ランブリングジョーカー
神在月ユウ
序章
ただそこにあるだけの存在を、人はどう思うだろうか。
道端の小石。
僅かな隙間から生える雑草。
掠れて見えなくなった横断歩道。
ただ規則的に点滅して色を変える信号機。
ただ空を泳いでいるだけの白い雲。
都市部のマンション、しかも最上階である一八階に独りで住む刀弥は、厳密には誕生日という認識などしていない。ただ何気なく、当たり前のように日々を過ごしてきた、そんな中にある、自分が生まれた日。祝い事など頭にはなく、今日一七歳から一八歳になった。その事実だけが、彼の認識する唯一の事実だった。
ヴゥゥゥン―――ヴゥゥゥン―――
携帯電話のバイブレーションが、テーブルの上で震え、画面に「相城」と表示されている。
部屋の中は暗い。窓から差し込む月明かりだけが、カーテン越しに薄っすらと室内を照らしている。その中で、刀弥は迷わずにテーブル上の携帯電話を手に取った。
ベランダに歩み寄って、電話に出る。
『ちゃほーい』
若い女の声だった。シンと静まり返った室内に、電話を介して無邪気にはしゃいでいるような声がやけに響いた。
『そちらあーちゃんのケータイでオケー?』
やたらと陽気な声は、笑いを堪えているようにも聞こえる。
「あぁ」
刀弥は簡潔に答えたが、電話の女は何か面白くなさそうな声を出す。
『もちっと愛想良くしたほうがいいぞー』
そう言いつつも、女は口早に本題を話し始めた。
『コードレッド。レベルEだよー』
女は一見意味の通じない単語を羅列し、
「コードレッド、レベルE、了解」
刀弥はそれを理解した上で、復唱する。
『そんじゃ、詳細送るので、ガンバー』
電話は騒がしくも切られ、再び室内は静寂を取り戻した。
それからほんの十秒後、携帯電話がメールを受信し、刀弥は内容を確認する。
「行くか」
自分に言い聞かせるように呟くと、携帯電話をポケットに仕舞い、手近にあった小さなバッグを手に取る。
中身を開き、一つ一つ確認を始める。
拳銃一丁。マガジン三本。ナイフ二本。鋼糸。そして円筒状の閃光弾。
それらをズボンに、上着に忍ばせ、玄関へ向かう。
「ハンティングの時間だ」
刀弥の体は、夜の街へ、更なる闇へと消えていった。
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