1章 3節 10話
木々をへし折りながらガイアは森の中に突入した。
思っていたよりも身動きが取れない事に苛立ちを隠せない。
しかし、注意深くモニターを確認しながら、少しでも動きがあれば
マシンガンを乱射した。
森の中に、木々が倒れる音とマシンガンの銃声が鳴り響く。
森の中に逃げ込んだとは言え、これは恐怖である。
巨大ロボットであるFGに対してはあまりにも武器が貧弱であり、
まるで大型のグレズリーに追われている無防備な人間のような心境になる。
彼らはただひたすら森の中を奥へ奥へと駆け出していたが、
心的負担は軽くはなかった。
ウルスらと共に逃げるミネルも流石に疲労困憊であった。
「きゃぁ!」
という声で彼女は草が生い茂る地面に倒れこんだ。
木の根か何かに躓いたのであろう。
ウルスは走るのを止め、彼女に駆け寄る。
「ミネル。大丈夫?頑張って。」
ウルスの優しい声にミネルの顔がほころぶ。
彼は優しい。誰にでも優しいのが玉に瑕だが、
優しくないよりは優しいほうがいい。
「ありがとう。ウルス。」
彼女は顔を赤らめる。
ゲイリから見ると、これは茶番である。
何故なら、ウルスは自分のせいでこのような状況になったということを
自覚しているからである。
この王子は、自分のせいで命を狙われる状況になった同学年の生徒たちに
実のところ、同情しかない。
彼は周囲を巻き込むことになろうが、自分の生き方を曲げるつもりはない。
その事で、巻き込まれる人々は運がなかった。と割り切っていた。
決して自分が悪いと感じる事はなかったのである。
本当に心の優しい人間であれば、周囲を巻き込まぬように生き方を選ぶはずである。
実際彼は王子であって、王宮に入れば命を狙われる危険性はかなり低くなる。
だが、ウルスはそれを選ばない。
王宮の中で警護の人間に囲まれて生きる事など、まったく選択肢になかった。
彼は冷酷な男だ。
ゲイリはそう評価していた。
だからこその、優しさなのだ。
この王子は、人に優しくすることで自分の罪を清算しようとしている。
自分のために命を落とす人間たちに優しく接することで、
自分を許して欲しいと願っている。
そんな男だったが、ゲイリも割り切っていた。
ウルスは何も悪くない。悪いのはウルスの命を狙う輩であって、
彼は何も悪くない。
だから2人は、幼馴染であり親友でありえた。
「ミネル。走ろう。」
ウルスは手を差し伸べた。
自分のせいで命を狙われているわけだが、むざむざ殺させるわけにはいかない。
「えぇ。がんばるわ。」
とミネルが答えようとした時、森にゴゴゴゴゴッという轟音が鳴り響く。
FGのバーニアの音だ。最大出力をかけたのか、空気が振動し、
大気が揺れるのを感じた。
バキバキバキという木々の折れる音が耳を貫くと、一瞬の静けさの後、
彼ら学生の前に信じられないものが姿を現す。
ガイアのFGだった。
ガイアはFGのバーニアを吹かし、一旦空に飛び上がったかと思えば、
そのままウルスらの前に落下してきたのである。
バキゴキガキバキ!
強引な突入に木々が言葉にしにくい擬音を立てながら倒れていく。
いかに頑丈な巨大ロボットとはいえ、木々の中に無防備に
突っ込んでくるのは無謀だった。
木の枝が引っかかり、大木がつられて倒れる。
それはFG側に引っ張られ、ガンッという音と共に、
巨大ロボットの上に倒れこんだ。
FGはそれを受け止め、身動きが抑えられた。
「なんて無茶をっ!」
いつもは冷静なゲイリでさえ、驚愕の声をあげる。
更に言えば、この広大な森の中へ無差別にダイブしたところで、
ウルスの目の前に落ちて来る可能性は万に一つである。
闇雲に突っ込んで来たに違いないが、
ガイアは見事に当たりを引いたのであった。
「がははははは!目標発見!
日頃の行いの成果だなっ!」
巨木に押さえられてはいたが、ガイアは目標であるウルスをモニターに
捉えると、思わず歓喜の声を上げた。
この広い森でまさか目標を見つけられるとは、本人の想像以上である。
「ウルス!ミネル!早くっ」
ゲイリが叫ぶ。今ならまだFGは倒れ掛かった巨木に押さえつけられ
身動きは取れない。
今ならまだ逃げられる。
いや、まだ可能性はある。
そう睨んだゲイリであったが、その希望は即座に裏切られる。
FGは作業用として開発されており、災害救助などでも投入された。
土砂崩れ災害時に2次災害が起き、救助に向かったFGが
土砂に埋もれることになったとしても耐えられる設計が組まれている。
従って、巨木とは言え、一本や二本の木に倒れ掛かられたとしても、
壊れるような柔な設計ではない。
ブッシュー!と一度排気音を鳴らすと、FGはゆっくりと巨木をどかしにかかった。
この臨機応変に動ける能力がFGのFGたる所以であり、
人型である最大の理由である。
コンピュータの計算処理によりベストな足場が選定され、
力場を作ると、腕の部分で障害物を排除する。
全てスーパーコンピュータ「バッカー」の処理能力である。
コンピュータ制御で人間と同じような動きをする事が出来た。
ブシュー!再び排気音を吐き出すと、FGは巨木を持ち上げ始めた。
ゴゴゴゴゴゴゴ!
巨木を持ち上げながらもFGの顔はウルスを向いていた。
メインカメラはウルスを捉えていた。
「逃げるぞっ!」
慌ててウルスの腕をゲイリは掴んだが、ウルスはガイアのFGを睨み返したまま、
動こうとはしない。
ゲイリは、立ちあがれずへたりこんだままのミネルを見る。
「そうか・・・・・・。」
ゲイリは悟った。
ウルスは友達の命を危険に晒す覚悟はあっても、
この場面で、クラスメイトを見捨てて逃げる男ではないことを
ゲイリは知っているからである。
一見矛盾しているようなウルスの思考だが、
その実、一本の筋は通っている。
彼は、自分が選んだ人生を歩むに、誰かが犠牲になることは許容していたが、
自分が選んだ人生の中に、友達を見捨てて逃げるという価値観は存在していない。
矛盾と言えば矛盾である。
覚悟の不徹底と言えるかも知れない。
だが、彼にも美学があり、美学に反する生き方を選ばないという事である。
つまり、自分の信念に基づいた生き方を選択しているのであって、
そこは一貫していた。
「がはははは。観念したかい!坊や。
お前には恨みはないが、自分の生まれた境遇を呪うんだなっ!」
ガイアはじっとこちらをにらみ付けたままの青年に向かって言った。
もちろん、ウルスに聞こえるわけはない。
だが、恐怖に震えるでもない一回りも下の青年のその胆力に敬意を払ったのだった。
ガイアの言葉は届いてはいなかったが、FGから放たれる
強烈な殺意を、ウルスはじっと受け止めていた。
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