第6話 魔女の胸騒ぎ―常闇の魔女―
「そ、それでお求めになられている薬というのは?」
早く用件を済ませて帰って頂かないと、私の身が持ちそうにありません。
「頼まれたのは
「魔狗と言うとヴェロムの毒ですか?」
この辺りは代々ラシアを育てているお陰で見掛けませんが、森の奥には
その中に
魔狗の名の通り中型の真っ黒な犬の形態をしておりますが、犬の様に可愛らしい存在ではありません。性は荒々しく獰猛にして、群れを成し、強さは
軽い
そんな魔獣ヴェロムの毒。
それに対しての治療法は――
「申し訳ありませんが魔狗毒の解毒薬はありません」
「在庫がないのですか?」
「いえ、あの毒には解毒薬が存在しないのです」
「それは
驚いたハル様は口に右手を当て、少し考える素振りをしました。
何故そんなに驚くのでしょうか?
「ハル様は何故ここに魔狗毒の解毒薬があると思われたのですか?」
「ああ、依頼主から以前魔狗毒に侵された者をあなたが治療したと聞いたのです」
成る程、合点がいきました。
私は少し前に魔狗毒に侵された猟師のデニクさんという方を治療した経緯があるのです。
森で猟をしていたデニクさんは誤って森の奥に入り込んでしまわれ、ヴェロムの群れに遭遇して襲われました。
デニクさんは命からがら逃げのびたのですが、ヴェロムに噛まれた彼は既に毒に侵されておりました。その力尽き倒れてい彼を発見した私が手当をしたのです。
「その時の男が、あなたから受けた治療で一命を取り留めたと街で触れ回っていたそうです」
「デニクさんが……」
気弱だが人の良さそうな人物だったなと思い出されます。
「あなたが魔女だと貶められているのに義憤を感じたのかもしれません。それで彼はあなたに報いようとしたのでしょう」
お気持ちはとても嬉しいのですが、彼の立場が悪くならないと良いのですが。
私の薬を必要としている患者でさえ、この薬方店に来ているのを隠されているのですから。
「確かに私は魔狗毒に侵されたデニクさんを治療しました」
「ですが魔狗毒には解毒薬は無いのですよね?」
ハル様が
何故か大半の方が毒の治療には解毒薬を使用するのだと誤解されています。
「魔狗毒の治療に解毒薬を必要とはしないのです――」
確かに特異的な解毒薬が存在する毒もあるのですが、それは全体のほんの一部でしかありません。
毒に
その為、中毒患者の治療にあたり、補水液、利尿薬、下剤の他に各種症状に対応できる薬剤を使用します。
ですが、最後にものを言うのは患者の抵抗力に他なりません。
「――つまり、魔狗毒に限らず中毒の治療にあたって解毒薬を使う症例の方が稀なのです。毒により現れる症状を正確に読み取り治療を行う必要がありますので、中毒の治療はただ薬を処方する
「成る程、よく分かりました。ですが困りました……」
私が治療法の説明をすると納得したとハル様は頷かれましたが、却って
「解毒薬をあなたから購入するように頼まれていたので、まさか薬がないとは想像していなかったのです」
「先程もご説明しました様に、私ども薬師より医師の分野になります。幸いファマスは医と薬の街ですので、優秀な医師が多数おられます。そちらにお願いされては?」
「確かにそれが最善のようです……」
私の提案にハル様は少し考え込みました。
「しかし、私からの説明では依頼主を説得できるかどうか……できればトーナ殿にご足労を願えないだろうか?」
「私が、直接ですか?」
そうなれば私は街へ赴かなければなりません。
迫害を受けている身ですので、街へは必要以上に関わりたくないのですが……
「ハル様の依頼主は厄介な御仁なのですか?」
「この地の領主バロッソ伯爵です」
「――ッ!?」
私は息を飲みました。
「
これはかなり面倒な事になりそうです……
――≪解説≫――
【中毒】
中毒とは「毒に
分類の仕方は色々とありますが、基本的には急性中毒と慢性中毒とに分け状態に合わせた治療を行っていきます。
作中でトーナが語っているように、ゲームや物語などで登場する解毒薬というものはごく一部の毒物にしか存在しません。
ですので、現代医療では輸液が基本治療となり、CHDF(透析性のある物質のみ)、利尿剤(腎排泄型の場合)、下剤と薬用炭(糞便排泄型の場合)を使用し、循環や呼吸状態をモニタリングしながら随時対処となります。
胃洗浄という手段もありますが、基本的に運ばれてきたときには既に胃を通過している可能性が高く、それほど頻繁には行いません。
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