第7話 リズに感謝を

 マクシミリアン公爵邸から、グレース孤児院までの慣れた道を歩く。そこかしこに、警備隊がいる。聖女ローズの拉致事件をきっかけに、始まった制度だと教えられた。


 ケヴィンは拉致には関わってはいない。だが、ローズを奴隷として売り飛ばそうとしていた奴隷商人達に用心棒として雇われていた。かつて自分が仕出かしたことを思うと、難しいとは思うが、警備隊の一員になれないかとも思う。このまま居候ではいけないと思うのだ。


 日中の大半をケヴィンはグレース孤児院で過ごしている。屋根や壁や棚の修理といった力仕事を手伝っていたが、少しずつ修繕すべき箇所は減っていた。


「リズの母ちゃんはそのうちくるよ」

子供達が慰めてくれるが、このまま会えないのではと、不安になってくる。


 ケヴィンはリズの墓石に触れた。

「またくるな」

帰ろうと思った。毎日、グレース孤児院に来るのが、怖くなっていた。モニカが来ないという現実から逃げたくなっていた。


「あ、リズの母ちゃん」

突然子供達の声がした。


「クリフ」

長く名乗っていなかった名を呼ぶ声がした。

「モニカ、か」

懐かしい絵姿のとおりの女がいた。モニカの目から涙がこぼれ落ちた。

「モニカ。モニカだよな。モニカ。帰ってきた。迎えに来たんだ」

ケヴィンは、ようやく会えた最愛の人を抱き締めた。

「リズに、モニカにお祈りに来てくれって伝えてと頼んだんだ」


 会えなかった娘の親孝行が嬉しかった。


 モニカが、リズの墓参りに来るのが遅れたのは、モニカらしい理由だった。モニカは、貴族の館にある騎士の宿舎の寮母だといった。騎士見習いの一人が、病気をして看病してやっていたのだ。


 因みに、今日のモニカの護衛はその見習いだった。ちょうど、国を飛び出したころの自分と似たような年齢だ。つい懐かしくて見つめたら、平身低頭謝られてしまった。


「体が辛いのに、たった一人なんて、可哀想だったの」

モニカが微笑む。

「懐かしいな」

ケヴィンは頭を掻いた。クリフと名乗っていた当時、ケヴィンもモニカの世話になった。

「変わってないなぁ」

ケヴィンの言葉に、モニカが苦笑した。

「年はとったわ」

「お互い様だ。探したんだ。遅くなってすまない。どうにも見つからなくて、どう探したらいいかも、わからなくて、遅くなった。色々あって、今はケヴィンだ」

ケヴィンの言葉に、モニカの目に涙が浮かぶ。


「もう、ほとんど二十年よ。リズが生まれる前だもの。もう、諦めていたわ」

モニカがそっと、リズの墓石を撫でる。

「俺は、モニカとの約束は絶対に守りたかった」

「ありがとう。色々あったでしょうに」

「モニカもだろう。ケヴィンになった理由も話すよ。今、厄介になっている人のところにも、挨拶に行こう。御礼もだ。その人のおかげで、モニカがここに来るってわかったんだ。モニカが会ったら、びっくりする人もいる」


 ケヴィンの誘いに、モニカはまた後日としか、答えてくれなかった。寮母としての仕事がある。主の許可が必要だからと、断られてしまった。モニカは使用人だ。主の許可なく、仕事の持ち場を離れることなど出来ない。騎士見習いをモニカの護衛につけてくれる主の、寛容さに期待するしか無い。


「じゃぁ、またな」

「えぇ」

ケヴィンはモニカをもう一度抱き締めた。モニカも、名残惜しそうに何度も振り返った。また会える別れだ。ジュードに見つかり、力尽くで連れ戻されたあのときとは違う。


「リズの父ちゃん、よかったなぁ」

口々に叫びながら、飛びかかってくる子供達をケヴィンは受け止めた。

「あれ、リズの父ちゃん、泣いてる」

「泣いてる、大人なのに」

子供達の言葉に、ケヴィンは涙を拭った。

「大人でも泣くさ。嬉しくて泣いてるんだ。お前らのおかげだ。ありがとうな」

もう、モニカは来ないかも知れない。なんどそう思ったことか。


モニカに会えないまま、グレース孤児院へ通うのは辛かった。何度もう諦めようとおもったことか。その度に、また明日も来てねと言ってくれる子供達の言葉がケヴィンの背を押した。

「ありがとうな」

ケヴィンは、この子達を迎えに来たわけではないのだ。


「ねぇねぇ。おじちゃん、また明日も来てくれる」

「おじちゃんだけど、リズの父ちゃんって、呼ぶんだよ」

子供達の会話に、ケヴィンは泣き笑いになってしまった。

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