カオスの遺子
浜口耕平
序章 兵士への道
第1話 少年ロード
遥か昔、何もない真っ白な空間だけが広がっている世界の中心に神が再臨した。
神の名はカオス。
現れた直後、激しい怒りが神である彼女の体から溢れ出し、やがてそれは渦を巻いて一つの世界を形成した。
神の憎悪と怒りによってできたその世界はやがて闇の性質を併せ持つ魔物を生み出し、後に魔界と呼ばれるようになった。
それと並行してカオスは自らの慈悲と愛で空間を満たしていった。
神の慈悲と愛で満たされた空間は光に包まれており、彼女はそこを約束の地として光の世界に鎮座した。
だが、絶対の創造主でも永遠の時間と果てしない世界に少しづつ嫌気がさして自分と同じ姿をした
後に人間界と呼ばれる世界を眺めるためにカオスは魂の世界である虚無の空間を創り、そこで堅牢な扉の奥に入り彼の人々の営みを見守った。
人間界と魔界、二つの世界は互いに渦を巻いて回転しながら次第に接近して世界の片隅で交わることで人間界に魔物が紛れ込むことが多くなった。
彼の光の大地に降り立った醜悪で天を焦がすほどの炎を身に纏った巨人たちは、光を闇に、人間界を魔界へと、地獄のような厄災をもたらした。
この事態を重く見たカオスは人間界に二人の遺子と人間が魔物に対抗できるようにたくさんの神器を与えた。
遺子と神器を持ち魔法の知恵を与えられた人間の活躍により、不死身の魔物たちはタルタロスの奈落へと幽閉された。
闇が消えると天から光が地上を満たした。
永久の闇から生き延びた人々は、魔物たちを追いやった人間を英雄として、カオスを神として、遺子を神の使いとして崇めた。
人間界から去った二人の遺子は魔界に渡り強大な魔物を次々とタルタロスへと堕とした。
カオスは彼らにこう言った。
――私が最後に生み出した者よ、お前たちはこの混沌たる世界を見守れ。これが私の第一の意思である。私が最後に生み出した者よ、お前たちは後に生まれる兄弟を導け。これが私の第二の意思である。私が最後に生み出した者よ、新たなる王を求めよ。世界が新たなる王を渇望した時、希望の王が現れる。これが私の最後の意思である――
鬱蒼とした森林の中に、体を大地に預け安眠している少年がいた。
その幼い白髪の少年の名はロード。年のころは十一、好奇心が旺盛でどこにでもいる普通の子供と大した違いはない。
一つ他の子供と違うとすればロードは孤児であるということだけだ。
生まれたばかりの頃に捨てられたロードは、義理の兄リードによってここまで大切に育てられてきた。
大切に、そう大切に。不機嫌な態度をとらせないように繊細に、大胆に甘やかしてきたおかげでロードは未だに兄離れができていない。
ロードにはリードがいないと何もできないのだ。
そして今日も、薪わりの仕事から一向に帰ってこないロードを心配してリードが迎えに来た。
兄さんは僕と同じ白髪で僕の倍ほどにもなるかのような身長を持った人で、白く立派な顎髭が生えている。
たまに行く町では、僕たちを見るなり可愛らしいお子さんですねと僕の頭を撫でてくる。
子供じゃなーい! とはしゃいでも周囲の人からはそれが余計に子供に見えるらしい。何でかは知らないけど……
とにかく! 兄さんは兄さんで僕のパパじゃないことは確かだ。
「おいロード! 起きろ! 家に帰るぞ!」
もうなに~? また兄さんが迎えに来たの…… もう少し眠らせて~、と心の中で思ったりもしてみた。
兄さんは優しいからちょっと帰りが遅くなっていたとしても許してくれるはず、絶対に怒るはずがない。
だから、僕は兄さんが肩を揺すっても目を開けようともしなかった。兄さんは怒らないもん!
だけど、だんだん肩を揺すっている兄さんの力が強くなってきた。これはまずい、兄さんは絶対に怒っている。
「うわわわ! 今起きたよ兄さん!」
「嘘つけ! お前が起きても寝ようとしていたことぐらい俺には分かっているぞ!」
嘘の居眠りに気づいた兄さんがますますヒートアップしそうな雰囲気を醸し出していたけど、結局兄さんは僕が起きたらそそくさと僕が集めた薪が入った籠の方へと向かった。
兄さんは僕の集めた薪を見るなり、「小さくて薪に使えるものがないじゃないか。ったく木ぐらい魔法で切り落とせるようになれよ」と嫌味を吐いた。
僕が魔法を使えないことぐらい兄さんは分かっているはずなのに。
そして、一生懸命に大きな斧を必死に振るって頑張って集めた薪を小さいからと言って籠からポイポイ外へと投げ出している姿に、僕は涙が出てきた。
「でもでも…… 僕一生懸命集めたんだもん! わざと小さいのを集めたんじゃないもん!!」
僕は体を上下に激しく揺さぶりながら、自分の薪集めの成果を強調した。
兄さんは後ろを振り向いて僕が泣いている姿を見ると、僕の方に駆け寄ってきて頭を撫でた。
赤ちゃんを撫でるような優しい撫で方に少しムッとしたけど、すぐに兄さんが謝ってくれたので嫌な思いはどこかへ消えていった。
兄さんは自分がゴミだと言って投げ捨てた薪を再び籠の中に入れていっぱいにした。
一つ一つは小さくても重量は変わらないのだから燃やす素材としては使えないこともないと言っているけど、僕にはどういうことかさっぱり分からなかった。
兄さんが薪を集めている間、僕は地面にお尻をつけて兄さんにどうしていつも僕を迎えに来てくれるのと聞いた。
「ああ? それは夜になると魔物があちこちを闊歩するからだ」
「でも僕、魔物なんて一回も見たことないよ。兄さんが嘘ついているだけじゃないの」
そう僕は一回も魔物を見たことがない。兄さんはいつも僕がこの森へ向かう時、日が暮れる前に戻って来いと耳が痛くなるほど言っているけど、見たことがなかったらいないのと同じなのに……
だけど、いつも僕を迎えに来てくれるから最近は本当に魔物がいるんじゃないかと気になっているのは兄さんには内緒だ。
今まで散々魔物の実在性を疑ってきた僕には素直に開き直って兄さんの話を真剣に聞くことはできなかった。
だから、こうやってなんでもないかのように聞いているんだ。
……あれ? どうしたんだろう? 僕が最後に行った後から兄さんの手が止まってこちらの方へと顔を向けていた。
「ど、どうしたの兄さん?」
「なにかと思えば最近はよく魔物に関することを聞いてくるなあと思ってな~」
「べ、別に魔物に最近興味出てきたってわけでもないし、魔物を倒したいと思ったこともないから!!」
早口でまくしたてて否定する僕を見て兄さんは嘲るように口角が少し上がっていた。
僕の意図を察したのか、兄さんは僕に気づかれないように魔物について話し始めた。
「魔物は世界の創造主であるカオスによって生み出された存在で、人間界とはまた違う魔界と呼ばれる世界に存在している。だが、魔物はいつの日にか人間界へと現れるようになって、人々を絶望と恐怖の淵に追いやったんだ。このままでは滅ぶと考えた人々は魔法を生み出して魔物たちに対抗していった」
「ふーん、じゃあ今も誰かが魔物と戦っているの?」
「ああ、今はエレイス王国、自由国ダグラス、軍事国家ローデイル、ヤマト鳳凰国それぞれの国が管轄している軍が魔物たちの討伐並びに町の治安維持を行っている。どうだ、お前も兵士になってみたらどうだ? あと二か月もしたら今年の入隊試験を受けられるようになるから行くか? 少しはお前の甘ったれた性格を直せるかもしれないぞ」
また兄さんは余計なことを言う。僕が聞きたいことは魔物についてのことで、軍だとか兵士だとかには一切興味がない。
今の兄さんの言い方は僕を兵士にさせようとしているんじゃないかと勘繰らせるほどに露骨であった。
そんな手には乗らない。僕は兄さんと二人でずっと平和に暮らしていきたいんだ。それ以外のことなんか考えたくもないし、兄さんが僕のもとを去っていくと考えるのもしたくない。
だから、僕は拒絶に近い反応して入隊試験のことを断った。
兄さんの顔は暗くてはっきりと見えなくなってきたが、悲しそうな顔をしていることはなんとなく伝わってきた。
全ての薪を拾い終えると、僕はその籠の側面についている紐を腕に通すと勢いよく背負いあげた。
重い…… いきなり背負いあげたこともあり、籠の全体重が一気に下半身に直撃して僕はあまりの重さに籠を下にしてひっくり返った。
ジンジンと痛む傷を堪えながら体を起こそうとしたけど、籠の重さは僕の体重の半分以上あるのかな。とにかく重くて立ち上がれそうになかった。
手こずっている僕を見て兄さんが籠と一緒に僕を持ち上げて自分自身の背中でおぶった。
「もうこんなに暗くなってきているからしょうがなくな」
年端も行かない少年ならまだしも十一にもなった子供をおんぶするのはどうかとも思ったが、今はそんなこと言っている暇はない。リードは二人が住んでいる家へと走り出した。
「わーい! 楽しい!」
久しぶりの背おんぶに僕は興奮した。いつもより暖かくなっている兄さんの体温。息をきらしながら走っている兄さんの姿。
なんだか昔に戻ったみたい! 僕は家につくまでの時間、過去の思い出に浸ることにした。
この生活がいつまでも続きますように、と願いを込めて。
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