それに、私には一つ、ちょっとだけ自慢があるんです」
少年は屈託のない笑顔で笑った。
「私が今、あなたに教えたことは、全部、私が南の屋敷にいたときに、マクシミリアン公爵様から教わったことです。公爵様は、小さな子達に教えてあげた時のことを思い出して、懐かしいといいながら、教えて下さいました。私に包丁の持ち方を教えてくださった最初の師匠は、マクシミリアン公爵様です」
「それは、凄いな」
ケヴィンは、当たり障りない相槌を打った。
刃物とあれば、何でも使いこなすのか。ケヴィンはふと、そんなことを思った。
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