第11話 男気
「もういっぺん来てくんねぇかな」
ダグラスが、食堂の壁に掲げてある絵を見た。
王太子殿下が、イサカの町にいらしたときに、町の画家が描いた絵だ。王太子様、ロバート、ローズの三人が描かれている。ロバートは遠慮したが、王太子様が、三人が並んだ肖像画がよいとおっしゃってくださったから、この絵がある。
王太子様の斜め後ろに、ロバートが控えるように立ち、隣に立つ小柄なローズと腕を組んでいる。町のあちこちに、同じ絵がある。
町議会の建物の中には、三人の胸像が飾られている。石工は、三人の立像も作った。小さなものだが、いつか許可をもらって等身大をつくって、広場に置くと意気込んでいた。
「俺が死んでも、これがあれば、そっくり同じ、大きな像を作れる」
もう若くないから弟子に任せると、口では言うが、頑固な石工は相変わらず元気だ。
ベンはダグラスの隣に座った。最近、食堂の手伝いを始めた孫が、まかない飯を持ってきてくれた。
「そう簡単には来れねぇだろう」
「まぁな。あの絵の時に、俺は会えなかったからな。でも俺は、後悔してねぇぞ」
「俺は、あの時のお前は、立派だったと思っている」
ベンの言葉に、ダグラスが照れたように笑った。
王太子様がイサカの町に視察にいらした時、ダグラスはこの町に居なかった。警備隊隊長として、アーライル家の兄弟、アランとレオンと一緒に、街道警備のため、町を離れていた。
ダグラスは、町を出る前の晩も、この食堂に来ていた。
「次にいつ来るか、わからんのに。副隊長に任せて、お前が町に残って、ロバートに会えばいいだろう」
ベンの言葉に、事情を知る連中が、皆賛同した。
だが、ダグラスは首を振った。
「俺は、ロバートと、再試合をすると約束した。立派な男になると誓った。ロバートは、王太子様の腹心として、この町に来て、立派に仕事を果たした。今、俺は警備隊隊長だ。王太子様がいらっしゃる今、俺には、警備隊隊長として、やるべき仕事がある。再試合は、それを果たしてからだ」
ダグラスの言葉に、ベンは感動した。思わず拍手をしてしまい、食堂が拍手に包まれた。
ダグラスが、ロバートの再試合から逃げている、腰抜けだという者もいた。警備隊の血気盛んな若い連中は、尊敬するダグラスを嘲る言葉に敏感だった。
ダグラスは、陰口を取り合わなかった。
「弱い犬ほどよく吠える。言わせておけ」
部下を諌めたダグラスの言葉に、ベンは腹を抱えて笑ってしまった。
「ロバートが言っていたな。弱い犬ほどよく吠えるというが、そんな連中のたとえに使われて、犬も迷惑だろうとか、なんとか」
いきり立っていた連中も笑い出し、その場は何とか収まった。
警備隊は、イサカの町の交易を支えている。そのうちに、下らないことを言う者もいなくなった。
「あんたはあの時、男気を見せたのよ」
義理の娘が給仕のついでに、ダグラスに声をかけていく。
「まぁな」
「相変わらず、愛想がないわねぇ」
「ねぇもんはねぇよ」
拗ねたようなダグラスの返事に、ベンは苦笑した。
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