第29話 背徳―常闇の魔女―
薬剤を並べる場所を部屋に確保し、そこに先程バロッソ伯爵に説明した薬用炭、利尿薬、下剤の他に昇圧剤、解熱剤、鎮痛剤、軟膏……
必要と思われる薬剤を鞄から次々に取り出して効能別に並べていく。
それから、薬剤を量る為の天秤に皿を乗せ、分銅を使って調整する。
薬の他にも油紙や包帯、各種様々な用途の容器……
普通の
特に
だから、薬剤の他に治療で必要なかなりの数量の器具を用意してきましたが、準備にはそれほど時間も掛かりませんでした。
ハル様達が布とお湯を持ってくるまではまだ時間が掛かるでしょうか?
急いで治療に必要になるのは、洗浄用の生理食塩水と補水液です。
その為に準備するものは――
決められた分量の塩と砂糖をそれぞれ天秤で量り取り、それらを持参した幾つもの小瓶に分けていく。
こうやって予製を作っておけば、後は投入するだけですぐに生理食塩水や補水液が作成できます。
その作業も食塩と砂糖を量り取るだけのものですから、さほど時間も取られません。
まだ余裕があるようです。
もう一度メリルさんの身体所見を確認しながら汗で濡れた彼女の身体を
「メリルさん、汗を拭きましょうね」
声を掛けてから汗で重くなった衣類を脱がすと、しとどに濡れた
左腕の包帯が目に留まりましたが、おそらくヴェロムの咬み傷に巻いているものでしょう。
綺麗な肌に残された魔獣の残滓を隠す白い布が痛々しい……
それから私はメリルさんを支えて、彼女の上半身を起こしました。
すると、頬を伝って顎先からポタリと
メリルさんは
ですが、今の彼女は支えないと起きていられないほど力がありません。
メリルさんのぐったりとしなだれている姿が、ぬらりと濡れた
何でしょうか、この背徳感は……
ただ彼女の身体を拭いてあげているだけなのに、何だかいけない事をしているみたいです。
いつもなら診察の為だと割り切ってしまうところですが、今日に限ってこんなに意識してしまうなんて。
これはメリルさんがとても可愛い方だからでしょうか?
ふと、何故かハル様の顏が脳裏に浮かびました。
やはり、あの方もメリルさんの様な愛らしい女性に惹かれてしまうのでしょうか?
少しだけ胸がつきりと痛みます。
でも、この場にハル様がいなくて本当に良かった。
快活そうなメリルさんに似つかわしくない
ハル様が目にしなくて良かったと私は胸を撫で下ろしました。
同性の私でも目が離せないくらいの
こんな格好を殿方に晒すのは
いけません。
この状況になって初めて男性の存在を想起するなんて……
まったく……迂闊すぎです。
どうにも私は配慮に欠けています。
私は患者を前にすると男だとか女だとか、そう言った性差の様な配慮すべき事柄もすっぽり頭から抜けてしまう傾向があるようです。
前回、魔狗毒に侵された猟師のデニクさんを治療した時も、治療の為とは言え何も考えず
若い女性である私に全身をくまなく見られ、回復したデニクさんがかなり恥ずかしがっておりました。
おかげで、少し……ほんの少しだけですが、その後のデニクさんの診察が気不味いものになってしまいました。
どうにも医療の現場にいると患者を一つの
女の身でありながら女性への気配りを忘れてしまうのはいただけませんね。
「ハル様達が戻ってくる前に終わらせないと」
急いでメリルさんの身体を手拭いで清拭しながら、全身をつぶさに観察していきます。
包帯を外して左腕の創傷も診たかったのですが、まだ洗浄用の生理食塩水がありません。ですので、咬傷に関しての診察はいったん保留です。
身体を拭きあげ触診と視診も終わらせてから、メリルさんに新しい寝巻きを着せました。
――かちゃり
その時、扉が開かれました。
メリルさんの着替えが終わった直後をまるで狙ったかの様です。
「お待たせしました」
「布はこれでよろしいでしょうか?」
やはり、入ってきたのはハル様とソアラさんでした。
ほっ……
心の中で安堵のため息が出てしまいました。
間に合って良かった。
本当にぎりぎりでした。
危うくメリルさんの着替えをハル様に見られてしまうところでした……
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