1章 1節 2話
B38ポイントへの攻撃が始まった。
一同に緊張感が走る。
昨年の卒業生はクリア出来なかったポイントだ。
難所の一つと言われ、ここで挫折した卒業生は多い。
だが、ウルスらはかなり速いペースでここまで来ており、
戦力は十分だった。
「B38ポイントは難所と言われているが、
だからこそ攻略法ははっきりしている。
まず第一段階。
B40-3の砲台の撃破。
それが終ったらB38-5、B38-1の両砲台の撃破。
それだけで事足りる。」
不安な表情の面々に、作戦参謀であるゲイリが説明する。
説明自体は初めてではない。
だが周囲の空気を悟り、改めて説明をする必要性を感じていた。
ゲイリの予想通り、納得していないのは女学生のミネルだった。
「そこですけど、ゲイリ。
B40-3はB40を守る砲台なんでしょ?
B38の攻略に関係あるの?」
彼女は他の女学生の多くが後方の補給部隊に配属されたのとは違い、
その才知で司令部に配置された優秀な学生である。
もちろん、司令部に配置されたのは男性でも成績優秀者に限られていたが、
男性同士では言いにくい事を率先して意見してくれる貴重な存在だった。
そんなミネルに対してもゲイリは冷静である。
「君の持ってる地図は誰が用意したんだ?」
「そりゃ、教官だけど。」
ミネルは教官から配布された資料に目を落とした。
作戦に当たるにあたって、参考になる資料は学校側が用意してくれている。
「そりゃ、教官の罠だな。
B40ポイントは占領してもしなくても大差ない拠点だけど、
B40-3だけは違う。
ここを落とさないと、B38-5、B38-1の砲台を落とすのに
邪魔になるんだ。」
そう言いながらゲイリは机上にある作戦図をなぞる。
B40-3を落とす事で、B38ポイントの右側の広い面積を
利用することができる。
ゲイリは地図に大きく丸を描いた。
B40-3を一つを落とすことで、この
広大な領地を利用できることになる。
それは、B38を右側面から叩ける位置であった。
「ここ、ポイントXとしようか。
B40-3を落とせば、ポイントXから両砲台を攻撃できる。
つまり、B38陥落のポイントは
B40-3の砲台攻略だって事になる。」
わかるか?という表情でゲイリはミネルを見た。
流石にここまで説明されれば、ミネルでも理解できる。
だが・・・。
「こんな簡単な!?
こんな簡単な事を先輩たちは見逃していたって言うの?」
ミネルは先輩たちを尊敬しているクチだったので、
彼らが攻略できなかったB38を自分らが攻略できるとは
考えていなかった。
「現にお前も、B40-3に気付かなかったろ?」
ゲイリは笑う。
思い込みってのは、怖いものである。
先輩が落とせなかったから難攻不落。
B40と書いてあるから、B40の防衛拠点。
どちらも先入観が邪魔をして、正解を曇らせていた。
B38は難攻不落でもなく、
B40-3は、B38攻略の重要ポイントなのであった。
説明をしている内に、前線から続報が届く。
「B40-3!沈黙!!!」
「おお!?」
通信係からの報告で、司令部に歓声があがった。
この計画を立案したゲイリ自身も意外そうである。
「おいおい。もうかよ。張り切りすぎだろ。ガルの奴。」
ゲイリとしては、今回の作戦の肝が砲兵部隊であることを認識していた。
だからこそ、その場所に学年2位の優秀なガルを配置したのであったが、
予想以上の戦果である。
元々喜怒哀楽の少ないゲイリが驚く顔を見て、ウルスが茶々を入れる。
「ゲイリは、ガルの評価が低すぎるんだよ。」
「だってアイツ、冗談通じねぇし。」
ゲイリの答えにウルスは笑う。
確かに真面目なガルは、ゲイリが苦手とする官僚タイプの人間であった。
だが、ユーモアセンスで能力の上下を判断されるのは、
ガルとしては不本意であろう。
正当な評価だとは言えなかった。
彼は無愛想ではあったが、優秀な男である。
続いて通信係が報告をもたらす。
「第1歩兵連隊から入電。
攻めさせろ!
だそうです。」
その言葉に、ウルスとガルは反応した。
「第1歩兵?ティープか。
確かに砲兵ばかりに活躍されて、あいつはイライラしてるだろうな。
任せたぜ!ウルス。」
ゲイリはそう言うと、面倒臭そうに片手を振った。
彼は作戦の立案は得意であったが、兵士たちのわがままに付き合うほど
人格者ではない。
「予定通り、突入はB38-5と1を潰してからだって
ティープに伝えてくれ。
敵司令部への突入時は、砲兵の援護は期待できない。
今は戦力を温存してくれってね。」
ウルスが即座に答えた。
その命令を聞いたゲイリは満足そうに椅子に座る。
自分であれば、命令通り動け!としか言わない所である。
きちんと一言添えるウルスの気配りに感心もしたし、
それが出来るウルスを信頼している。
彼はガルがリーダー向きではない。と言うが、
自分自身もリーダー向きではないことを自覚していた。
そういうのは、学年主席でもあり、王国の王太子である
ウルスの役目である。
そしてウルスも、自分の役割を熟知していた。
「砲兵隊から入電!
目標の完全撃破に成功せり。歩兵隊の突入を望む。
だそうです」
再び司令部に歓声が上がる。
ウルスは歩兵部隊に突入の指示を出し、ゲイリに近付いた。
「早すぎないか?」
ゲイリの作戦を疑っているのではなかったが、
あまりにも上手く行き過ぎているので心配になったのである。
「後でガルに謝っておくよ。」
「そういう問題ではなく・・・」
「その程度の問題さ。」
ゲイリの答えにウルスは苦笑いした。
ゲイリの予測を超える展開ではないらしい。とウルスは安心する。
「だが、前線は一旦後退させるぞ?
B38は攻めにくく守りやすい場所だが、こちらが防衛するには不向きだ。
B38-5と1が落ちている今なら、難攻不落ではなくなった。
再奪取は容易いと思うが?」
ウルスにも考えがあった。
その考えをゲイリに伝えた。
B38は難攻不落のポイントではあったが、
それはB38-5と1が健在の時の話である。
その両方が壊滅している今、B38は難攻不落ではなくなっていた。
むしろ、守りにくい場所となった。
そこを敵に取り返させる事で、後方の敵の戦力を前線におびき出し、
防衛力が落ちたB38でそれを削ろうというのある。
ゲイリは一瞬考えたが、即座にウルスの狙いを察知した。
「そこら辺は任せるよ。ウルス。」
ゲイリからしてみれば、B38を攻略した時点で、
この模擬演習は終了していた。
それほどB38攻略が中央部隊の作戦の肝だったのである。
そこを攻略したことで彼の評価は高まることになるが、
ゲイリ自身はこの卒業演習での成績には全く興味がない。
B38を攻略した事実と、自分の作戦が正しかったことを
ウルスに認めてもらえればそれで良かったのである。
そしてその二つの願望は叶えられられた。
後は、ウルスらが大きな失敗をしない限り問題はない。
そしてその失敗は、ウルスの能力を知るゲイリからしてみれば杞憂である。
目の前の王太子は自分の力で、学年主席を勝ち取った男である。
決して王太子だからとお飾りで主席を張っているのではない。
最難関の難所さえ攻略できれば、後は彼にとってはイージーゲームである。
「ああ、任せてくれ。綺麗に終らせるさ。」
その答えを聞いて、ゲイリは背もたれに体重を預け、両目を閉じた。
彼が卒業演習の勝利を確信した瞬間である。
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