第19話 冒険者サイド 悲劇
三叉路まで戻ったパーティ。戦士エインは右方向。南エリアへと足を進める。
北エリアは攻略し、東エリアはトラップで行き止まり。唯一、進める場所である。
だが、情報は皆無。それでも足を踏み入れるだけで金になる情報が手に入る。ここは稼ぐと決めたエインたちにとっては、宝の山のエリアである。
「おや?」
暗がりにボーッと揺らぐ光が見えた。暗い通路の先である。通路は真っ直ぐ3ブロックほど続いたが、やがて左へ曲がり、人間が2人ほど歩ける幅で続いている。
気を付けて歩いているが、ここまでトラップらしきものは見当たらない。
「ウィル・オー・ウィスプだな」
ルードはそう言って戦斧を構えた。低レベルなガーディアンである。
弱すぎてダンジョンでは通常見かけないのであるが、それが浮遊している。
「うりゃあああっ……」
ルードが巨大な戦斧を振り回す。その風圧に揺らぐように紙一重でかわすウィル・オー・ウィスプ。
「ちくしょう!」
「やめろ、ルード。そいつは弱いし、害はないが回避能力だけは高い」
「そうなんですか、エインさん」
まだ経験の浅い戦士のクルスはウィル・オー・ウィスプの動きは初めて見る。
ベテラン戦士の渾身の一撃を小憎たらしくかわすガーディアン。尊敬する先輩戦士であるクルスでも仕留められない光景に滑稽さを覚える。
「ウィル・オー・ウィスプは、不幸を予見する魔物と言われる。気をつけた方がよい」
そう後方のハインリヒ。何もないエリアに攻撃力の弱いガーディアン。何か、意図があるに違いないと判断した。
「やめるんだ、ルード」
「ちくしょう! 忌々しい奴だ」
リーダーのエインに再度制止されて、さすがのルードも戦斧を下ろした。
この重量のある武器では、回避される確率がより高いことも承知である。
だが、そんなルード目掛けて、ウィル・オー・ウィスプはゆらりと近づき、微弱な電流を放った。
それは微弱すぎて、ダメージを与えるほどではなかったが、攻撃を諦めかけた戦士の逆鱗に触れることには成功した。
「この野郎! 殺す、ぶった切る!」
ブンブンと戦斧を振り回すクルス。それに引きずられるように十字路までおびき出されたパーティ。
ゴゴゴゴ……。
大きな音を立てて、後方の壁が動きだした。
「な……」
「退路が絶たれた……」
先ほど進んできた通路を塞ぐように壁ができたのだ。パーティが誘い出された場所は十字路。
壁のできた方向からはガーディアンは来ないだろうが、あと3方向から現れてもおかしくはない。
「全方位フォーメーションだ!」
すぐにエインは命令する。魔法使いゲルドを中心に全方位に対応する戦闘隊形になる。
これなら、ガーディアンが現れても前衛が戦っている間に魔法使いの攻撃を効果的に与えることができる。
「どういうつもりだろうか……。壁のトラップがあるのなら、ウィル・オー・ウィスプでおびき出すのではなく、我々の行方を阻むのがよいと思うのだが」
中央で状況を見守る魔法使いゲルド。壁のトラップの使い方を不審に感じる。
退路を塞いだとうことは、ここで自分たちを葬るつもりなのだろうと考えた。
リーダーのエインもそう考える。自分が担当する東エリアを見つめる。北は戦士ルード。南は戦士クルス。壁がある西方面は僧侶ハインリッヒ。ガーディアンが襲ってきても対応はできる。
「気をつけろ! 来るぞ!」
(何かが起こる……)
エインにはそんな感覚が全身を貫いた。
「わっ!」
バタンと鈍い音がした。
振り返ると魔法使いゲルドが立っていた床の底に穴があいた。
「お、落とし穴か!」
「わあああああっ!」
不意をつかれて穴に落ちるゲルド。
「だ、大丈夫か!」
慌てて中を覗き込むパーティメンバー。穴は3mほど。落ちただけだから、足を怪我するかもしれないが、命には別状はない。底に槍とかトゲとかがなくてよかった。
だが、ゲルドの悲鳴が続く。
「な、なんだ、これは! ネバネバする……」
「ゲルド、それはスライムだ。触れるな、溶かされるぞ」
覗き込んだハインリッヒは、落とし穴の底にグリーンスライムがいるのを目撃する。
スライム自体は弱いガーディアンだが、取り込まれると命を落とすことがある。動きが鈍いのでまず、捕まることは稀だが。
「あ、あああああっ!」
ベトン、ベトン……。
見ている前で天井から新たなスライムが二匹。落とし穴に向かって落ちた。魔法使いゲルドはスライムに完全に取り込まれる。
「まずいぞ、スライムは火に弱い。トーチの火で攻撃するんだ」
そう僧侶のハインリッヒが命令する。だが、攻撃するにしても3m先に穴の底にいるスライムである。
自分が飛び降りればゲルドと同じ運命になるし、トーチの火を投げ込めば、ゲルドごと燃やしてしまう恐れがある。
「ぐおおおおっ……。ブヒブヒ……」
「ここで新たな敵か……。やるな……」
リーダーのエインは自分が担当する東エリアから、オーク戦士が雄叫びを上げて進んでくる姿を発見した。
「ハインリッヒとクルスはなんとしてでも、ゲルドを救い出すんだ。俺とルードであのオークを殺る」
「瞬殺してやる、エイン、行くぞ!」
戦斧を構えるルード。エインも剣を抜く。オーク戦士に二人で挑めば、間違いなく勝てる。
ルードの凄まじい攻撃にたちまち壁に追い詰められるオーク戦士。エインのバスタードソードも幾度となくオークの体を切り裂いた。
「これでトドメだ!」
エインはバスタードソードを水平に構えて鋭く突いた。剣はスムーズにオーク戦士の心臓を貫く。さらにルードの戦斧が頭を真っ二つ割る。
「へ、ちょろいもんだ!」
「ん!」
エインは頭上から殺気を感じた。慌てて心臓を貫いた剣を抜こうとする。
しかし、剣が抜けない。死んだはずのオークの目が開き、ニヤリと口元が緩んだ。
「ルード!」
エインはルードを後ろ蹴りで蹴り出した。その瞬間、頭上から巨大な岩が落ちてくる。
「わああっ……」
蹴り出されたルードであったが、岩に足が当たった。左足が完全に折れる。
「ば、馬鹿な……。エイン……」
激しい痛みの中で巨大な岩から血がドクドクとにじみ出る光景を見るルード。
そして、穴に落ちた魔法使いの断末魔の声がダンジョンの壁や床、天井に響いた。救出に間に合わず、スライムに食われたのだ。
「間に合わなかった……」
2人を失い悲嘆にくれる3人の冒険者たち。その姿をあざ笑うかのようにまたもや、ウィル・オー・ウィスプが舞っている。東の通路に誘うかのような動き。そして、退路を塞いでいた壁が戻り始めた。
「畜生、馬鹿にしゃがって!」
「ルードさん、ここは引きましょう」
左足の応急処置をしてもらい、痛みは神聖魔法で緩和してもらった戦士ルードは悔しさに顔を歪めたが、もう一人の戦士クルスの進言には従う判断はできた。
自分は左足を負傷して戦闘力がない。二人を失い、戦えるのは僧侶のハインリッヒとビギナー戦士のクルスだけである。ここは撤退しかないだろう。
「やはり、かのものは不吉の前兆……」
「誘っているとしか思えません」
「悔しいが撤退だ……。クルス、肩を貸せ」
「はい、ルードさん」
「帰り道は分かっている。1時間もあれば脱出できるはずだ」
ハインリッヒとクルス、ルードは戻り始めた。だが、床の感触が変わっていることに気が付く。
「なんだ、床がヌルヌルする!」
「あ、油床だ!」
「わああっ……」
3人は足を取られる。床が軽く傾斜したので、そのままズルズルとウィル・オー・ウィスプが舞う床まで滑っていく。その先は……。
(岩か……落とし穴か……)
(ギロチンか……爆破か……)
(死ぬ……僕たちも死ぬ……)
バチン!
大きな音と不思議な感覚に囚われる3人。殺人系のトラップが仕掛けてあるとばかり思っていたのに、それはなかった。
だが、持っていた武器がなくなっていた。鎧も服も何もない。真っ裸である。
「そ、そんな……ここで武装解除なんて」
「くっ……俺たちを生きて返さないつもりなのだろう……酷いことをする」
「馬鹿な……。カテゴリー1のダンジョンでこんなトラップがあるなんて聞いたことがない。これは何かの間違いだ」
僧侶のハインリッヒは唖然とする。武装解除するトラップがあったとしたら、それはかなり高レベルなものだ。もっと難しいダンジョンにあるべきトラップが、こんな初級者向けのダンジョンにあっていいわけがない。
「これは生きて帰らなければ……数多くの冒険者の命が失われてしまう」
3人の冒険者はそろそろりと暗がりの中を戻る。だが、三叉路のところで絶望的な光景を見る。武装したコボルト戦士が7匹待ち構えていたのだ。
「死んだな……。まったくハードな展開だぜ」
「ルードさん……」
「おお、神よ、我を助け給え……」
ルードは覚悟を決めた。状況からして全滅は必死だ。裸の自分たちには攻撃から身を守る鎧も盾もない。反撃する武器もない。
僧侶に至っては心が乱れて神聖魔法すら使えない。丸裸になるということは、精神力を根こそぎ奪い取る。
「うおおおっ……」
ルードは折れている左足にもかかわらず、一匹のコボルトに体当たりをする。体当たりをされたコボルトは思わずショートソードを落とす。
「クルス、それを使って逃げろ!」
「ルードさん……」
「ぐわああああっ……」
3匹のコボルトに同時に攻撃されて絶命するハインリッヒ。ルード目かげて襲いかかるコボルト。
クルスは託されたショートソードを振り回すが、もう2人を助けられる状況ではなかった、完全武装なら負けるはずがない戦い。丸腰で裸では勝ち目がなさすぎる。
コボルトは攻撃力こそ弱いが、動きは早い。ショートソードを振り回しながら逃げるクルスも何度か切りつけられたが、その都度、反撃を試みてついには入口までたどり着いた。
最後は、入口を守る衛兵に抱き抱えられ、病院へと運ばれたのであった。
「悪魔のダンジョン……」
一人だけ生き残った若者は、そううわ言のようにつぶやいたという。
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