第23話 行商人アスモさん
俺はいつもの高層マンションに帰宅した。まだ父親は帰っていない。母親もいない。どこかに買い物でも出たのであろうか。
そう言えば、母親の顔をしっかり見たのはいつ以来だろう。仕事人間の父親は仕方がないにしても、母親は毎日家にいるはずなのにだ。
(まあ、いないのはラッキーか)
麻生さんとミックバーガーで食事をしたから、これは都合がよい。さすがに母親の手料理を食べるだけのお腹の容量はない。
「遅いぞ、トオル。お主に20時に部屋に来いといったはずだが」
ばあるはそう言って俺の部屋でむくれている。隣には見慣れない全身黒マントの不気味な人間がいる。
「こ、こいつが新しい商品を売りに来たという奴か」
「そうじゃ。こいつがダンジョンのアイテム、トラップ、モンスターを売っている商人。アスモさんじゃ」
「お見知りおきを……」
ばあるに言われて黒マントの人物は人かどうかもわからない。声は高く女性のような響きがあるが、余分なことを話さないので正直わからない。
「今宵はどれを購入しますか?」
アスモさんが広げたのはメニュー。特別に売りに来ただけあって、いつもと違うものが売っている。
<ガーディアン>
アースドラゴン レベル4 300KP
ジャイアント レベル3 100KP
トロル レベル3 100KP
リザードマン レベル2 10KP
スケルトンメイジ レベル3 80KP
<トラップ>
死の断頭台 床に一時的に固定 天井から鋭い大きな刃が落下 50KP
アンチダイエット 一歩歩くごとに体重が5キロ増加 50KP
ワープ 入ったものを30分前に場所へ戻す 200KP
麻痺 3時間動けなくなる 30KP
針の床 地面から鋭い針が無数に飛び出る 100KP
奈落 どこまでも落ちていく 300KP
鉄球 大きな鉄製の玉 100KP
<素材>
素材1 トラップのレベルを上げる 100KP
素材2 トラップのレベルをさらに上げる 200KP
素材3 トラップのレベルを超上げる 400KP
「なかなか強いガーディアン、強力なトラップがあるね。値段もそれなりだけど」
「そうじゃろう。だからわちきは言ったのじゃ。アスモさんは初期でもめずらしいものをもっておるのじゃ」
「この素材というのは?」
俺は聞いてみた。これは黒づくめのアスモさんに対しての質問だ。
「トラップのレベルを上げるもの……」
そうアスモさんはぽつんと答えた。ばあるが解説する。
「いわゆるトラップのチューニングができるのじゃ。お主が所持している錬成窯はブレが大きいが、この素材を組み合わせると確実に罠やガーディアンのレベルを引き上げるものじゃ。お主の錬成釜は突然変異の部分でギャンブル的なものがあるがのう」
俺は頷いた。俺にはこのゲームに参加する条件でかなえてもらった特殊能力『錬成釜』と幸運の石がある。
『錬成釜』は突然変異を起こす能力だが、ばあるから奪い取った『幸運の石』があれば、いい方向に突然変異を起こすことができる。こうすることで生まれる強力なトラップがないと強い冒険者を倒すことができない。
俺は昨日の稼いだKPが1000ポイントある。これでアースドラゴンとジャイアント2体。そしてワープ、麻痺、アンチダイエット、素材1を買う。
「素材1とワープを錬成釜で合成する。もちろん、幸運の石付きで」
俺は両手を広げた。光が押しつつみ、新たなトラップを合成する。その名前が徐々に現れた。
『ナビゲーションワープ』ができました。
そうコンピューター画面に浮かび上がる文字。
「なんだ、ナビゲーションワープって?」
俺はばあるに聞いてみた。ばあるは少々驚いたようで、羽をパタパタさせつつも画面に釘付けである。
「こ、これはすごいトラップじゃ。レベルでいけば鬼レベル。極悪で鬼畜なトラップじゃ」
「鬼畜?」
「ワープエリアに入った冒険者を任意の場所へ移動できる。ワープだけじゃ、30分前の場所へ戻すだけじゃが、これは任意というのがポイントじゃ」
「任意……ということは……」
「そうじゃ、石の中にいます……で即死させられる」
即死系の極悪な罠が手に入ったようだ。俺はこれを任意の場所へと配置する。
昨日よりも強い冒険者が俺のダンジョンに侵入してくるかもしれない。そうなれば自分もSATOさんも殺されてしまうだろう。
(今日を含めて5日間。俺たちは生き残らなくてはいけないのだ……)
21時まで5分前になった。既に堕天使はゲームに参加している。SATOさんはまだのようだ。そして昨日までいた炭酸の代わりに新しい人物がゲームに参加している。
『オーガヘッド』という名前の人物である。
「おい、ばある。これは誰だ?」
俺は悪魔幼女にそう聞いてみた。
「新しい参加者ぞよ」
「ダンジョンマスターが死ぬと補充があるってことかよ」
「そのとおりじゃ。ダンジョンマスターの一人が死んでも、4人のうち、一人でも生きていればそのダンジョンは復活するのじゃ」
「じゃあ、冒険者は永遠に攻略できないじゃないか?」
「ククク……。強い冒険者は一度潜れば、4人のダンジョンマスターを殺すまで外に出ないものなのじゃ。4人が倒されれば攻略完成ということじゃ」
「……今までの冒険者は弱かったてことか」
「そういうことじゃな。それに増えたダンジョンマスターは初心者が多い。ダンジョンの力が強くなるわけでもないのじゃ。ダンジョンマスターが補充されるということは、お主たちにとっても幸にもなり、不幸にもなる」
ばあるはそう言ってくすくすと笑った。小さな羽をパタパタさせている。
ばあるはさり気なく、幸にも不幸にもと言ったが、これは深い意味をもつ。幸としては、ダンジョンマスター同士協力し合えることである。
1人減れば戦力が減ることは間違いがない。新しいダンジョンマスターが加われば、戦力が充実する。
『不幸』はダンジョンマスター同士がライバルでもあるという点だ。昔からの仲間でも自分の命がかかった場面では、自分を優先することがある。
これは昨日の堕天使がやったこと。そして、それがエスカレートすれば、他のダンジョンマスターを犠牲にしても自分が生き残るという輩がいてもおかしくはない。
「こんばんは」
俺は一応、新しく加わった『オーガヘッド』に挨拶をする。最初に印象よくしていれば、生き残るのに役立つ協力者になるかもしれない。
「……ちわ」
短く素っ気の返事が帰ってきた。どうやら、無視するような奴ではなさそうだ。だが、それだけでいい奴とは分からない。
「オーガヘッドは中学生だ。一応、俺から説明しておいた」
そう堕天使からの返事。どうやら、この時間までに堕天使がこのゲームの恐ろしさや目的を話したらしい。
中学生というのが本当なら、自分より年下となるがこんなネットのゲームで本当のことを言うとは限らない。
(それは話が早い……)
俺はそう思った。それでショックを受けたオーガヘッドが動揺しているのだと考えた。返事が素っ気ないのも不安の裏返しなのだろう。
「オーガヘッドくん、不安がらなくてもいいよ。協力して今日を生き抜こう」
俺はそうキーを打った。ゲームに入れば喋ったことが勝手にタイプされるが、今はまだゲーム時間ではない。パソコンでチャットするのだ。
「ケケケ……」
そうオーガヘッドの答えが記された。
「攻略されたら死ぬゲームだって。面白いじゃん。それにばあるちゃんは可愛いし、これは夢みたいなゲームだ。ボクは非常に気に入った」
堰を切ったようにオーガヘッドが語りだす。一方的にだ。俺は何だか嫌な感じを受けた。文字だけだが、何だか知っている人物のような語りなのである。
「このゲームに参加すると願いが一つ叶うんだろ。僕は何にしようかと思うんだ。ちなみに、まだ選んでないんだよね~」
「だから、女にしろよ」
これは堕天使の返事。彼は脱童貞を願いにした。
「女かあ~。それもいいなあ。クラスの可愛い女子がボクちゃんに惚れるという願いは捨てがたいなあ。よし、願いの候補の第一は彼女にしよう」
「それがいいって。俺は今日もやった女を呼び出したぜ。あんたのおかげで働く気がわいてきたって言ったら、喜んで来たね。それでさっきまでヤリまくったさ。気持ちよかったなあ~。だから、女にしておけ」
(ゲス野郎め……)
俺は堕天使のゲスぶりに嫌気がさした。その引きこもりカウンセラーのお姉さん。堕天使の言葉に騙されておもちゃにされている。
そのお姉さんは、ばあるの言った魔界の契約でそうなった犠牲者なのだ。それを未だに弄ぶ堕天使はゲスである。
そしてオーガヘッドはゲームの参加した地点で自分の願いを決めていないことがわかった。
これは珍しいことだ。普通は自分の欲望をむき出しにしてしまうから、ゲーム参加と同時に願いを叶えるからだ。
オーガヘッドは1日終えてから決めるという。ばあるによれば、願いはダンジョンでの殺戮が始まる前に言えばいいらしい。
今日生き延びれば、明日の開始時に願いを表明するのだ。ある意味、賢いと言える。このゲームの恐ろしさを知った上で願いを考えることができるからだ。
「堕天使さん、そろそろSATOさんも参加します。そういう下世話な話はもうストップで」
俺はそう返事を返した。画面に残った会話の記述の中で、やばい部分はすぐに削除する堕天使。下衆な彼も仲間の紅一点のSATOさんにはよく思われたいらしい。
それと同時にSATOさんがゲームに参加した。
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