第59話 何て事のない朝

 そして時が過ぎる

 ジョンは鉄格子に凭れ掛かり仮眠を取っていた。辺りには太陽の光は差しておらず一面闇が広がっている、何故なら当然この部屋には窓が無いからである

 そんな中伸びをして眼を覚ますジョン

 ジョンは自分のポケットをゴソゴソと探る、何を探しているのか? 鍵である、今自分を護っている牢の鍵それとその牢を覆っている部屋の鍵の二つを探しているのだ。

 そして鍵を探し出し牢の扉を開き部屋の鍵を開け重い鉄の扉を開く、地下の廊下はジョンの部屋に比べると若干明るい、そして冷たい風がジョンの頬を掠める


「やっぱり此処にして正解だった。素晴らしいな」


 一人舞い上がるジョン・ラム、ジョンは静寂を好む、此処は一切の音が無い、川のせせらぎも小鳥の囀りも何もかも

 しかしジョンはこれから地上へ上がらなくてはならない

 頭を掻くジョン


「あ~あ、朝から憂鬱だね、全く」


 外はまだ暗く太陽がまだ出ていなかった。誰も居ないか警戒しながら屋敷を出て村の外れの森の中でいつも通りトレーニングをする、トレーニングが終わったら屋敷に戻り武器のメンテナンス、そしてようやく夜が明けるのであった。

 これがジョンの日常

 武器のメンテナンスの後始末を屋敷の一階の調理場でしているとナサルが調理場に入って来た。

 ジョンの姿を見た途端ムッとするナサル


「朝からそんな顔をするなよ、皴になるぞ」

「……朝から元気だな、おはようジョン」

「で? 何しに来たんだ? 食いしん坊」


 挨拶も返さず、質問をするジョン


「食いしん坊だと……? 別につまみ食いをしに来たんじゃない顔を洗いに来ただけだ。それを言うならお前だって此処で何をしていたんだ?」

「お前等の分の朝食を食ってやろうと思ってな、残念ながら未遂に終わったが」

「食いしん坊はお前じゃないか……」

「それもそうだな、それじゃ俺は先に失礼させて貰うぜ」

「ジョン、七時からお嬢様達を起こしに行くのを忘れるなよ」

「……あぁ~そう言えばそんなのもあったな、めんどくせぇな」

「お前はマリアお嬢様の執事なんだろう? 文句を言うな」

「いや~面倒だ面倒だ」


 そう言いながら調理場を後にするジョン

 次に屋敷の中庭に出るジョン、中庭の地面を見ながらキョロキョロと何かを探し始める

 探しモノは足跡、しかも今日の足跡である


(この足跡、草の倒れ具合から見て踏まれて間が経ってないな……ブーツのサイズからしてエルのものだろう、ビンゴ)


 ジョンが探していたのはエルの足跡であった。

 エルの足跡は今朝のジョンと同じく森に続いていた。

 エルもジョンと同じく朝一人で訓練するのが日課なのである


 ジョンがエルの足跡を追っている頃エルは森の中で精神統一をしていた。座禅し目を瞑り心を止める

 真っ暗の中でただ揺蕩う


「なってねぇな」

「!?」


 行き成り何者かの声を聞いたエルは飛び跳ねる、そして思考を巡らす。


(こ、この声……聞き覚えがある)


「せ、先生!! 何してるんですか!?」


 エルは木を見上げる、その上で木の枝に座りニヤニヤと笑うジョンを見ているのだ。


  「よぉ、エルお元気?」

「おはようございます。先生、修業中に行き成り話し掛けないで下さいよ! ビックリしちゃいますから」

「何だ只々ボーと座っていただけじゃないのか」

「ち、違います! 精神統一です! 精神統一!!」

「今のがか?」

「……何か文句ありますか?」

「いや、全く無いな、どうでもいい、どうでもいいが今のをやるぐらいなら普通に筋肉トレーニングでもしてた方が効率的だぞ、精神統一をすると集中力が増すがお前のやり方じゃ精神統一が出来ていないから意味が無い」

「え!?」

「お前がやっていたのは瞑想だよな? 精神統一する為の一つの手段だがこいつはまず自分がリラックス状態じゃないと成功しない、お前リラックス出来てたか? 同じ所で同じ体制で居る事にストレスを感じてたんじゃないか?」


 ギクリと思うエル、彼女は動き回る方がリラックス出来るタイプ


「お前は精神統一なんてしなくても瞬時に集中力を増す事が出来る、お前には不要な作業だ」

「そ、そうなんですか?」

「おいおい、自分でそんな事も分からないのか? お前が知らずなんで俺が知ってんだよ、言いたく無いが言うぞ、お前には才能がある、それは間違いないその集中力という一点を見てもそれは言える、何にどの程度集中すればいいか? それを瞬時に理解し実行出来る脳をお前は持っている」


 エルはそのジョンの言葉に面食らう、まさかジョンに褒められると思っていなかったのだ。

 照れて少し顔を赤くするエル、ジョンに褒められて素直に嬉しかったエルだがそんな事ジョンには知られたくない、何故ならそんな事を知られれば絶対に何か言われるからである、なのですぐに誤魔化す


「えへへ、そうですかぁ? ボク凄いですか? いや~先生に褒められるなんて照れちゃうな~」

「クククッお前本当に照れてるだろ? そうやってトボけても無駄さ、それに幾ら才能が有ってもそれを有効に活用できなきゃ宝の持ち腐れ、つまりお前は大馬鹿だという事だ」

「そ、そんな事どうでもいいじゃないですか、それより何でボクの居場所が分かったんですか?」

「お前体臭が濃いからなそれを追ったのさ」


 本当は足跡で追ったのだがこう言った方が面白そうなので嘘を吐く


「え!? そ、そんなそれじゃつまりボクが臭いという事ですか!?」

「つまりそうなるな」


 くんくんと自分の身体の匂いを嗅ぎ始めるエル


「昨日水浴びだってしたのに……そ、それよりボクに何の用なんですか? 臭いと言いに来ただけですか!?」

「お前が一人でシコシコどんな修業をしているのかと気になってな見に来たんだ。そしたら案の定訳の分からない事をしていたからな、笑いに来たんだ」

「悪趣味ですね! 止めて下さい!」

「その悪趣味な趣味のお陰で一つ無駄が無くなったんだ。良かったじゃないか」

「……」

「何だ行き成り黙って」

「酷いです……先生」


 瞳に涙を溜め始めるエル

 彼女はなんと泣き出したのだ。この事態に流石に動揺をするジョン


「な、何だ? どうして泣くんだ? 確かに酷い事を言ったかもしれないがあんな事言われたぐらいで泣くような奴じゃないだろお前は……」

「違います……その事で言ってるんじゃないんです」

「じゃあ、何で泣くんだ?」

「昨日……言ったらしいじゃないですか……ボクに会いたくないってメイヴィスちゃんから聞きました」

「……言ったな、間違いない、ついでにくたばれとも言ったぞ」

「そんな事聞いてないです……何でそんな事言うんですか?」

「そんな事で泣くような奴だと思ってなかったからな、泣くと分かってれば言わなかっただろうよ、今みたいに面倒な事になるからな」


 涙が頬を伝い始める、それを両手で擦り拭き取るエル


「ボクは会いたかったです」

「会いたかっただと? 俺と?」

「そう……です」


 エルが泣きながら恥ずかしそうにそう答える


「……気分が悪くなって来た……」


 エルのその発言と顔を見た途端、顔を青くするジョン


「何故そこで気分が悪くなる!!」


 その大声は木の影から聞こえた。

 影の中から人に話し掛けられる人物は限られている……正体はメイヴィス

 メイヴィスはエルとジョンの様子をこっそりと覗いていたのだがジョンの発言に我慢できず出てきてしまったのだ。


「ひゃ!!?」


 メイヴィスの大声に驚き高い悲鳴を上げるエル


「全く! もう見てられん! お前にはエルの気持ちが分からないのか!?」

「どうだろうな? もし分かっていたとしたら此処で大声で答えても良いのか?」

「貴様!」

「や、止めてメイヴィスちゃん……! ボクが悪いんです。ボクが……」

「エル、お前は何も悪くない、悪いのはこいつだ!」

「はぁ……面倒だな、じゃハッキリさせよう、俺はお前等が大っ嫌いだ。これは冗談でも何でもない事実だ。エルとはとある約束があるから少し話したりする事もあるがそれは好意があってやっている訳じゃない、ここまで言えばいいか?」


 何時もの様に人を遠ざけるジョン

 他人の好意に厚意それ等はジョンとってどうしようもなく面倒で厄介なモノに映るのである、だから遠ざける、地平線の向こうまで

 メイヴィスもこうなるとは思っていたがいざ実際にそうなるとどうしようもなく腹が立った。

 メイヴィスはエルの気持ちに気が付いている、そしてエルを見るメイヴィスの瞳は母の眼


「何故平然とそんな事を言えるんだ!」

「俺だから」


 木の枝に座っているジョンを睨みつけるメイヴィス


「俺はエルの保護者でも身内でも無いんだ。そいつの気持ちを考えてやる義理は無いね」

「……そうか、分かった。もう勝手にしろ! 我はもう知らん!!」


 とメイヴィスは言いエルと共に森の奥へと消えて行く

 そんな二人を木の枝から見て溜息を吐くジョン


「これで本当に関わって来なきゃいいんだがな」


 朝から口喧嘩をして体力を消耗したジョン

 もうそろそろ約束の七時になるので屋敷に戻る、屋敷の一階の階段前にナサルと初老の執事ガルスが立ち話をしていた。


「お二人さん、何の話をしてるんだ? やっぱ答えなくて良いぞ、よくよく考えてみたら興味なかったからな」

「おはよう! ジョン君! 今日も気持ちの良い朝ですな!」

「どうも」


 とジョンの嫌味も気に掛けず笑顔でジョンに接するガルス

 そんなガルスの隣でムスッとしているナサル


「今日は三人か?」

「いや、ジェシカとキャロも一緒だ」

「そういえば二人共使用人をやってるんだったな、ライラは来ないのか?」

「彼女は外で雑草抜きをしているぞ」

「おやおや、可哀想に」

「で? ジェシカとキャロは何処に行ったんだ?」

「使用人服の着替えに戸惑っている」

「手伝ってやれば良いだろ? お前なら率先してやりそうなものだが……」

「自分たちでやりたいのだそうだ」

「なるほど、お前は振られた訳か」

「……もう私はお前の安い挑発に乗らない事にした」

「それが賢明だな、あのまま俺に突っかかって来てたらその内脳の血管が切れてただろうな、クククッ」

「フンッ」

「でも我慢はいけないぜ、ストレスを溜め続けても血管は切れるんだからな、時には爆発させないとな」


 ニヤニヤとしながらナサルを視るジョン

 ジョンはナサルを気に入っているのだ。何故ならナサルはジョンに一切好意を寄せないからだ。好意嫌いのジョンにとってこれは素晴らしい事なのである、気軽に話し掛けられ時に自分に反論や反発してくれる、この距離感がジョンにとってベスト


「まぁまぁ二人共そう喧嘩なさらずに……」

「喧嘩等していません、彼が勝手に独り言を言っているだけです。私は相手にしていません」

「ほぉ、素晴らしいな、お前も一つ大人になった訳だ」


 と三人で話していると使用人服を着たキャロとジェシカが現れる


「御免なさい、お待たせしました」


 とジェシカ


「あ、ジョンさん、おはようございます!」


 とペコリと頭を下げるキャロ


「おぉ、二人共良く似合っていますぞ」

「えぇ、とっても」

「えへへ、ありがとうございます」

「あ、あのジョンさんも似合うと思いますか?」


 と瞳に期待を膨らませ尻尾をパタパタと振るキャロ


「俺か?」

「は、はい!」

「お前達が出て来た時ノーコメントだったという事はつまりは興味無しって事だ」

「え、そ、そうですか……ごめんなさい」


 と尻尾と一緒にションボリと項垂れるキャロ


「うっ! き、貴様……! 言い方というものがあるだろう!」

「やっぱし子供が絡むと途端に駄目になるな、修業が足らんなぁ、クククッ」

「ぐ、ぐぬぬぬ……」

「良い朝……では無くなりましたな」


 いつもの様にマリア達を起こしに行き、食事風景を見て


「さぁ、今日は剣の稽古よね?」

「そうです、お嬢様」


 稽古の為裏庭に出る、ジョンにナサル、それにマリア、ジェシカ、キャロもついて来た。

 マリア、ジェシカ、キャロは動きやすい服装に着替える


「わぁ、すごいね! マリアちゃんは剣も習ってるんだ!」

「えぇ、そうよ、ふふふもっと褒めても良いのよ?」


 すごいすごい! と尻尾を大振りしながら褒めるキャロにそれを受けて得意げになるマリア、そんな二人を微笑ましく眺めているジェシカ

 ナサルも同様

 ジョンは欠伸


「さて、それでは稽古を始めましょう、準備は宜しいですか? お嬢様?」

「えぇ、大丈夫よ! いつでも来なさい!」

「ジェシカとキャロも大丈夫かしら?」


 ナサルがそう言うとジェシカとキャロがマリアの横に並び姿勢を正す。


「はい! 大丈夫です!」

「よろしくおねがいします!」


 そう言ってナサルに一礼する二人、どうやら二人も稽古を受ける様子


「あら、貴方達も稽古を受けるの?」


 マリアはその事を知らなかった様で二人にそう質問をする


「うん、マリアの使用人になるんだもの、マリアを護れるようにならなくちゃいけないわ」

「そうだよ!」

「別に良いのに、大丈夫よ! もしも何かあっても私の身くらい私で護れるわ!」

「ダメだよ! 油断大敵、だよ?」

「一人より三人だよ、一人が戦うより、三人で戦ったほうが安全でかくじつでしょ?」

「ふふふ、その通りですよ、お嬢様」

「そうね、分かったわ、そうに決まったからにはこれから三人で頑張りましょう!」

「うん」

「頑張ろう!」


 と目の前にある稽古に対する意識を高める三人をボーと遠くで木に寄り掛かりながら眺めるジョン

 準備体操を終え本格的に稽古が開始される


「ではお嬢様、素振りを見せて貰います。他の二人は剣を持つ前に筋力トレーニングをして貰うぞ」

「剣はまだダメなの?」

「剣を見るだけなら分からないだろうが剣は重いんだ。それを操るには最低限筋力が要る、技術はその後だ」

「はい!」

「ふふふ、最初は私もそこから始めたのよ? 頑張りなさい」


 この稽古においてはマリアは先輩、なのでここぞとばかり先輩風を吹かせる

 稽古初心者の二人を尻目に剣の素振りを始めるマリア、後輩の前で格好悪いところを見せられない! 格好いい所を見せてやる! と今日は何時にも増して気合が入っているマリア、しかしその気合、入りすぎてしまったのか、剣を持つ手に力が入りすぎて剣を下ろし上げた瞬間その剣が手から抜け何処ぞへと飛んで行く……その剣先はジョンの頭を指し飛んで行く


「!?」


 今まで暇そうに稽古を眺めていたジョンだがこの時ばかりは大慌てで飛んでくる剣を両手で挟み止める

 それを見たマリア達が大慌てでジョンに近づく


「ご、ごめんなさい、大丈夫!?」

「今のはもしかして幻の秘技『執事殺し』ですか? こんな所で拝見出来るとは感激至極、流石マリアお嬢様ですね」

「……今回は何も言い返せないわ……本当にごめんなさい」

「お嬢様!! 剣を持っている時は一切気を抜いてはいけない、そう言いましたよね?」

「はい……ごめんなさい」


 ジョンに秘技『執事殺し』をお見舞いした後ナサルにコテンパンに怒られ、半べそのマリア

 この時何が一番マリアの心にダメージを負わせたのかと言うと良いところを見せようとして失態を見せた事実とそれが原因で怒られそれをキャロとジェシカに見られているという事実がマリアの心を傷つけているのだ。

 それを半ニヤケで見ているジョン


「ナサルお姉ちゃん、そんなにマリアを責めないで……マリアだって悪気が有ったわけじゃ無いよ」

「ジェシカ、剣を持つ前に言って置く、剣というものはな悪気が有ろうが無かろうが関係なく人を傷つけてしまう時があるんだよ、だから持つ者はそれ相応の責任を伴う、しかしお嬢様はそれを忘れて軽率な行動に走ってしまった。だから怒るのさ、もう二度とこんな事が無いようにな」

「……でも……」

「もしこれに不満が有るのなら、お前に剣を持つ資格は無い、館の掃除でもやっていろ」

「ジェシカ、これは私の所為なの余計な事は言わないで頂戴」


 ジェシカとキャロはマリアを心配そうに見つめた後、後ろへ戻る、しかし此処で二人に代わりナサル達に近づく者が居た。


「大きな力には大きな責任が伴う、クククッいい話だな? 剣を持つ持たないで随分と大層なモノを言う」

「何か文句が有るのか?」

「無いぜ、確かにさっきみたいな事をされちゃ俺だって肝が冷える、確かにマリアお嬢様はさっきキャロ達に良いところを見せようとしてそれが原因で力の加減を間違え、結果振り上げた時に剣がすっぽ抜けた。まぁ確かに一見すればマリアお嬢様の精神的未熟さが招いた事件にも見える」

「何だその言い方は実はそうではない、そう言いたいのか?」

「その通り、何故今回マリアお嬢様は剣を放してしまったのか? 手の傷の痛みが原因で放した……それが俺の結論だ」

「な、何? 傷だと?」

「よくマリアお嬢様の手を見てみろよ」


 ナサルはジョンの言った通りマリアの目線に合わせるようにしゃがみ


「お嬢様、手を見せて貰ってもいいでしょうか?」

「え? だ、ダメよ! ジョン! 私の手には傷なんて無いわ! 勘違いよ!」

「無いなら、証明すれば良いではないですか、さぁ両手をよく見える様に開いて見せるのです。簡単でしょう?」

「お嬢様、お願いします」


 ナサルの真っ直ぐな眼に負け、マリアは渋々その小さな白い両手を開いて見せた。

 そこには確かにジョンの言った通り擦り傷が有り皮も数か所捲れている、微量だが剥かれた皮から血が出て滲んでいる


「昨日の夜、寝ずに剣を振るっていたのさ」

「何故黙っていたんですか?」

「……」


 答えられないマリアに代わりジョンが言う


「そりゃ当たり前だろ、マリアお嬢様は実に”お優しい”お方だ。お前に心配を掛けると思って黙っておいたんだろう」

「そのような手で剣を握ればこの様な結果になると当然分かっていたでしょう? それは優しさではありませんよ!」


 ナサルの葛藤にビクッと跳ねるマリア


「それに一人で稽古をしておかしな癖が付いてしまったらどうするつもりなのですか? 癖を修正するのに時間が掛るのですよ?」

「ごめんなさい……」


 反論などすること無く只々ナサルの言うことを飲み込むマリア、本人も反省していた。


「その手の傷を見つからないように隠していましたがまだまだですね、俺にはモロ分かりでしたよ、まぁこの騎士様は分からなかった様ですが……」


 ナサルは自分に対して怒りを抱いていた。何故ならそれはジョンの言った通りこの手の傷に気が付く事が出来なかったからである


「私も不注意でした。いいですか? お嬢様このような事二度となさってはいけませんよ? 良いですか?」

「はい……」

「マリアお嬢様、一つ聞いて良いですか?」

 

 とナサルに説教されている最中のマリアに質問をするジョン


「今は止めろ」

「何故? 言ったろ、お前に遠慮する義理は無いってな」


 睨み合うジョンにナサル


「止めて頂戴! 喧嘩しないで!」

「……分かりました。申し訳ありませんでした。お嬢様」


 先にマリアの言う事を聞いたのはナサル


「それじゃお嬢様、お聞かせ願います? 何故手が傷だらけになるまで無理をして剣の素振りをしていたんですか?」

「余り話したくないわ」

「話さなければその両頬を交互に引っ張叩いた後酢漬けにしますよ」

「え? な、何よ! それは! 自分の主を脅す気!?」

「おっと、気が付いちゃいました? その通り、脅させて貰いますよ」

「な、何よ! 生意気よ! 生意気!! 酢漬けなんて怖くないわ!」

「酢漬けって言ってもマリアお嬢様が簡単に入る程巨大な容器を用意してその中にマリアお嬢様を入れた後、その中に酢を容器が満たされるまで入れるんですよ? 勿論、容器には蓋をしますから、上から出る事は出来ませんよ」

「そ、そんな大きな入れ物ある訳無いでしょ!?」

「見つけますよ、マリアお嬢様を酢漬けにする為なら地の中海の中、駆けずり回りますよ」

「何を言っているんだ? お前は……」


 思わず突っ込みを入れるナサル


「ふふ、お兄さんって変な人ですね」


 とそんなジョンを見て笑うジェシカ


「どんなに探したってそんな大きな入れ物は無いよ、ジョンさん」


 といたって冷静で常識的な指摘をするキャロ


「この世の中には百パーセントは無いと思えよ、キャロ、人間がスッポリと入るような、透明な容器だってこの世界にはあるかもしれない」


 異世界に飛ばされたジョンは「この世に百パーセントは無い」という言葉をしみじみと実感していた。なので人間が入るような容器など有って当然なのである


「そうなのかなぁ~? う~ん……ジョンさんの言う事も分かるなぁ~そうかそうか……」


 と一人勝手に自問自答し勝手に納得するキャロ


「まぁ、そんな事どうでも良いんです。マリアお嬢様? 言わなくても分かりますよね?」

「……分かったわよ、教えれば良いんでしょ! 別に聞いたって楽しい事なんて一つも有りはしないわよ?」

「それはこちらで判断します」

「ふんっ本当に生意気ね……まぁいいわ、私決心したのよ、私は護る為に剣を習うの、でもそんな事今の私では出来っこないわ、それを前にザッラーに襲われた時痛感したの、だから一刻も早く強くなりたかったのよ、これで満足したかしら?」

「ふーん、そうですか、それで無茶して手の皮が剥がれるまでまるで意味の無い素振りを? クククッこいつは面白い! マリアお嬢様! 貴方は漫談の才能がありますね!」


 とゲラゲラと笑い出すジョン、そんなジョンを顔を真っ赤にして睨むマリア

 最終的に涙目のマリアがジョンをポカポカと小さな両手で叩く羽目になったのであった。








 

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