第3話 白銀の来訪者―常闇の魔女―


「あなたが噂の魔女殿か?」



 騎士様の第一声がそれでした。


 銀糸のようにサラッとした髪に澄んだ青い瞳。

 白皙はくせきの顔は整っており、かなりの美男子です。


 恐らく私より幾許いくばくか歳上だと思われます。


 声も凛々しく、耳に心地よいとても素敵なものでした――内容はかなり不躾ぶしつけでしたが。


 魔女だなんて初対面の女性に投げ掛ける言葉ではないでしょうに。まあ、この蔑称を投げられるのは、私にとって日常茶飯事で慣れておりますが。


「黒い髪に赤い瞳は話しに聞いた通りですね」


 烏よりも黒光りする髪と、血の様に真っ赤な瞳。


 これが原因で私は街で魔女とそしりを受けています。


 もちろん魔女など根も歯もない中傷ですし、当然ですが私は魔法も呪いも使えはしません。


「私はただの薬師くすしです。魔女をお探しなら他を当たってください」


 にべもなく対応する私に、騎士様は申し訳なさそうに軽く頭を下げました。彼の表情に嫌悪の色はありませんので悪気は無かったのでしょう。


「それは失礼をしました。だが、街の者達があなたを魔女と呼ぶのも頷けます」

「私の髪がおぞましい黒色で、瞳がけがれた血の色だからですか?」


 この人は私を怒らせたいのでしょうか?


「いえ――」


 ですが、私を魔女と呼んだ騎士様の声には、街の者達から投げられるような侮蔑の響きはありませんでした。それに、彼の澄んだ青い瞳には街で向けられてきたのと同じ嫌悪の色は見て取れません。


「――あなたが余りにも綺麗だから。とても人とは思えない美しさです」

「――ッ!?」


 続けて騎士様の口から飛び出したのは突拍子も無い殺し文句。あまりの事に私は絶句してしまいました。


「濡れ羽よりもつややかな黒髪はとても美しく、鮮やかな赤い色の瞳はルビーよりも輝いています……あなたの美貌を見れば、誰しも魔女ではないかと疑いたくなるのも頷けます」


 私は悪口には慣れていて、誉め言葉には慣れていなかったようです。

 きっと、騎士様の世辞に私の顔は上気して赤くなっているでしょう。


「女性を口説かれたいのなら街へ行かれてください」


 羞恥を隠す為につっけんどんに対応してみたました。が、騎士様は特に気分を害した様子もありません。


「そんなつもりではなかったのですが」

「それではどの様なご用件なのでしょう?」

「ああ、すみません。とある人物より依頼を受けてあなたの薬を求めに来た次第です」


 依頼だと仰るのなら、薬を求めているのは騎士様ご本人ではないのでしょう。


 騎士様を寄越すあたりその依頼主の底意が知れます。


「騎士様が薬を必要としているのではないのですね」

「はい。申し遅れましたが俺はこの国の騎士です。今はこの街ファマスに派遣されているハル・カルマンと申します」


 ドクンッ!


 緊張に私の心臓が大きく跳ねました。


 嫌な予感に、どくっどくっと全身の脈が大きく速くなり、手に握る汗が嫌な感じです。


 この国では地方領主に取り立てられた騎士と国王から任じられた騎士がおり、その区別の為に国に仕える方を国家騎士と呼んでいます。


 彼らは幾つかの騎士団を作っており、それぞれ管轄を持って主要な都市に駐屯しているそうです。


 その政治的な意味は一薬師くすしでしかない私の知る所ではありません。ですが、そんな騎士様に依頼できる人物は限られてくるのは分かります。


「お国の騎士様でしたか……なら依頼主はそれなりの身分の方なのでしょう?」


 ですが、私は動揺を表に出さないよう、表情は努めて平静を装いました。


 実際には心臓がうるさく騒いでおりました。それを鎮めようと私は胸に手を当てて、ゆっくり深く息を吸って吐く。そうして、心を落ち着けてから口火を切りました。


「ファマスは医と薬の街ですよ。わざわざ騎士様が魔女とさげすまれている私の薬方店に来ずとも、街で誰ぞ高明な薬師にお求めになられれば宜しいのではありませんか?」


 ファマスはこの国で一番の医術と薬学の街として知られています。

 優秀な医師も薬師も大勢いるのですから、いわく付きの私を選ぶ必要もないでしょうに。


「それに騎士様も私の噂はご存知なのでしょう?」

「清廉な雰囲気のあるあなたが噂の様な魔女だとは思えません」


 先程は魔女の様だと言った口で舌の根の乾かぬうちに調子のいい方です。


「それに魔女であったとしても、あなたはきっと良い魔女だ」

「――ッ!?」



 騎士様の熱を帯びた瞳と口説くような甘い声に、私の心臓が痛いほどに早鐘を打ったのでした……

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