第39話 脅迫―白銀の騎士―

 

「おい、ハル!」



 いったん騎士団の本部に戻ってトーナ殿を援助する許可を得ようと団長に直談判したのだが……どうしたのだろうか、団長のこめかみがピクピクと痙攣している。



「どういうつもりだ?」

「まだバロッソ伯爵の依頼を達成する為、数日ほど団から離れさせていただきます」



 一般人なら縮み上がりそうな威圧感のある声ではあったが、しかし俺はわずかも動じずあっさり言って退けた。


 俺にはか弱い女性トーナ殿魔の手伯爵どもから守る使命がある。


 そこに何の負い目があろうか。


 正義は我にあり!


 この大義の前に団長の怒り如き恐るるに足りず。



「馬鹿野郎!!」



 だが、まったく悪びれる様子がない俺の態度に、団長の山さえ穿うがちそうな大きな雷が落ちた。


 まったく、団長には気をつけて欲しいものだ。

 俺が気の弱い団員だったらショック死していたじゃないか。



「しかし、バロッソ伯爵の要請を通して俺を送り出したのは団長ではありませんか」



 だが、身がすくみそうな団長の轟雷よりも迫力のある怒号にも、俺はまったくひるまなかった。


 ふふっ、これもトーナ殿への愛のなせるわざに違いない。


 彼女を守る使命が、彼女への俺の愛が、一人で万の軍勢にも立ち向かわせる勇気を与えてくれるのだ。


 もう何も恐れるものなどない。



「ですので、今からバロッソ伯爵の屋敷へ行って参ります」



 早く戻らねば。


 街の連中が抱くトーナ殿への偏見は俺の想像を遥かに越えて酷いものだった。


 そして、主人であるバロッソ伯爵からしてトーナ殿への当たりが強いのだから、あの屋敷にトーナ殿の味方はいないと思った方がいいだろう。


 あそこはトーナ殿にとって敵陣真っ只中。


 ソアラとかいう女もあからさまにトーナ殿を忌避していたじゃないか。


 トーナ殿に懇願したのは、他に治癒師のあてがなかっただけだ。


 診察を始めるとトーナ殿にいきなり食って掛かっていたのが良い証拠である。


 もしあれが他の治癒師なら彼女は黙って見ていたのは明白である。


 何事かあれば、あの女はトーナ殿に危害を加えかねない!



「お、おい…おいおいおいおい!」



 一刻も早く戻ろうと気がく俺を、しかし団長は慌てて呼び止めた。



「待て待て待て待て、ちょっと待ていっ!」



 だが先とは違い、今度は威圧的な態度ではなかった――



「お前、自分の仕事はどうするつもりだ?」



 ――俺の仕事への責任感に訴えに出たのだ。


 俺が少しも物おじしないので、慌てた団長は威圧で抑えつける愚を悟ったらしい。



「団長の方でなんとかしておいてください」



 だが、仕事とトーナ殿、どちらの責任感を取るかなど考えるまでもない。


 この程度は即断即答である。

 俺はしれっと言ってのけた。



「だ、だがなハル……」

「そう言えば――」



 なおも団長が説得を試みるので、その言葉を被せるように遮った。

 にやっ、と不敵に笑うと、気後れした団長が一筋の冷や汗を流す。



「――今回の件はヴェロム討伐が発端ですよね」



 つまり全ては団長の所為だと暗にほのめかしたのだ。



「お、おい、あれはエリーナ嬢がこちらの警告を無視したのであって我らに非はないぞ?」

「そうかもしれません」



 その言い分に相槌を打てば、そうだろうとほっと胸を撫で下ろす団長だったが……甘い!



「ですが、団長なら強制退去させるのも可能だったのでは?」



 あの時、団長はエリーナ様に危険だから退避するようにと警告はした。

 しかし、団長の権限で彼女らを強制退去させる手段もとれた筈なのだ。


 では、団長は何故そうしなかったのか?


 それは、相手がこの地の領主の娘で、強制退去させて心象を悪くしたくなかったからだ。


 だからと言って見て見ぬ振りなどすれば、エリーナ様の身に何かあった時に責任問題になる。


 団長はそれら軋轢を避ける為に、退去するよう警告のみして誤魔化したのだ。


 これで、自分の警告を無視したのはエリーナ様だと責任を転嫁できる。

 姑息ではあるが、上手いやり方でもある。


 俺も団長の立場だったら、やはり同じ事をしたに違いない。



「しかし、あの時は、ああでもしておかなければ……」

「我ら騎士団もお咎め無しとはいかなかった……でしょうね」



 そして実際にエリーナ様はヴェロムに襲われたのだ。


 もし、団長が警告をしていなければ騎士団の責任問題を追及されていた可能性は高かっただろう。


 言わば団長は騎士団全体を守ったのだ。

 だが、団長には悪いが、この件を利用させてもらおう。



「ですが、あの時に団長がきちんと強制退去させておけば、うら若き美女二人が災難に会わずに済んだのも事実ですよね」

「ぐっ!」



 俺の追い討ちに、団長は苦虫を噛み潰したような顔で言葉に詰まらせた。


 仕方なかったとは言え、団長は騎士としても男としても負い目を感じていた筈である。



「……分かった行ってこい」



 果たして俺の読みは正しかった。

 団長はがっくりと肩を落として、しっしっと俺を追い払うような仕草をした。





「覚えてろよ……」



 喜び勇んで部屋を出て行く俺の背後から、地の底から響いてくるような団長の恨みがましい声が聞こえてきた……

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