第42話 苦い記憶―お祖母様の夢―
「ありがとうございました。お陰で娘も助かりました」
小さな女の子を抱えた父親と隣に立つ母親がお祖母様に深く
この方達の小さな娘は喘息を患っているのですが、街の
そこで、この両親は数年前から定期的にお祖母様を頼って森の薬方店にまで娘を連れて訪れているのです。
いつもお祖母様を頼ってこられるので私も顔見知りではありますが、決して彼らは私とは視線を合わせようとしません。
ただ、今回この娘の薬を実際に調合したのは私なのですが……
「既に私は隠居した身ですので……」
「え?」
その告げた突然の内容に夫妻が驚きで目を見開き困惑しましたが、お祖母様は構わず私の背を押しました。
「……今では孫娘の方が私よりも腕は確かですので、薬の調合は全てこの娘が行っています」
「そ、そんな!」
押し出される様に夫妻の前に立った私に二人は戸惑いの色を隠せません。
あなた達のその困惑は私がまだ十四の小娘だから?
それとも、お祖母様と違い未熟そうに見えるから?
いいえ、どちらも違いますね……
彼らの瞳の奥にある嫌悪を表す
ああ、やっぱり……いつもそう……
「これからはトーナが調剤を行います」
「そんな!」
「困ります!」
薬の良し悪しとはこれっぽっちも関係ないのに、黒い髪と赤い瞳を忌み恐れ、誰しも私の薬を拒絶します。
完治した後でさえ、調合したのが私だと教えると、怒りだしたり、疑ったり、今回の様に嫌悪や困惑を
私がどれほど多くの深い知識を得ても、どんなに優れた技術を身に付けても、この黒い髪と赤い眼の薬師を皆が
だから、私はもう諦めました。
私の薬を認めてくれる事を。
私を受け入れてくれる事を。
どれだけ言葉を尽くしても、黒髪赤眼というだけで私を誰も理解してくれません、誰も話を聞いてくれません、誰も歩み寄ってくれません。
だから、私はもう止めたのです。
言葉を尽くして理解してもらう事を。
こちらから
だから、私はそう考えたのです。
ただただ薬師として、治癒師として、力をつければそれで良いのだと。誰も私を受け入れなくても、全ての者に優る薬師となれば患者は私を頼ってくるのだと。
「トーナ……」
そそくさと帰っていく患者の背を見送ってから、お祖母様がおもむろに口を開きました。
「本当にトーナはとても優れた薬師になったわ」
誰も私を認めなくとも、お祖母様が誉めてくれるだけで……今はそれだけで十分。
「あなたは患者の細かい言動もきちんと診ているわ。患者自身でさえ気が付かない病の症状を見逃さない」
脈を取り、心音を計り、体温を測り、汗、呼吸、そういった症状だけではなく、患者の微妙な表情の変化や言葉の裏にある意図……それらの奥に病気が隠されている。
症状だけ追っていたのでは、患者の微かな兆しを見逃してしまう。
患者の発した言葉のみでは、彼らの声無き声を聞き逃してしまう。
この時の私はお祖母様の言った『病ではなく人を診る』の意味がやっと理解できたのだと誇らしげでした――
「薬師として、治癒師として、私にはあなたに教えられる知識や技術はもうないわね……」
ですが……
「だけど、どんなにトーナが優秀でも……それでもトーナが一人になってしまったらこの街では誰もあなたから薬を求める患者はいないでしょう」
だから、お祖母様は存命のうちに私と患者の顔を繋ごうとしていたのですね。
「そして、あなたはそれでも構わないと思ってしまっている……いいえ、諦めてしまっているのね」
お祖母様が私に向ける顔は、とても優しいけれどとても悲しそうで、何よりも温かいけれど何よりも寂しそう……
「トーナはただ義務として病と向き合っている。その責任感から患者を癒そうとしている。あなたは一人で病と戦ってしまっている……戦えてしまっている――」
ああ、お祖母様……
ああ、ああ、お祖母様……
「――それだけトーナは薬剤に対する天賦の才を持っているのだけれど……やっぱり、それだけに人ではなく病を診てしまっているのね」
私の何がいけないと言うのですか?
私は何を間違っているのですか?
ドンドン、ドンドン!
その時、扉を叩く音にびくりと体を震わせ、私は不安と疑念と懊悩を抱えてお祖母様へと顔を向けました。
ドンドン、ドンドン!
激しく叩く音が響き続ける中、それでもお祖母様は静かに私をじっと見詰めているだけでした。
そして、その眼差しには私への寂しさと
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