最愛との再会 (俺の自慢の孝行娘)
第1話 かつての自分と今の自分と1
剣術の指南は受けた。市井での暴力沙汰も経験した。だから、自分は大したことはないと知っていた。それでも、ある程度は強いとは思っていた。特に、正規の訓練しかうけておらず、型通りの戦いしか知らない騎士には、不意打ちで勝てると思っていた。
「ありがとうございました」
ケヴィンは、終了した手合わせの相手に頭を下げた。
「ありがとうございました」
相手も同様に頭を下げてくれる。ケヴィンは相手の一撃で宙へ舞った木剣を拾い上げた。未だに全く歯が立たない。
影としての訓練を受ける初日、少々舐めてかかっていたのを見抜かれたのだろう。
「いちど少し、手合わせをしてみませんか」
ロバートの丁寧な口調に騙された。ケヴィンの鼻っ柱はへし折られた。
今後のためには、それでよかったと、今は思える。あの日はもう、その後何も手につかなかった。己の実力も相手の実力もわかっていなかった。今は、己のうぬぼれ具合が恥ずかしい。王族を狙う刺客を退けるために必要な力量を理解していなかった。かつての護衛達にも謝りたいと思った。
今日も、練習試合の形式だが、歴然とした力の差があるため、稽古をつける側とつけられる側は明白だ。ケヴィンの攻撃は、全く相手を捉えることなく、相手は一撃でケヴィンを仕留めた。真剣などで稽古をしていたら、この男との手合わせで、ケヴィンはもう何回も死んでいるだろう。
「相変わらず化け物だな」
ケヴィンの正直な言葉に、相手は小さく鼻を鳴らして笑った。
「褒め言葉ととっておきましょう。そうでなければ、今ここにはおりません」
「そのとおりだが、ぞっとするな」
ケヴィンの言葉に、母親似だという美しい顔の男は微笑むだけだ。
「今は、落ち着いていますが、いつまで続くか。そのためにも、我々が安寧と過ごすわけにはいきません」
「あぁ」
文官を束ね、政を執り行う宰相が口にするには、随分と物騒な言葉だ。だが、この男には、抜身の剣がよく似合う。
ロバート・マクシミリアン公爵。ライティーザ王国建国の双子王武王マクシミリアンの子孫、現在の宰相であり、影の長。一人でどれだけの称号を背負っているのかと思うが、本人は飄々としている。
数年後には、甥のヴィクターに影の長の地位を譲ることが決まっている。それでも、この男、ロバートは鍛錬を続けるだろう。
ロバートは素直でない。
「妻は、育ての親の一人に『腹が出ている男は早く死ぬから、結婚したら駄目だ』と、散々言い聞かされているのです。愛しい妻に捨てられたくはありません」
鍛錬の理由を尋ねる貴族に、ロバートが冗談めかした言葉で答えているのを聞いたことは有る。己を道化などにせず、素直に、妻といずれ生まれてくる子供を守るためだと言えばいいのに、ロバートは素直ではない。
「落ち着いたそうで、よかったな」
ロバートの愛妻、ローズの悪阻は酷かった。日によっては、起き上がることすら困難で、白湯を口にするのが精一杯だったと聞いた。
「えぇ。御心配をおかけしました。お気遣いいただきありがとうございます」
微笑んで礼を言うロバートの、顎の線はまだ鋭い。一時期、周囲が驚くほど、ロバートは痩せた。
宰相補佐である妻ローズは、悪阻が酷く、寝込んだ。補佐なしでの激務で痩せたと考えた人間は多い。実際に激務だ。元はリラツの王族であるケヴィンまでもが、手伝いに駆り出されたほどだ。
身近で見ていたからわかる。痩せた原因は、仕事よりも心労だ。
見事なまでに白いロバートの髪が、元は濃い茶色だったと知った時には驚いた。ローズが拉致され、追跡している間に髪が白くなったと、本人は淡々としていた。拉致よりはましだろうが、腹に子を宿した妻が、目の前で痩せていくのだ。あまりに窶れすぎだが、ロバートとローズは新婚なのだ。初めての子だ。心配するのは当然だ。
ロバートは、ケヴィンにとって恩人であり、娘の友人の夫だ。
「俺でよければ、また使ってくれ。娘の友達の旦那だからな。いいところを見せておきたい。せっかく昔、渋々とは言え学んだ知識だ。その方が、教師陣の苦労も報われる」
かつて王族だった頃に受けた教育が、リラツ王国第三王子ハミルトンとして死に、ライティーザ王国の平民ケヴィンになってから役立つなど思わなかった。
「えぇ。また色々お願いすると思います」
今もロバートの服の首周りは、緩い。
「打たれ強いからな。まかせておけ」
ケヴィンの軽口に、ロバートは苦笑した。
「そろそろ打ち込めるようになれよ」
どこからか、影が、耳の痛い一言を返してきた。
「鋭意努力中です」
ケヴィンの言葉に、あちこちから笑いが聞こえてきた。
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