第44話 責任転嫁―常闇の魔女―


「エリーナ様の病状は悪化すると予測していましたから」



 しかし、私の主張にソアラさんの理解は得られないでしょうし、何を言ってもせんなきことです。


 もう、自分について弁明する無意味さを悟り、理解してもらうのを諦めました。


 だから、私は自分の思いとは別の事を口にしました。

 もっとも、それを聞いたソアラさんは首を傾げましたが。



「ガラックさんの薬で治療されているのにですか?」

「彼らが持ち込んだのは胆薬なんです。魔狗まく毒の治療薬ではありません」



 それに、例え胆薬が魔狗毒の解毒薬であったとしても、それだけでは既に毒により消耗した患者の病状を改善できません。



「私の治療を傍で見られていたならご理解いただけると思いますが、中毒の治療はいつ急変するか分かりません。だから患者につきっきりで看病する必要があるのです――」



 薬至上のガラックさんやグェンさんは服薬を重視し、臨床での医療を軽視していますし、医療の素人であるオーロソ司祭が傷の洗浄をきちんと出来る筈もありません。


 推測ですが、おそらくガラックさんとグェンさんはヴェロムの胆薬を処方しただけで他には何もしていないのではないでしょうか?


 聖職者のオーロソ司祭などはみそぎと称して傷口に聖水を振り掛けただけで満足していそうです。


 毒に侵されて弱っている患者に強力な利胆作用を持つヴェロムの胆嚢を使用するなんて自殺行為ですし、傷口をまともに洗浄しないなど……


 臨床的に何も処置されなかったエリーナ様は、殆ど放置されたのと変わらないでしょう。



「――恐らく強力な利胆作用で下痢を引き起こし重度の脱水症に陥ったか、未洗浄の傷口が膿んで毒が全身に回ってしまったのではありませんか?」

「それが分かっていてエリーナ様をお見捨てになられたのですか!?」



 私の解説を聞いてソアラさんが憤慨していますが、どうして私が見捨てた事になるのですか?



「側従きの話ではあなたの指摘通りエリーナ様は下痢が酷く衰弱し、傷口も黒く変色してしまっているそうです」



 おいたわしい……

 ソアラさんが嘆きました。


 傷口の黒変は組織が壊死してしまっているのでしょう。そして、傷が膿み、その毒が全身に回って状態を悪化させてしまっているのだと予想されます。


 どうもエリーナ様の病状は芳しくないようです。やはり、ガラックさん達はまともに傷の手当てをしていなかったのですね。



「別に見捨てたわけではありません。説明申し上げたのですが、伯爵は私の言に聞く耳を持たず退けられたのです」

「それは……」



 私と伯爵のやり取りを見てはいませんが、私が追い出されるところはソアラさんも見ている筈です。



「で、ですが、あなたならエリーナ様をお救い出来るのではないですか?」

「どうでしょうか……おそらく難しいのではないかと……」



 エリーナ様の病状はかなり進行しているようです。


 医師の方々の力を借りられればまだ助けられるかもしれませんが、もはや私一人でどうこう出来る段階は過ぎてしまっているように思われます。



「最初から申し上げておりますが、この治療は医師の領分なのです。伯爵は早急にテナーさん達に頭を下げて助力を請うべきです」

「で、ですが……」



 なおも渋るソアラさんにため息を吐きたくなってきます。


 この方は私にどうしろと言うのでしょうか?


 この治療は医師の領域です。

 しかし、伯爵は彼らを締め出しました。

 治療に対する説明をしても受け入れてくれません。


 もう私に出来る事など何もないのです。



「とにかく今はメリルさんの病状を確認しましょう。私はその為にここにいるのですから」

「……」


 ソアラさんは何か言いたそうにしていました。



 しかし、私は強引に話を打ち切ってメリルさんの部屋へと向かいました……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る