第15話 トラップ ネイキッド
通路はまっすぐと続く。そこを進めばSATOさんのダンジョン。
侵入されれば、不慣れなSATOさんが十分対応できず、この冒険者だけでSATOさんは殺されてしまうかもしれない。
そして、その方向には俺の最後のガーディアンが青白く輝いている。
ウィル・オー・ウィスプが配置してあり、先に行くのを阻むように浮遊している。
(さあ、どうする……)
ゴゴゴゴ……。先ほどの動く壁が戻りつつある。これで退路が確保された。心理的に後退したくなる。いかにもデストラップがありそうなウィル・オー・ウィスプのいるエリアに踏み込むはずがない。
戦士と僧侶は怪我をした戦士に肩を貸して、戻ろうとした。それが正しい道だ。しかし……。
「不正解だ!」
俺は右手でエンターキーを払った。
「油床、発動」
油床。突如、床から油が染み出し、対象者を任意方向へ滑らせる。俺が指定する滑り先はウィル・オー・ウィスプが存在するエリア。
「ネイキッド!」
俺がそう叫ぶと、チートトラップ『ネイキッド』が発動する。その効果は全武装の破棄。これを打ち消すことは通常では不可能である。
「うあああっ~」
鎧も服も剣も吹き飛んで破棄。丸裸になる3人。自分たちの状況に驚きつつも、その行動の選択肢は1つだけである。もはや、戻るしかない。
3人は裸で恐る恐ると出口めがけて歩いていくのがモニターに映し出される。俺の心は暗くなる。だが、決意は揺るがない。揺るぐわけにはいかない。揺るいだら自分が死ぬだけである。
「このまま生かして帰すわけにはいかない」
「ケケッ……。どうやら、お主はこのゲスなダンジョンのルールを知ったようぞな」
「逃せばダンジョンのトラップに秘密、構造、ガーディアンなどの情報が広がってしまうのだろ? 逃すと厄介なことになる」
「ケケッ……。そうぞよ。一人も逃してはならないぞよ。例え、命乞いをしてきてもその声は聞いてはいけないぞよ」
「とことん、ゲスだな」
「ケケッ……。ゲスとはよく言ったぞよ。そういうお主は極悪だな。先ほどのトラップコンボ。どちらを選んでもネイキッドを発動させたぞな?」
悪魔幼女は俺のことを極悪だと決め付ける。
だが、作戦と言って欲しい。状況的に後退すると思われるが、冒険者の心を完全に読めるわけではない。
もし、この状況でもSATOさんのダンジョンへ向かうなら、それは絶対に避けなくてはいけない。そこで、行かせないように『ネイキッド』を配置する。
だが、行かなかった場合は冒険者を逃がすことになる。これは避けたい。そこで油床。
逃げたい一心の冒険者たちは、100%この罠に引っかかるだろう。つまり、選択肢のどちらを選んでも、チートトラップ『ネイキッド』の餌食になるのだ。
「このゲーム……。冒険者を生かして帰したらとても不利になる」
「ケケッ……」
「炭酸のトラップは完全にバレていた。最低でもトラップの位置は毎日変えないといけないし、得た収入でダンジョンを強化しなくてはいずれ攻略されてしまう」
「そういうことぞよ。ケケッ……」
「本当にゲスだな……。このゲームは」
「だからゲスなダンジョンぞよ」
俺はため息をついた。冒険者を生かして帰すわけにはいかない。それが明日の自分の命を守ることにつながる。
俺は堕天使に援軍を要請する。この状況なら間違いなく自分のダンジョンに温存していたガーディアンを動員するだろう。
「ネイキッドは強力なトラップぞよな。でも、冒険者を殺すようなトラップじゃないぞよ」
「それは心配していない……」
俺の支配するダンジョンから出たところに、堕天使が派遣したガーディアン、コボルト戦士が7匹集結していた。粗末な剣を抜いて一斉に丸裸の冒険者に襲いかかる。
「ギャアアアアッ……」
3人の断末魔の声がダンジョンに響く。
2日目が終わった。自分たちが命の危険にさらされることに巻き込まれたことを知った日である。
仲間の炭酸は無残に惨殺された。俺とSATOさん、堕天使は辛うじて生き残ることに成功したが、これがあと5日間も続くことを考えると心が沈んだ。
俺はモニター画面を見る。
堕天使 KILL2 400KP獲得 チームボーナス300KP
TR KILL2 撃退1 500KP獲得 チームボーナス500KP
SATO 0 チームボーナス100KP獲得
「おい、一人逃したのかよ!」
ネイキッドで武装解除された3人のうち、戦士の男が一人死ななかったようだ。撃退ということは、ダンジョンから逃げおせたということだからだ。
「すまん。コボルトじゃ、全滅させられなかった」
堕天使がそう言い訳をした。俺は逃がしたことを咎めようとしたが思いとどまった。彼が援軍として自分のエリアのガーディアンであるコボルトを派遣したことはよい判断だった。
俺たちを見捨てようとした割には、適切な判断といえよう。見捨てようとしたことを蒸し返しても良いことはない。明日以降、協力体制を作らないと炭酸のように殺されてしまうだろう。
「……まあ、よしとしよう。とりあえず、生き延びた……ふう……うっ!」
俺はそう言ってため息を一つついた。あのシーンが脳の中で再現される。何かがこみ上げてくる。それをグッと抑える。
ここまで必死だったので炭酸のおっさんが無残にも殺されたシーンを忘れかけていた。
だが、あのおぞましい首だけのシーンは思い出される。完全にトラウマになってしまった。頭がガンガンしてくる。
「一人逃がしたぞよ。これは次回が楽しみぞよ」
ばあるは一体、どちらの味方であろうかと疑う発言だ。この幼女悪魔。どちらが死んでも得するようにしているとしか思えない。俺は改めて今回の報酬を見る。
(ん? チームボーナスは内容で評価されるようだ。今回の撃退成功はほとんど俺のおかげみたいなものだからな)
そういった意味では、堕天使が2人の冒険者を血祭りにあげ、獲得した400KPは棚ぼたみたいなものだ。
ちなみにレベル3相当の冒険者だったので、一人のKILLポイントは200KPに跳ね上がっていた。初心者は50だったのに4倍だ。どんな計算なのであろうか。
戦士エイン……オーク戦士と共に岩の下敷きになって死亡
戦士ルード……岩のトラップで重傷。ネイキッドで武装解除されてコボルトに殺される。
戦士クルス……ネイキッドで武装解除され、コボルトに重傷を負わされるが逃亡。
魔法使いゲルド……落とし穴に落ちてスライムに殺される。
僧侶ハインリヒ……ネイキッドで武装解除され、コボルトに殺される。
「ケケッ……。今宵はこれで終わりぞよ。装備を整えるなら、明日の21時までにするがいいぞよ。ただ、明日の開始1時間前には新しいトラップやガーディアンを売りに来る者が来るぞよ」
「売りに来る者?」
「ケケッ……。いつまでも初期のメニューじゃ強力な冒険者には勝てないぞよ。強力な冒険者には強力なガーディアン、トラップぞよ」
「強力なトラップ?……」
「冒険者が逃げ帰ると、ダンジョンの構造やトラップの種類、ガーディアンの種類がバレてしまうぞよ。それではダンジョンマスターが不利」
「そりゃそうだ。情報が漏れてはこちらが不利だ」
「お主のチートトラップもバレてしまえば、対抗手段を考えられてしまうぞよ。これはわちきからのアドバイスぞよ。明日の20時に部屋にいるぞよ。ケケッ……」
そう言うとばあるは徐々に消えていく。彼女が言うように魔界へ帰る時間だ。俺はめまいを感じたので目を閉じる。グニャグニャと頭に中が揺れる。部屋がダンジョンと隔離され、元に戻った。
窓の外に美しい町の夜景が現れる。俺は今日一日生き延びたことに安堵した。パソコンのモニターを見ると会話文が打たれている。
「もう嫌……私、もうやめたい」
SATOさんだ。SATOさんはあのゲーム、今のところ何もしていない。というか、SATOさんの性格だと侵入してきた冒険者に有効な手段を講じることができないと思われた。
俺はSATOさんを優しく励ますことにする。と言ってもパソコンの文字で優しさは伝わらないかもしれないが。
「SATOさん、頑張りましょう。『ばある』の言うことが本当なら、このゲームはあと5日で終わる」
「私、あと5日も生き抜ける自信がない。あんな怖い人たちを止められない。殺すこともできない。そんなの怖くてできない」
「やらなきゃ、SATOさんが死ぬんですよ!」
「いい。人を殺すくらいなら私が死ぬ……」
「SATOさん……」
俺はSATOさんとは会ったことはない。年上のOLさんのSATOさん。だが、これまでの付き合いで見放すという感情を俺は持てなかった。
「大丈夫ですよ……。SATOさんは俺が守ります」
おそらく泣いているであろうSATOさん。このゲームが終了するまであと5日。もし、参加しなかったら、冒険者が部屋に難なく侵入する。
そうなったら、どこにいてもこの部屋に強制送還される。そこで殺される。
ばあるはそうニヤついて説明していた。まさに悪魔幼女である。
(殺される前に侵入した冒険者たちを殺すしかない。あと5日間なんとか生き延びる。やるしかない。俺はまだ死にたくない)
学校では空気で居場所がない俺であるが、そう強く思う。こんなことで死んでたまるかである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます