第48話 告白―常闇の魔女―
それから私達は、しばらく黙って歩き続けました。
ああ、もうすぐ家に帰り着いてしまいます。
早く我が家へ戻りたい気持ちとハル様と二人だけの時間が終わって欲しくない思いと、その矛盾した気持ちのせめぎ合いをどうすれば良いのか分かりません。
お祖母様はこんな事は私に教えてくれませんでした。
理屈で推し量れない自分の中にある不合理な心を……
「これは軽率な発言かもしれません……ですからご不快でしたら聞き流してください」
突如、ハル様が語り掛けてきました。
「もし……もし、安全に他国へ移動できて、安定した収入が得られるとしたら……移住したいと思われますか?」
「それは……難しい問い……ですね」
移住は最初から無理だと諦めていた私にとって、その仮定は想像した事がありません。
「……この国は私にとって……確かにとても住みにくい所です」
だから、考えてというよりも、自分の奥にある想いを探すようにポツリポツリと心情を吐露し始めました。
そんな私を急かすでもなく、ハル様は黙って耳を傾けてくださいます。
「ですが、同時に大切な想い出もある…場所なのです……」
茂っていた木々が開け、青いラシアに囲まれている見慣れた小さな家が視界に入り、懐かしいような、ほっとするような、そんな郷愁に胸がじんわりと温かくなってきました。
留守にしていたのはたったの数日だと言うのに……
扉の前で立ち止まると、私とハル様は自然と向き合いました。
「どの様な場所であっても、ここには私の帰るべき家があるのです」
私の決意をハル様は黙って聞いていましたが、ふっと微笑むと私を見つめる労わりの青い瞳に優しい光が灯ったのです。
「トーナ殿……もし困った事があれば俺を頼ってください」
「ハル様?」
ハル様がスッと一歩前に詰めると私達の距離が一気に縮まりました。
その距離の近さに私の胸はいやがおうにも高鳴るのです。
それは驚きからか……それとも……
「俺は出来るだけ貴女の力になりたいのです」
「どうしてですか?」
だから、ハル様の気持ちを理解していながら、私はそれをどうしても信じられないのです。
「私のような知り合ったばかりの女にどうしてそこまでしていただけるのですか?」
それでも、私をじっと見詰めるハル様の瞳の熱情が見えたせいでしょうか。
その熱に当てられて、私の全身を血潮が駆け巡って体が火照るのです。
勘違いしてはいけないと思いながらも、この心臓の鼓動を抑えきれないのです。
私は期待してしまっているみたいです。
そんな筈はないのにと、自分の期待と想いを打ち消そうとしました。
ですが、どうしても上手くいかず……
「確かにトーナ殿とは、まだ僅かな時間しか過ごしていませんが……」
ハル様はこんなにも素敵な男性なのです。
とても美男子で、優しく、国家騎士と言う有望な若い男の人……
間違いなく街の女性達から人気があるでしょう。
多くの若い女性がきっとハル様に想いを寄せている筈です。
「トーナ殿を一目見たあの時から、俺はあなたに惹かれていました」
「――っ!?」
ハル様の気持ちが言葉となって私の胸にするっと入ってきて、その想いが私に突然の歓喜を
ですが、それは同時に恐怖を内包した喜び……
感情が入り乱れ、私の心がちれぢれになってしまいそう。
「きっとこれは一目惚れなのでしょう――」
「あっ……」
ハル様の大きな右手が私の頬に添えられて、私は驚きに一瞬ぴくりと体を震わせました。
「――それは育まれた愛に比べてまだまだ軽いものなのかもしれません」
ですが、その手の温もりがとても心地良く、ハル様の瞳が私を……私だけを映すので……私は
「だけど、この数日をあなたと共にし、今この場であなたとの別れを惜しむ自分に……確信したのです」
頬に感じるハル様の体温に、ハル様がゆっくりと掛けてくださる希望の言葉に、私の胸は狂おしいほどの期待に高鳴り、苦しくなりました。
「この想いは本物なんだと」
「ハル様……私は……」
訳もなく私の目から涙が溢れてきます……
「トーナ殿……いえ、トーナさん、俺はあなたが好きです……大好きです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます