『白波島誌』
綾坂キョウ
漂流
私がその島を訪れたのは、偶然と言うより他ない。
友人の親が所有していた小型船舶で、釣りに連れて行ってもらった際、急に天候が荒れ、ざんぶりと大きな波が小さな船を思い切り揺すったのだった。それも、幾度となく。
当然吐き気を催した私は、胃から迫り上がってきたそれをどうにかしようと、船室から出て慌てて船縁へと走った。友人の父親が止める声が、聞こえたような気もする。
立ち上がった波が何度も覆い被さった甲板は、濡れるどころか脛ほどまでに水が溜まっていた。重たい足を引きずりながら、ばしゃばしゃと、なんとか船縁へむかったのだったが、その時一際大きく船が揺れたのだ。
危ないと感じた私は、咄嗟に近くにあった出っ張りにしがみついた。ただそれは、空のクーラーボックスで、支えの役には立たなかった。
クーラーボックスごと海に投げ出された私は、それでもそいつにしがみつき続け、ざぷんざぷんと波に揉まれながら必死に顔を海面に出すことだけを考えていた。とにかく無我夢中であったのだろう。その必死さ意外には、なにも覚えていない。たぶん、途中で気を失ってしまったのだ。
だから気がついた時には、あぁ、自分は死んでしまったのかとさえ思った。あんなに真っ黒だった空は青く澄み、それを四肢を投げ出すようにして、ぼんやりとただ眺めている自分が不思議で仕方がなかった。
近くで声が聞こえた。言葉の意味が分からなかったのは、全身にのしかかる倦怠感のせいかと思ったが、そうではなかった。それは、日本語ではなかったのだ。
私はいつの間にか、見知らぬ船に乗せられていた。おそらく気を失っている間に、それでもなんとかクーラーボックスにだけはしがみ続けていたのか、引き上げられたのだろう。
私の顔を覗き込んだのは、肌の浅黒い青年だった。彼は日本語でも英語でもない言語でなにかを私に話しかけてきた。私はただ、それをぼんやりと見返すことしかできなかった。喉は痛く、枯れていた。
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