第52話 詰責―常闇の魔女―

 

「きゃっ、――いたっ!」



 私は領兵に荒々しく突き飛ばされ、たたらを踏んで体勢を崩して床に倒れ伏しました。


 領兵達は何の抵抗もしていないにもかかわらず、私を乱暴に縛って捕らえたのです。そして、バロッソ伯爵の前まで引き立ててきました。


 痛いほどに後ろ手に固く縛られて上手く立てず、顔だけ上げれば前には伯爵が私を見下ろしていました。


 隣には伯爵の他にガラックさんやオーロソ司祭もおり、連れてこられた私を憤怒の形相で睨み付けています。



「ご命令通り魔女を捕縛してまいりました」

「うむ……」



 領兵の報告に対して尊大に頷いた伯爵でしたが、その目は充血し、眼窩は窪み、頬はこけ、全体的にやつれていました。


 初めてお会いした時とはあまりに違いすぎます。


 きっちりと整えていて清潔感のあった髪は掻き毟ったのでしょうか乱れており、お洒落に着飾っていたお召し物も皺だらけで草臥くたびれてしまっています。


 とても疲れ切ったご様子ですが、その血走った目は何処か鬼気迫るものがあります。



「昨夜、エリーナが死んだ……」



 その声音もやり場の無い怒りと、やるせない失意がない交ぜとなっています。


 それは、怒りと失意がないまぜとなって憔悴した姿でした。

 伯爵は最愛の娘を亡くして悲しみに暮れているのでしょう。



「それは……お悔やみ申し上げます」



 ですが、私が口に出来る言葉などそれくらいしかなく――



「何を抜け抜けと!」

「張本人が他人事のように言いおって!」



 ――ですが、それに対してガラックさんとオーロソ司祭がいきり立ちました。



 どうにも私の言葉は相手の神経を逆撫でしてしまうようです。いいえ、口を閉じていても、それを理由に責められていたでしょう。


 結局、私が何かをしようとしまいと、この方々には関係がないのです。



「貴様がやったのか?」



 地の底から響くような声……


 地底の暗闇から這い出すそれは怒りか、悲しみか、それとも憎しみなのでしょうか。


 伯爵の眼窩が窪んでひときわ大きく見える目が、ぎょろりと私を睨みつけました。



「えっ……私が……何を?」



 その異様な雰囲気に飲まれて、私は上手く言葉を紡げませんでした。



「貴様だ……貴様のせいだ!」

「そうだ、お前が悪いんだ!」



 すかさずガラックさんとオーロソ司祭が私を指さし責め立ててきましたが、逆にそれが私に冷静な思考を取り戻させたのは皮肉でしょうか。



 だいたい、エリーナ様の死はヴェロムの毒が原因ですし――


「エリーナ様がお亡くなりになられたのはとても悲しい出来事ですが、それと私と何の因果があると言うのですか?」


 ――エリーナ様を治療したのはガラックさんとオーロソ司祭です。



 一体全体どんな理由で私の責任になると言うのでしょうか?



「それに、私はエリーナ様のご尊顔を拝謁した事もないのですよ?」

「貴様が呪いでエリーナ様を害したに違いない!」

「神を冒涜する卑き魔女めっ!」



 何という滅茶苦茶な理屈ですか。



「私は薬師くすしであって魔女でも呪術師でもありません。人を呪う力なぞ持ち合わせてはいませんが?」



 皆が私を魔女と呼びます。


 ですが、現実として魔法なんて使えません。

 当然、人を呪うなんてできはしないのです。



「お前の呪いが我々の治療を妨げたのだ。そうでなければ聖水が効かぬはずはない!」

「私のヴェロムの胆薬もあったのだしな!」



 掴み掛からんばかりの形相で迫るオーロソ司祭とガラックさんに、私の心臓がどくどくと早鐘を鳴らし身体は恐怖に震えました。


 私はこの方々が言う魔女ではありません。

 何の力も持たない非力な娘に過ぎません。


 それなのに縄で縛られ身動きを封じられた状態で、目を血走らせた男達に囲まれて罵声を浴びせられています。



 果たしてこれで怯えない女性がいるものでしょうか……

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