第46話 奥底の光―常闇の魔女―
「トーナ殿はこの国を出ようとは考えないのですか?」
ハル様が突然そんな問いを投げ掛けてきました。
メリルさんの状態も安定し治療もひと段落つきましたので、後はソアラさん達に任せて私は家へ帰ることにしたのですが――
片付けを済ませて暇乞いをした私に音もなくハル様が近いてきました。そして、私が気づくよりも早く、さっと鞄を奪ってしまわれたのです。
私が呆気に取られて目を瞬かせると、にこりと笑ったハル様は「今度こそ送らせていただきます」と私の手をぎゅっと握ってきました。
私は一人で帰れると固辞したのですが、「ダメです、送ります」とハル様はしっかりと私の手を握って離してくれませんでした。
振り解く事も出来ず、諦めてハル様のエスコートを受けざるをえませんでした。
――そして、今この森の中をハル様と二人で、私の家を目指して歩いているところなのです。
しっかり手を繋いで……屋敷からずっと……街中でも……
はっきり申しまして、ハル様みたいに素敵な男性から手を引かれて歩くのに私は慣れておりません。
なんだかとてもむず痒いです。
だからでしょう。
あまりの気恥ずかしさにハル様のお顔を直視できず、私は下ばかりを向いて歩いていました。
その道すがら、ハル様が疑問を口にしたのです。
「何故そのような事を?」
思わずハル様の問いに対して、私は問いで返してしまいました。
咄嗟の事でどう対応すればよいのか、判断がつきかねたのです。
しかし、これは聞くまでもない事でした。
これはハル様が私を心配してくださっての問いなのですから。
それでも、街の人達が私を嫌悪し忌避するのが当たり前となっているのと同じく、私は期待する事に、希望を抱く事に、諦めに慣れてしまっているのです。
だから、分かっていても心の何処かで、自分に対して他者からの労わりなど掛けられないと否定してしまうのです。
この様な失礼な対応をしてしまいましたが、ハル様は特に咎めるでもなく、
「トーナ殿が心配だからです」
「あっ……」
真摯な想いの篭められた声に添えられたハル様の両手の温度と、私を真正面から覗く真剣な眼差しに宿る熱量に当てられてしまいそう。
とくとくとくとく……
早くなる心臓の鼓動が、手を通してハル様に伝わるにではないか。
そう考えただけで恥ずかしさに涙が出そうです。
「私などの事でハル様が御心を煩わせる必要は……」
「心配してはいけませんか?」
ああ、そんなに私の中に入ってこないでください。
私は……期待をしてはいけない、希望を抱いては駄目……
そう今まで心に蓋をしていたのに……
「心配なのです。とても……とてもあなたが心配なのです」
ハル様のお言葉は私の心が揺さぶられて……
だけどいけません。
期待はいつも必ず裏切られるもの。
これはきっと勘違いなのですから。
それに、私なんかにこんな勘違いをされたら、ハル様だって困ってしまわれるわ……
でも……でも、ハル様なら……もしかしたら……
いけない……期待も、希望も……微かな光も私には届かない、
だって、私は森の奥の奥……光の届かぬ闇の中に沈む魔女なのだから……
ですが、ハル様の私に掛けてくださる優しさに、胸の奥の奥、誰も届かぬ暗闇の様な奥底に封じていた
そんな
その逸らした視線の先には以前この道端に私が植えたラシアが……いつもの可憐な青から精彩を欠いていて、どこか元気を失って佇んでいました……
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